選択
バルマに戻って一日程で、その時はやってきた。
兵士に連れてこられたのは、裁判所のような場所であった。
私の立つ場所を底にして、私の背中を見下ろす位置には、少なくない数の貴族が座っているようだ。
目の前にはライダム王の姿がある。
その隣に目を移すと、バルマの要人たちに混じり、一人の女性が立っていた。
真っ黒な髪に、真っ白な肌。大きな赤い双眸を持つ彼女は間違いなく、魔法使いエマチダであった。
周囲の雑音が次第に静まり、ここにいる観客たちが次の展開を望んだとき、ライダムが口を開く。
「こんにちは、エリチェラーダ。姓は?」
「ありません」
「そう、じゃあエリチェラーダ。君は何故ここに呼ばれたか、知っている?」
「…死んでバルマに平穏をもたらすためですか?」
私の反抗的な態度に、ライダム王の取り巻きが顔色を曇らせる。
ライダムは「まぁ落ち着いて」と言って私を宥めた。
「今この国には、エスメラルダの奇跡が必要で、そして僕は王として、エスメラルダの奇跡を起こすために最も確実な方法を取らなければならない」
「その最も確実な方法が、そこの魔法使いの指示に従って、私を殺すことですか」
そう言って、エマチダを一瞥する。
彼女は、私から視線を外したまま、何の反応も示さない。
「それはまだわからない。だから、僕が選択を誤らないように、君の話を聞かせてほしい」
人を牢屋にぶち込んでおきながら…という言葉を、ぐっと飲み込む。
エマチダが、私のことを犯罪者のごとく言いふらしている可能性もあるのだから仕方がない。
とりあえず話を聞いてくれるというのだから、ここから巻き返しだ。
私は、左右の手を握りしめた。
「…一つ確認ですが、今回の戦争は、ザルツァに儀式の執行を断られたことがきっかけということで、間違いないですか?」
「間違いないよ。この国にモンスターが増えて、ザルツァに儀式の執行を頼んだ。しかし前回儀式からまだ間もないということで、断られた。どうしてもと言うなら金を出せと言われ、こじれた結果がこの戦争だ」
儀式は、大陸全土に影響を与える。
ザルツァはそれを『無償』で引き受けてきたからこそ、これまで執行者であり続けられたのだ。
儀式執行に見返りを求めるならば、他国との関係性が崩れることは必至であろう。
しかし愚かな為政者が、エメラルダの奇跡で金儲けを考えたとしたら。
私はごくりと喉を鳴らしてから、再び口を開いた。
「ご存知かどうか知りませんが、前回の儀式は二年前でした。丁度、バルマでモンスターが増え始めた頃です」
ライダムの顔色を伺いつつ、話しを続ける。
「儀式は、ご存知でしょうが、大陸の地面を地下方向に押し返すものです。それにより、こちらに迫り上がってきたモンスターの波を抑えることが出来ます。しかし、儀式が行われたマイトブルムを見る限り、前回の儀式はおそらく、正常なものでなかったのだと思います」
「正常なものでなかった?」
ライダムの確認に、私は小さく頷く。
「私を連れ戻した兵士たちも見ている通り、浅く窪んでいたはずの地面は、所々隆起したガタガタの地形に変わっていました。まるで、地面から突き上げられたように」
マイトブルムでメモを見つけた我々は、そのすぐ後に、追ってきたバルマの兵士に拘束された。
その兵士らも、あの異常な地面を見たことだろう。
「つまりザルツァは、前回の儀式を失敗し、モンスターの数を抑えるどころか、増やしてしまったと?」
「破損している魔法具は、力の向きを調整する『方位の針』と、力の量を調節する『調律の円』です。どちらも『反対に使えば』壊れたっておかしくない」
それを聞いたライダムが、少し、視線を外した。
この時間は、ただの政治的パフォーマンスなのかもしれない。
それでも私は息を飲み、考えているように見えるライダムに、視線を送り続ける。
「仮に…、これまでの歴史を考えると想定しにくいが仮に、前回の儀式が失敗していたとして、それが今、儀式が上手くいかないこととどう関係する?」
「そうです、これまでの歴史を考えると、儀式が失敗するとは考えにくい。だから、意図的に、失敗したんだと思います」
