↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/127

List.07 -深窓のロックガール- 音楽の神様

「?」

「一つ、私からお願いをしてもいいかな?」

「えっと……、僕にですか……? そりゃもちろん、僕に出来る事だったら」


 少し気になってチエちゃん先生の方を見ると、先生は何かを察したらしく、ただほんのちょっとだけ不敵な笑みを浮かべただけだった。


「うん。一曲聴かせてもらえないかな? 何でもいい。イッチー君の好きな曲でもいいし、得意な曲でもいい」

「あ~、それはもちろん……。僕なんかで良ければ、全然構わないですけど……」


 正直本物のミュージシャンの前で、っていう気負いが無いと言えば嘘になる。

 けれど、なぜか僕は人前で演奏する事に対しての抵抗が、元々全くと言っていい程無い。

 これも定期的に僕の演奏を楽しみにしてくれた、兄さんのお陰だろうか。


「それじゃ、ちょっと準備しますね」


 (何を演ろうかなぁ)なんて事を考えながら、自分のギターを取りに行く。


 ケースを開けた頃には腹も決まり、せっかくなので、バッグからハーモニカとホルダーも取り出す。

 ストラップを掛け皆の前に戻ると、全員揃ってちょっと驚いた顔をしている。


「ほお……」


 ただそう呟いたのはジョージさんだった。


「なんかイッチー、すっげーギター持ってんだな」

「なんだそれ、滅茶苦茶カッコイイじゃねーか!」


 今度はアキとシュンが声を上げる。


「ちょ、ちょっとちょっと待って、市原君!? それスーパーアダマスじゃないの! しかも初期型!? 私茶色の純正ケースなんて初めて見たわよ! なんでそんなギター持ってるの!? そもそもそんな高価な物どうやって買ったの!?」


 テンパったチエちゃん先生が、弾丸のように質問をぶつけてくる。


「そう言えば、まだ学校に持って行った事ってなかったですね。これは兄から譲ってもらったんです。って言っても、まだまだ少しずつお金を払ってる状態なんで、僕の物とも言い難いんですけど……」


 実はこれは僕の素直な気持ちだった。


 「あげるのは簡単だけど、苦労して手に入れる事に意味がある」という理由で、生まれて初めて兄さんから『必ず全額支払います』、という内容の誓約書を書かされた。

 いくら相場無視で安くしてもらってるとは言っても、今の僕にはとんでもなく高額な買い物な事には違いない。

 もし仮に全額払えなかったとしても、100%兄さんはそれに対して文句を言ったりする事はないと思う。

 それでもやっぱり、兄さんに全額払い終わるまでは、本当の意味でこのギターは僕の物にはならないような気がする。


「うん……、とてもいいギターだね。状態も凄くいいみたいだし。私も初期型は何度か目にした事があるぐらいかな。特に日本には少ないんじゃないのかな。大切にしてあげるといい」

「はい、大切にします。僕の宝物ですから」


 そう答えると、ジョージさんは満足したように、とても優しい表情で頷いていた。


 いつも合わせてるとは言え、念の為チューニングを確認する。


 真夏や真冬は湿度などでも変化しやすいので、一応ギターケースの中には防湿剤を入れている。

 ササッとチューニングを済ませると、ヨーコさんが一瞬だけあらっ、という表情を見せた後


「凄く音感がいいのね……」


 とだけ呟いた。



 ホルダーを調整してハーモニカの位置を合わせる。

 軽く吹いて詰まりが無いか確認する。

 皆の視線を感じるけど、決して悪い気分じゃない。

 きっと僕は根本的に、人前で演奏する事自体が好きなんだと思う。


 ()る曲は決めていた。

 プレシャスの『オーバー・ザ・ムーン』。

 言葉は必要ない。

 軽いリフから入って、すぐにハーモニカを被せた。



 ――あの日あの時、僕をチエちゃん先生のいる旧音楽室へと、そしてそれは結果的に、今ここに集まっている全員とも引き合わせてくれた、全てのきっかけになった曲と言ってもいい。

 もしこの世に、そんな不思議な縁や巡り合わせを司る神様がいるなら、僕は多分この曲を、その神様に祈りを捧げるような気持ちで歌ったに違いない。


 あの日チエちゃん先生が聴かせてくれた、『オーバー・ザ・ムーン』のジャズアレンジバージョン。

 あれをもう一度僕なりに、ロックバラードに逆輸入した再アレンジ。

 少しカントリー調に、ほんのちょっとだけケルトを意識したスローバラード。

 密かにずっと一人で練習していた曲で、誰かに聴かせるのはこの時が初めてだった。


 ジョージさんとヨーコさんは、ただ黙って真剣な眼差しを向けてくる。

 仲間達は知らない曲、知らない演奏に少し戸惑っているようだった。


 ただ一人チエちゃん先生だけは、最初の一瞬だけ驚いた表情を見せた後、満足そうに、心底嬉しそうに、微笑みながら曲に合わせて体を揺らしていた。


(実はこのバラードバージョンの『オーバー・ザ・ムーン』は、僕らアーリーバードのカヴァーアルバムにも収録されていて、それをいたく気に入ってくれた本家プレシャスが『オーバー・ザ・ムーン』アーリーバード・バラードバージョンとして再リリースした裏話があるわけだけど、それはまた、ここよりも遥かずっとずっと未来の、別の話である……)



 ――最後のコードを鳴らしてその残響が消えても尚、その場の誰も口を開かなかった。


 さすがにちょっと不安になってチエちゃん先生の方を見ると、なぜか先生はいつものドヤ顔で


「どう? パパ?」


 とだけ聞いた。


「……驚いたな、これは……。千枝が入れ込むのも分かる気がするよ」


 それを聞いたチエちゃん先生は、もう一度僕の方を向くと、グッ! っと親指を立ててきた。


「イッチー君、だったね」


 ジョージさんは僕の方に体を向けると、優しく問いかけてきた。


「はい」

「ギターは一人で?」

「えっと、はい。先生に教えてもらうまでは、ずっと一人でやってました」

「なるほど。それで歌の方は?」

「歌もずっと一人でした。時々兄が聴いてくれるぐらいで、兄も教えてくれたりって事はなかったんで」

「そうか。本当はこういう安直な言い方は、その人の努力を無視してるみたいであまり好きじゃないんだけど、これが才能ってやつなのかもしれないな……。ね、ママ?」


 ジョージさんは一人呟くように言った後、今度はヨーコさんの方に話を振った。


「そうですね。凄く音感もいいし……。イッチー君」

「はい」

「あなたは素晴らしい物を……、とてもとても、沢山貰って生まれてきたのね」

「?」


 ヨーコさんの言っている意味は僕には良く分からなかったけど、当のヨーコさんは、なぜか満足そうにニコニコと微笑んでいた。

 その笑顔は、やっぱりどこかいつも見慣れている、チエちゃん先生の()()ととても良く似ていると思った。


 相変わらず不思議そうな僕に、ヨーコさんは笑顔のまま諭すように、今度はなんとなく僕にも意味が分かる言葉で伝えてくれた。



「きっとあなたは、音楽の神様に愛されているのね」


 と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。