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魔力なしの辺境伯令嬢、実は千年前の最強魔導師でした〜現代魔術が退化しすぎているので、二度目の人生では気ままに魔術を極めます〜  作者: 沢田美


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第6話 魔術を喰う獣

「喰魔獣グラトニー……」


 古い図鑑で見つけ、一度は実物を調べたいと思っていた魔獣だ。魔力を喰らい、自分の力に変える。討伐へ向かった魔術師が何人も帰ってこなかったことから、《魔術師殺し》とも呼ばれていた。


 図鑑には、魔術で戦ってはならないと書かれていたはずだ。その隣に、ならば何をどこまで喰えるのか、と書き込んだ記憶もある。結局、前世では出会えずじまいだった相手が、今、俺の真下にいる。


「これは、面白い実験対象じゃないか」


 ひとまず《天星魔導陣》の砲撃を止めた。これ以上むやみに撃てば、相手へ餌を与えるだけになる。城壁を守る障壁は残したまま、俺は少し高度を下げ、グラトニーの喉元へ目を凝らした。


 黒い皮膚の下を、青白い光が走っている。先ほど吸い込んだ火球が、もう体内を巡っているらしい。腹が膨れた様子もなく、口は相変わらず大きく開いていた。


「撃て! 城門へ近づけるな!」


 城壁から号令が飛び、矢と魔術が降り注いだ。火球が肩を捉え、氷槍が脇腹へ突き立つ。そう見えたのは一瞬で、炎も氷も輪郭を失い、黒い身体へ染み込むように消えていった。


 矢は吸収されなかった。ただ、皮膚に弾かれて落ちる。関節に刺さった一本も、そいつが身を震わせると簡単に抜けた。魔術を封じられたうえに、並の矢では傷もつかない。魔術師殺しとは、よく言ったものだ。


「魔術は止めてください! そいつの力になります!」


 声を張ると、城壁の何人かがこちらを向いた。先ほどから俺を見ていた兵士もいるが、幼い娘が空に浮かんで指示を出しているのだ。すぐには従えないらしい。杖を構えたまま戸惑っている男へ、もう一度声をかけようとしたところで、聞き慣れた怒声が響いた。


「攻撃を止めろ! 負傷者を下げ、次に備えよ!」


 父さんだった。指示を出しながら、こちらを見上げている。目が合った気がして、俺は思わず背筋を伸ばした。あの顔について考えるのは、ひとまず後だ。


 グラトニーが城門へ向き直る前に、小さな魔力弾を鼻先へ落とす。そいつは首を振って丸ごと呑み込み、今度こそ俺に狙いを定めた。俺は城壁から離れるように飛び、焼けた平原の上へ誘導した。


 獲物を追うつもりなのか、巨体のわりに足は速い。跳びかかってくるたびに高度を変え、少量の魔術を与えながら、その反応を探っていった。


 炎を喰わせると喉が光る。氷でも同じだが、雷は胸の奥まで届くのがわずかに速い。属性が消える場所と、魔力が蓄えられる場所は別らしい。俺は三度目の跳躍を横へ避けながら、皮膚の下を走る光を追った。


「なるほど。口だけじゃないのか」


 全身に張り巡らされた魔力経路が、攻撃を受けた場所から胸の器官へつながっている。そこで術式をほどき、属性を失った魔力を腹へ送っていた。分厚い皮膚は、その処理が終わるまで攻撃に耐えるためのものだろう。


 岩でも落とせば倒せるかもしれない。だが、せっかく実物がいるのだ。魔力を吸収する仕組みを確かめずに潰すのは惜しかった。


 ちょうど、試したい術式が一つある。


 組み上げてから、まだ三日も経っていない。前世の研究記録を頭の中から引っ張り出し、今の身体に合わせて作り直したものだ。倉庫では魔道具の制御を奪うところまで試せたが、生きた魔獣に使うのは初めてだった。


 グラトニーが身を低くした。後ろ脚の周囲で土が盛り上がり、次の瞬間、巨体が跳ねる。俺はその鼻先へ魔力の糸を垂らした。


「《術式簒奪(じゅつしきさんだつ)》」


 糸が口の中へ吸い込まれていく。俺は高度を上げながら、その先端を胸の器官へ滑り込ませた。獣の顎が、つい先ほどまで足のあった場所で閉じる。噛み合う音を聞きながらも、意識は糸の先から離さなかった。


 奪うのは身体そのものではない。魔力を吸い込み、分解し、蓄える。その働きを支えている、生まれつきの術式だ。


 ただ送り込むだけなら、こちらの術式も餌になる。そこで、吸収される魔力と同じ流れに紛れ込ませ、器官の内側へ届いてから組み上がるようにしておいた。


 グラトニーが着地し、こちらを見上げる。その喉が一度、大きく脈打った。


 つながった。


 指先へ、獣の体内を巡る魔力の感触が返ってくる。思っていた以上に複雑だ。吸い込むだけでなく、余った魔力を逃がす経路まである。よくできている。これなら、相当な量を喰わせても破裂しないはずだった。


「では、そこを閉じたらどうなる?」


 排出と分配を担う部分へ干渉した途端、強い抵抗が返ってきた。糸が指先を引く。俺は二本目の経路をつなぎ、制御を押さえ込んだ。黒い獣が身をよじり、爪で地面をえぐる。


 吸収する働きは残してある。腹をすかせたそいつには、まだ俺の魔力が餌に見えているらしい。再び跳び上がった口へ、今度は小さな魔力弾を放った。


 グラトニーは、それを呑み込んだ。


 直後、胸が不自然に膨らんだ。光が腹へ流れず、一か所にとどまっている。逃げ場を失った魔力に、そいつ自身の吸収能力が次々と魔力を押し込んでいた。


 俺は接続を切り、獣の周囲を障壁で包んだ。膨れ上がった胸に亀裂が走り、巨体が内側から弾ける。衝撃が障壁を叩き、足元の土が丸く沈んだ。


 光が収まった後には、黒い皮膚の欠片が残っていた。魔力反応はない。俺はその中から、器官の一部らしき塊を見つけて、少しだけ顔をしかめた。


「……壊しすぎたな」


 制御を奪うところまでは成功した。だが、魔力弾を入れる必要はなかったかもしれない。すでに蓄えていた魔力を逆流させれば、もう少し調べられる形で仕留められたはずだ。


 次に直す箇所を頭の中で整理し、採れそうな欠片の位置を覚える。城壁の方では歓声が上がっていた。振り返ると、武器を掲げている兵士が見える。父さんの姿を探しかけたところで、平原の端に動くものがあった。


 森から、また魔獣が出てきている。


 さっきの群れの生き残りではない。木々の奥にも反応が続いていた。グラトニーを倒せば収まるかと思ったが、どうやら見当違いだったらしい。


「まだ来るのか……」


 俺は上空へ戻り、《星界観測》を展開した。目に見える景色へ、魔力の流れが重なっていく。城壁、平原、森。そのさらに北へと、感知する範囲を広げた。


 そこで、妙なものに触れた。


 魔獣の反応が密集する場所より奥に、ひときわ大きな魔力がある。遠すぎて姿まではつかめないが、グラトニーのものとは比べものにならない。その周囲だけ、魔獣の反応がぽっかりと途切れていた。


「ほう……まだ、奥に何かいるな」


 俺は北の森へ目を凝らした。新たに現れた魔獣の群れが、倒れた仲間を踏み越えて南へ走っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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