List.07 -深窓のロックガール- ジョージ&ヨーコ
『お、おじゃましま~す」
僕ら4人は声を揃えて、おっかなびっくり大きな玄関の扉をくぐる。
「ママ~、連れてきたよ~」
チエちゃん先生がそう言うと、奥の方からスリッパのパタパタという音が聞こえてくる。
「あらあら、いらっしゃい。外は暑かったでしょう。そんなとこに立ってないで早く入って」
奥から現れたのは、チエちゃん先生のお姉さんと言っても通用しそうな、とてもよく似た顔立ちの上品な女性だった。
「挨拶は後でいいから、とにかくリビングにでも入ってもらって。何か飲み物でも持って行くから」
「うん、ありがとうママ。って事だから、遠慮しないで入って入って」
チエちゃん先生はそう言って先に上がると、僕ら4人分のスリッパを出してくれた。
『おじゃましま~す』
もう一度そう言って、スリッパに履き替えた僕らが通されたのは、僕の家の1階部分を丸々入れてもまだお釣りがきそうな、とてつもなく広々としたリビングだった。
「やあ、いらっしゃい。千枝から話は聞いてるよ。千枝の生徒さんなんだってね。初めまして」
そう言って大きなソファから立ち上がってニッコリと微笑んだのは、ダンディを絵に描いたような髭を湛えた紳士だった。
恐らくこの人が、チエちゃん先生のお父さんだろう。
『は、はじめまして~。今日はよろしくお願いします』
「ハハッ、そんな固くならなくていいよ。千枝から時々話は聞いていてね。教師になってからはあまりしなくなってたんだけど、最近は昔に戻ったみたいに夢中で音楽の話をするようになったからね。正直私自身もとても興味があったんだよ」
「もう、パパ! 恥ずかしいから余計な事は言わないの! 生徒の前なんだから!」
耳まで赤くして、すっかり照れているチエちゃん先生だった。
が、元々チエちゃん先生に教師としての威厳なんて物はなかったし、今更だとも思ったけど、もちろん口には出さないでおいた。
「ごめんごめん。まぁとりあえず立ち話もなんだから、皆適当に座って。今ママが飲み物を持ってきてくれるから」
「うん、皆座って。私はママの手伝いをしてくるから」
『し、失礼しま~す』
自宅のソファとは、まるで座り心地の次元が違う大きなソファに腰を降ろすと、体が沈み込む。
さすがのアキとシュンも、この時ばかりは、借りてきた猫のように大人しくしていた。
それから数分と経たずに、チエちゃん先生とお母さんが、飲み物とお茶菓子をお盆に乗せて戻ってきた。
「麦茶で良かったかしら? コーヒーと紅茶もあるから、もし欲しかったら遠慮しないで言ってね」
『ありがとうございま~す。いただきま~す』
僕ら4人は、まるで訓練された兵士さながら、動きを揃えて麦茶を口にする。
外が暑かったのもあるけど、それ以上に緊張で喉が乾いていた。
「さっきも言ったと思うけど、そんな固くならないでいいよ。私は音楽で食べてきた人間だからね。上下関係とかそういう物には疎い、と言うか正直あまり興味がないんだ。一緒に演奏する人間は、立場も年齢も関係がないからね。私の事は音楽仲間とでも思ってもらって構わないよ」
そう言って、ウインクと一緒にニヒルな笑顔を僕らに向けてくる。
普通の人がやったらギャグにしかならなそうな仕草も、全く嫌味が無くてやたらと様になっている。
「それじゃあ、せっかくだし。皆さんに自己紹介をお願いしてもいいかしら? 私は千枝の母親で……。そうね、ヨーコでいいわ。お母さんって呼ばれるのも、急に子供が沢山できたみたいで楽しそうだけど。うふふ」
本当に嬉しそうに、ニコニコと笑っている。
「確かにうちは千枝一人だからね。ママの気持ちも分かるよ。私は千枝の父親で……そうだな。ママがヨーコなら、私はジョージでいいよ。芸名ってわけじゃなくて本名だけど、演奏の時は大体ヨーコにジョージだったからね」
「ヨーコさんに……、ジョージさん……」
一瞬気を使ってくれたのかもしれないと思ったけど、案外そういう訳でもなくて、本当にそう呼ばれる方が自然みたいだった。
と言うか、二人ともどっからどう見ても完璧な日本人なのに、そうやって呼ぶ事に何の違和感も感じさせない、不思議な雰囲気を纏っている。
「それじゃあ、並んでる順番ってわけじゃないけど、市原君からお願いしてもいい?」
チエちゃん先生が僕にそう振ってくる。
「はい。市原太一です。皆からはイッチーって呼ばれてるんで、僕もイッチーで構いません。パートは一応ギターと、ヴォーカルって事になるのかな? よろしくお願いします」