「意図的に、儀式を失敗して、モンスターを増やした?」
「はい。そうしたところで、『穴』のないザルツァでモンスターは増えません。しかし他の国は困って、儀式をしてくれとザルツァに泣きついてくるでしょう。そこでお金を取ろうと考えたんじゃないでしょうか」
周囲の貴族達から、俄かに声が漏れた。
しかしライダムの、先程よりも大きな声が、そのざわめきを断ち切る。
「だからそれがどう
「このことが発覚すれば、困るのは誰でしょう」
ライダムの苛立ちを感じ、私は彼の言葉を遮った。
話を勿体ぶるつもりはない。早く結論に辿り着きたいのはこちらの方だ。
「もちろん、それを主導したであろう王様と、その関係者は困りますよね。でも、それをやった『魔法使い』もバレたらただじゃ済みませんよね」
ライダムに向けていた視線を、はっきりと、その隣に立つ魔法使いエマチダへと向け直す。
「もちろん魔法使いの存在は極めて貴重で、ザルツァには三人しかいませんでした。でも三人もいたんです。その内の一人が、大罪に加担したなら、処刑されたっておかしくない。だからあなたは自らの保身のため、他の魔法使い、自分の母と弟を殺したんじゃないですか」
エマチダは、私のことを、ざらりと睨んだ。
私は、どきりと跳ねる心臓を何とか押さえつけ、再び口を開く。
「エマチダ様、ご存知でしたか。自分の親兄弟を殺すと、魔法能力は失われるそうですよ。あなたにはもうエスメラルダの奇跡を起こす力がないんじゃないですか」
エマチダに魔法能力が無いのであれば、最後の魔法使いとなった私を殺そうとする理由も理解が出来る。私さえいなくなれば、彼女は『魔法使いを産むことが出来る』唯一の存在となり、その立場は守られるからだ。
エマチダの返答を待つも、彼女の口は開かない。
「…だそうだが、エマチダ。君の魔法をここで見せてもらえるか?」
そうライダムが声をかけると、エマチダは俄かに表情を緩めた。
そして一呼吸置いてから、
「私の魔法能力は、生まれながらに弱いものでした」
と話し始める。
聞き取るのがやっとの、小さい声。
聞き手側に努力を強いるその声量は、自らの発言に価値があることを知る彼女の自信の現れであるようだ。
「それでも儀式の執行に障りはありませんでしたが、今回一人の力ではお役に立てず、申し訳無く思っております」
そう言いながらエマチダは、小さい箱に入った、カードの束を取り出した。
「私の魔法は、透視能力です」
彼女はカードを広げて持ち、その表に描かれた柄を、ライダム含め周囲に見せる。
数十枚程のカードは全て、バラバラの絵柄であるようだ。
そのことを見ている者たちが認識したタイミングで、彼女はカードを裏返し、手際よく切っていく。
「この中から一枚選んでください。引いたカードは、ご自身含め誰からも見えないように、両手の間に隠してください」
エマチダは、カードを扇状に広げ、ライダムに差し出した。
ライダムは黙ったまま、裏向きのカードを一枚引き抜く。
そしてそのカードは、表面を確認されることなく、ライダムの両掌の中へと収まった。
「それでは、選ばれたカードに描かれた絵柄を透視します」
エマチダのほっそりとした手が、恭しく、ライダムの手に添えられる。
その厳かな光景は、これが手品であることを物語っていた。
格式ばった振舞いも、荘厳な雰囲気も、魔法の発動には不要である。
もったいぶるのはペテンであるからだろう。
しかし、魔術構成も発声も何もかもが必要の無い魔法だからこそ、それはタネのわからない手品と同じなのだ。
私は、目の前の『魔法』をじっと見つめた。
十分な間の後、エマチダは「わかりました」と口を開いた。
「右上から左下に、黒の直線。その中点から右下に向かって、もう一本の黒の直線。左上のスペースに、緑のハートがあります」
エマチダが離れて、ライダムの手が開かれる。
手に隠されていたカードを見たライダムは、
「…合ってる」
と独り言のように呟いた。
そして周囲にも、カードの表が示される。
遠目に見ても、それはエマチダの言った図柄と一致しているようであった。
それで?
