第十一章 -In the shadow- 暗躍
肌にべっとりと纏わり付く様な不快感をもよおす闇。
まるで下水道をそのまま建物にしたかのかと見間違う、酷く悪趣味で陰湿な空間の中で無数に蠢く影がある。
加えてその蠢く影達もまた、この不気味な場所に負けず劣らず、いやむしろこれ以上ない程相応しいとさえ言える、正気を疑うセンスの持ち主であると言えた。
頭までスッポリと覆った全身夜色のローブは、壁に並ぶ蝋燭程度しか灯りを持たない闇と混ざり合い、いかにもこの建物の住人らしいと言えばらしい。
更に周到にも、両手には黒いグローブを嵌め、足元にも黒い靴を揃えている徹底ぶりは、もはや病的とさえ言える。
にも関わらず、その全身黒ずくめの集団の中でも一際異様なのは、暗闇の中に白白と浮かび上がる能面にも似た純白の仮面。
眼窩に二つだけ並んだ虚からは、中の者がどこを見ているのかさえ判断出来そうにない。
これと言って特徴の無い仮面でありながら、唯一禍々しい強烈な自己主張を放つ上部の二本角。
もしイッチー辺りがこの仮面を見たならば、『鬼』、そんな風に表現したかもしれない。
この施設が一体何の為の施設で、この集団が何者で何を目的として集まっているのかは、全く想像する事も叶わない。
なぜなら、決して少なくはない闇の群衆は、誰一人として口を開く事もなく、すれ違いざまに挨拶一つ交わすでもなく、お互いただ静かに頭を下げ通り過ぎて行くだけだった。
そんなどこか歯車が狂った施設の中の、迷宮の様に入り組んだ通路を抜けた最奥にある一角。
部屋と呼ぶのも憚られる、贔屓目に見ても、やや豪華な牢獄程度としか思えない殺風景な場所。
そんな場所にあって、違和感の元にしか成り得ていない無駄に大きく煌びやかな椅子とテーブル。
今そのテーブルを囲んでいる数名の者達もまた、外の集団と寸分たがわぬ衣装に身を包んでいた。
「全く王都の保守派の連中もいい加減困ったものだ。一体いつまで、もういもしない神に祈りを捧げていれば気が済むんだ」
「本当に忌々しい。何が聖都だ、馬鹿馬鹿しい」
魔術的な働きによるものなのか、それともこの空間自体にそういった効果があるのか、狭い石造りの部屋で奇妙に反響して聞こえてくる声からは、年齢どころか男女の区別すらつかない。
「まあ王都の方はとりあえず後回しでよい。それよりも今重要なのは――」
「南のバルハイド……」
「ああ、あいつらは今後の事も考えると、どうしても押さえておきたい。使える駒は多いに越した事はないからな」
「そっちの首尾はどうなんだ?」
「間もなくルベルスに入ると。準備は既に整っています。それとノーベンレーンからも、いくつか手土産があると報告が上がってます」
一体誰が話しているのか判断も難しいこの空間で、それでも立場や上下関係は明確に存在しているようだった。
「クックックそりゃあいい。けど今はあまり派手な動きは控えなよ。テストも兼ねていたのは分かるけど、本命の方に余計な影響が出たら困る」
「かしこまりました。それでは計画は予定通り明後日決行、という事で。……『オラーレ・テネブライ』」
『……オラーレ・テネブライ』
呪詛のような言葉だけを残し、闇に溶け込むように一人がその姿を消すと、鼓膜に染み入る様な水底の静けさだけが残る。
変わらず表情一つ読めない、発声源すらあやふやな一団が残された石の牢獄で、最後に聞こえてきたのは、クツクツという薄ら寒い引きつった笑い声だけだった……。