「そうか、君が市原君、じゃなくてイッチー君か」
なんとなく意味ありげにジョージさんが呟く。
「じゃあ次は東郷君ね」
「はい。東郷裕之です。僕はヒロでいいです。パートはイッチーと同じでギターとヴォーカル? になるのかな。あっと、よろしくお願いします」
「はい、じゃあ次は仁科君」
「えっと……俺、じゃなくて……、僕は仁科彰将、アキです。まだ始めたばっかりだけどドラムやってます。よろしくです。あ、お願いします」
「じゃあ最後に小池君」
「はい。小池俊、シュンです。お……僕は入ったのがついこないだなんで、まだ何もやってないんだけど、ベースって事みたいっス。今日はよろしくお願いしまっス」
皆学校の先生ぐらいしか大人と絡む機会がないので、どこかぎこちない。
「なるほどなるほど。イッチー君、ヒロ君、アキ君、にシュン君だね。こちらこそよろしくね。それで……、千枝の方からザッと話を聞いてはいたんだけど」
「うん。仁科君のドラムはどうにかこうにか私が教えてたんだけど、ベースだけは正直自信がなくって……。最初に変な癖を付けさせちゃうと、後で直すのが大変だし。出来ればドラムも見てもらえると、凄く嬉しいんだけど……」
「なるほどね。リズム隊になる、アキ君とシュン君を私に見て欲しいって事だね」
どうやらチエちゃん先生は、既に今後の事について色々考えてくれてるみたいだった。
「うん、そう。それで市原君と東郷君のギターは私でも見れるんだけど。って言うか、正直に言うと、市原君に関しては、出会った時点で私が教えられる事なんて何もなかったんだけど……。ま、まぁそれは置いといて、ママには市原君と東郷君のボイトレをお願いしたいの。時間があれば、いずれは全員見て欲しいんだけど」
『えっ!? 俺達も歌うの!?』
意表を突かれて若干たじろいだアキとシュンだったけど、元々二人とも何かに尻込みしたりするような性格はしてない。
ただ単に、急な話でビックリしたというだけで、歌う事に関しては別に何の抵抗も無いみたいだった。
「もちろん今すぐってわけじゃないけど、歌えて損するって事もないし。コーラスの幅はなるべく広く持っておくに越した事はないから」
「そうね。歌えて困る事はないものね。でもピアノはいないの?」
「ピアノは……、まだ見つかってないっていうのもあるけど……。ピアノだけは、付け焼刃でどうこうなるものでもないし……」
「うーん、確かにそうねぇ。分かったわ。ママは皆の歌担当ね。任せて!」
むっ、っと両手でガッツポーズをするヨーコさんだったけど、これまたチエちゃん先生に良く似て、ただただ可愛いだけだった。
「それで、どれぐらいのペースで来れるんだい? 私も半分隠居みたいな身とは言え、いつツアーに駆り出されたりするかも分からないからね。ママも時々教室があるだろうし」
後で聞いた話だと、ジョージさんは半分隠居とは言え、現役のプロのベーシスト。
ヨーコさんの方は、不定期でピアノとボイトレの教室をやっているらしい。
そんな2人に教えてもらえるなんて、本当に有り難いやら申し訳ないやらな話だ。
決して暇な身ではない2人だろうけど、可愛い一人娘のワガママを聞いてあげたって所なのかもしれない。
2人の馴れ初めと言うのも、元々ラウンジなどでジャズの弾き語りなんかをしてたヨーコさんに、ツアー中にたまたま店に立ち寄ったジョージさんが一目惚れした、って話だからこれまた凄い。と言うか本当に音楽一家だ。
チエちゃん先生が、一体全体どうしてゴリゴリのハードロックに目覚めたのかは謎だけど、音楽教諭という形で音楽の道に進んだのは頷ける話だ。
「そうねぇ……。今は皆夏休みだから、休みの間だけは、せめて週に1回か2回。学校が始まったら週に1回とか、2週間に1回ぐらいのペースでお願いできたら凄く助かるかな」
「それぐらいなら問題ないんじゃないかな。私もママも急な仕事が入る可能性もあるから、絶対とは言えないけどね」
「それは、それならそれでしょうがないって思ってるから。パパかママ、どっちか一人いてくれるだけでも凄く助かるし」
「正直、私はちゃんと人に教えた経験なんてほとんど無いんだけど、そういう事なら、出来る限り手伝いをさせてもらおうかな。ねぇママ?」
「はい。教室の生徒さんは大人ばっかりですからね。なんだか私も楽しみです、うふふ」
なんだかこの2人を見ていると、(ああ、チエちゃん先生の両親なんだなぁ)って気が凄くする。
「それで……。その前に、なんだけど」
急に意味ありげな真剣な表情で、ジョージさんが僕に顔を向けたのだった。