という率直な感想をなんとか喉元で押し留め、私は周囲の反応を待った。
決して大きくないどよめきの中、しかし誰も、この『魔法』に声を上げようとはしない。
態度に色を付けないライダム。
カードを検めることなく、首を傾げる側近たち。
驚きとも疑いともとれない音を漏らすだけの貴族。
昂然と私を見下ろすエマチダ。
その状況にしばらく身を置き、そしてやっと腑に落ちた。
やはりこの場は、結論ありきの茶番なのだ。
じわじわと湧き上がる感情に名前をつけることのないまま、
「これで、エマチダが儀式をしたら、それで皆さん納得するんですね?」
と口を開いた。
場内はしんと静まり、私の鼓動だけが響く。
簡単な話だった。
彼らにとって重要なのは、何が出来るかではない。誰がするかなのだ。
エマチダがやれば、手品も魔法になり、私がやれば、魔法も手品になる。
それはこれまで、自らの境遇を母親に押しつけ、フラフラと生きてきた私に対する報いなのかもしれない。
「それなら、いいですよ。手品と魔法の見分けがつかない皆さんのために、私、死んで差し上げます」
私の言葉に、エマチダだけが、口の端をぴくりと動かした。
バルマの書いた筋書きに乗ってやろうというのに、前に並ぶ政治家たちの表情は変わらず、それがわずかに気に障る。
ライダムが
「…それが君の結論かい?」
と言って、私の目を見た。
その声色には薄っすらと、失意が滲んでいるような気がする。
王族というものはいつも勝手だ。
私は、ライダムに言葉を返すことなく、ただ頷いた。
それを見たライダムは、腹落ちしたかの如く、小さく息を吐く。
そして何かを言おうとした丁度そのとき。
「おい、勝手に死んでんじゃねぇ」
と、後方からヤジが飛んできた。
その見知った声に振り向き、
「あ、捕まってなかったんですね。良かった」
私は思わず心情を零す。
ジアは「良かったじゃないだろ」と呆れながら、傍聴席の一番前まで降りてきた。
一日ぶりのその顔がなんだか懐かしい。
「おまえが死んで、アイツが儀式をまた失敗したら、この大陸のモンスターを誰が収めんだよ」
アイツと言いながら、ジアはエマチダを顎で指す。
「そのときは、また別の魔法使いを探しましょう」
「…本当に死んでいいと思ってんのか」
ジアの表情は、私の身を案じているようにも、私の無責任さを怒っているようにも見えた。
しかし取り繕う気にはなれず、私は
「はい」
と言って、笑顔を作った。
これ以上ジアと話していると、感情的になりそうだ。
そう思って目を伏せ、前に向き直ろうとしたのだが
「おい、魔法使ってみろ」
ジアに呼び止められる。
「魔法?私の魔法、大したことないですよ」
「いいからやってみろ」
謙遜でもなんでもなく、私の魔法は大したことがない。
エマチダの魔法が手品なら、私の魔法は魔術と同じだ。
そもそも私が魔法使いであることは疑われていないんじゃ…と目で訴えるも、ジアには全く響いていない。
ライダムにも特段、この場を止めようとする素振りは見られず、諦めた私は『吹き飛ばせるもの』を探して、視線を左右に滑らせた。
生まれ持った魔法能力を正しく特定することは困難であるらしい。
しかし、あの人曰く、私の魔法能力は『吹き飛ばし』だろうとのこと。
「あ、じゃあこの柵?を吹き飛ばします」
そう言って私は、自分の側のロープバリアを指差した。
この大きさなら、どこに吹き飛んでも大したことにはならない。
ジアが「リーシェをよく見てろ」と周囲に声を掛けた。
見るべきものは柵の方だろうと思いながらも、対象に精神を集中する。
魔法と魔術は根本的に違う。
魔術は、強度や向き、速さ、形状などを自ら構成するものだが、魔法は、機械のボタンを押すようなものだ。
魔力量だけを調整し、流し込めば…
パァン!
その瞬間に、柵は弾き飛び、地面に激しく打ちつけられていた。
見ていた貴族たちが俄にざわめく。
「リーシェ、前を向いてもう一回」
あぁ、もうどうにでもなれ。
ジアに言われるがまま私は、ライダムの方に向き直った。
そして今度は、要人のかぶる角帽に精神を集中する。
すると帽子はすぐさま吹き飛び、ペシャリと壁にぶつかった。
ただそれだけことなのに、それを見たライダム達は一様に意外そうな表情を浮かべ、そしてそこにジアが「わかったか?」と声を投げた。
「魔法を使うと、目が光るんだよ。目の光らなかったその女は偽者だ」
えっ?
「目?私の目が光ってるってことですか?」
振り返って尋ねるも、ジアからの返答は無い。
聞こえてないのだということにした。
ライダムが
「エマチダ?」
と言って、彼女に反論を促す。
それを受けてエマチダが小さく口を開いた。
「そこのエリチェラーダに限った体質でしょう。魔法使い全てに当てはまるものではありません」
「俺な、何度か地下で、逆世界の人間を見てるんだよ。あいつ等全員、魔法を使えば目が光る」
黙り込むエマチダに、ジアは
「おまえ等が拝んでたエメラルダの彫像も、目が不自然に宝石だったな。金の無さそうな第二修道院の彫像も、目だけ光ってて違和感があった。あの彫像は、魔法を使ったときの姿を模したものなんじゃないのか」
と続けた。
エメラルダの彫像は確かに、目だけが宝石で出来ている。
その像を『奇跡の瞬間』と呼んでいるのだから、ジアの言うことは強ち間違いではないのかもしれない。
しかし
「そんなの、出任せでしょう。事実だという根拠は無いわ」
エマチダの言う通り、根拠の無い話である。
何百万という信者の頂点に立つエマチダの存在に敵うものではない。
それなのに、どう言い返すのかと視線を送ったジアの口元にはなぜか、不敵な笑みが浮かんでいた。
「根拠なんてこの国には必要無いんだよ。なぁ、ライダ、俺も使っていいんだろ?」
ジアがライダムに話を向ける。
その不躾な態度を咎めること無く、ライダムは「あぁ、いいとも」と大仰に答えた。
そして一言、
「君が散々否定してきた、王位継承権を認めるならね」
と付け足した。
王位、継承、権?
こちらの理解が追いつかぬ内に、
「魔法は発動時、目が光る。これは俺の必定宣言だ」
というジアの声が響いた。
成り行きを見ていた貴族たちが、ワッと、賛否雑多に反応する。
その中心にいる私は、ただ気圧されるのみであった。
「知っている者も多いが、第三兵団団長のジアは、前王弟殿下の忘れ形見だ。彼の必定宣言は有効で、…いや、もし異議のある者がいるなら、これを僕の必定宣言にしてもいい。新しい王位継承権者へのお祝いだ」
ライダムが立ち上がり、全体に向けて発言をする。
現王の言葉に、異を唱える者は少ない。
迎合的な雰囲気が濃くなるのを待ってから、ライダムは「…ということで」とエマチダに声を掛けた。
「エマチダ、この国では目が光らなければ、魔法だと認められなくなった」
「そんなことっ
「もちろん」
明らかに動揺したエマチダの言葉を、ライダムが遮る。
「君が、魔法使用時に目の光らない『特異体質』である可能性は考慮しよう。そのカードをきちんと確認した上でね」
ライダムは、『透視』に使われたカードに一瞥を投げてから、エマチダに向かってにこりと微笑んだ。
エマチダの忌々しげな表情を見る限り、彼女はもう、魔法能力を持ってはいないのだろう。
そんな彼女の様子を空ろに眺めながら、私はどうやら助かったらしいということを徐々に理解する。
しかしその安堵を覆うように、自己嫌悪とでも呼ぶべき感情が、じわりと広がった。
モンスターの数を食い止めることなんて二の次で、エマチダに魔法能力があるのか、私が死んだ後どうするのかなんて全然
「リーシェ」
「ひゃあ?!」
後ろから急に呼びかけられ、思わず体が浮かび上がる。
誰の声かはすぐにわかった。
「い、いいつの間に降りてきたんですか。っていうか降りてこれるんですね、あそこから」
妙にどぎまぎしながら、ジアの方へと体を向ける。
なんとなく目を合わすことが出来ない私の視線は、ジアの首元あたりを彷徨った。
そんな私の頭に、ジアの手の平が触れた。
ジアの手は、私の髪を梳かすように、髪の間をゆっくりと滑り落ちる。
ただ、撫ぜられただけ。
それなのに、なぜだか無性に恥ずかしい。
顔がみるみる火照った。
ダメだ、何か、何か喋らないと間が持たない。
お礼?
いやでもジアは、私を助けたつもりなどないだろう。
バルマのことを思って行動したまでであるはずだ。
そんな混乱した頭で、
「おおお王位継承権、認めちゃって、良かったんですか」
と話題をひねり出す。
すると、私の頭を撫でるジアの手が止まった。
恐る恐る視線を上げると、こちらを見下ろすジアと目が合う。
「傭兵なんかやってても、守りたいものくらいあんだよ」
「…?王子さまが何言ってんですか」
王族だからこそバルマを守ったんでしょうと、怪訝な表情で、小さく口を尖らす。
そんな私の顔を見たジアは、ふっと表情を緩め、そして
「ちょっ、ちょっと!やめてください」
私の頭をくしゃくしゃに撫でまわしたのだった。
「それでなんで離婚しちゃったの?せっかくの玉の輿!」
久しぶりのアルバイト。
そこへ、常連客に混じり、ウルダがやってきた。
何をどの程度知っているのかわからないが、こうやってわざわざ顔を見に来てくれたのが嬉しかった。
「離婚っていうか…無効になったんです」
「無効?」
「そう、なかったことになりました。私、『リーシェ』っていう名前じゃなくて、『エリチェラーダ』っていう名前なので。誰かが『リーシェ』で出された結婚宣誓書は無効だと言ってきたみたいですよ」
「誰って誰?」
「わかりませんけど…王子さまと結婚したい人ですかね?」
「え~もったいなーい」と言って、ウルダが肘をついた。
そもそもジア自身、自らの縁談話が無くなったタイミングで、私との結婚を無効にするつもりだったのだろう。
だからこそあえて、私のことを『リーシェ』と呼んだのだ。
「それで?これからどうするの?」
「どうしましょうか」
私が首をかしげていると、ニエルさんが黙って、カウンターに料理を置いていく。
ウルダの頼んだ、白身魚の煮込み。
あまり注文されることのないその料理に、ウルダが小さな歓声を上げる。
「あ、でも私、国宝を直さないといけないので」
ウルダは魚の身を崩しながら、「あぁ、壊れちゃったんだってね」と言った。
そう、私が儀式をした直後、『方位の針』も『調律の輪』も砕けてしまった。
あと一度の儀式にも耐えられるかどうかという話は本当だったようだ。
それでも、今回の儀式が成功したらしいことは救いであった。
「だから、いろんなところを回って、他の魔法使いを探そうと思ってます」
「他の魔法使い?」
ウルダが料理を口に含む。
彼女の頬が満足げに持ち上がった。
「はい。まぁ逆世界に行けばいるんですけど…でも、意外と近くにもいる気がするんですよね」
魔法具を作れるということがエメラルダの魔法なら、壊れた魔法具を直すには、同じ魔法能力を持つ魔法使いを探す他ない。
しかし、魔法で『魔法具を作れる』エメラルダと、魔法で『物を吹き飛ばせる』私。
できることの次元があまりにも違う。
それならば、エメラルダの魔法能力は別にあり、魔法使いであれば誰でも魔法具が作れるという可能性もあるだろう。
いずれにせよ、他の魔法能力を見てみないことには始まらない。
「王子さまはなんて言ってた?」
ウルダが悪戯っぽい顔をした。
「残念。王子さまにはしばらく会ってないです」
ジアならなんて言うだろう。
何らか馬鹿にされる気がする。
「おい、客」
ニエルさんに声をかけられ、新しい客が来たことに気づく。
慌ててカウンターから身を乗り出し、「いらっしゃいませ」と言った先には、がっしりとした長身の、見慣れた男性が立っていた。
これでいったん完結です。
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ありがとうございました!




