第2話
前回のあらすじ
ごく普通の学校生活を送っていた高校生高坂光。
そんな彼の日々に突如として怪獣と、それを相手取るロボットが現れた。
どことも知れぬ薄暗い部屋の中、ローブを纏った大小二人の人影が唯一の光源として機能している床のモニターへと目を向ける。
そこには滝音市で暴れ回っていた怪獣とそこに現れたロボットとの戦いが映し出され、怪獣が火炎放射でロボットを吹き飛ばした所で映像が止まった。
「ふぅむ……」
小柄な人影が手にしたタブレットを操作して足元のモニターの映像が巻き戻り、再び怪獣が滝音市で暴れていた時の映像へと切り替わる。
すると部屋の扉が開き、そこからドスドスと足音を立てて誰かが部屋の中へと入って来た。
「どういうことだドクトル・シュタイン!!」
「ぬぐっ!!」
部屋の中に入って来たローブを纏った男は、タブレットを操作する人影の元へと向かうとその胸ぐらを掴み上げて自身と目が合う位置まで持ち上げる。
持ち上げられた男はローブのフードが下がり、頭部を多数のコネクタがついた金属質のヘルメットを被った老人の顔が現れる。老人──ドクトル・シュタインは顔を青くしながら自分を締め上げる男の腕に手を伸ばすも、男は意に介さずにシュタインに向かって怒鳴り散らす。
「我が軍事部が設計した『クロノギアス』があの体たらくとはどういうことだ!!開発は技術部の貴様の管轄だろう!!」
男は滝音市に現れた怪獣──クロノギアスを設計した部署の責任者らしく、自分の元で設計されたクロノギアスが想定よりも活躍しなかったことに開発を担当した部署の責任者であるシュタインに対して苦情を入れている様だ。
「あははっ!そんなこと決まってるじゃない」
そんな二人の様子を小馬鹿にするようにもう一人の人影から笑い声が聞こえ、二人がそちらへと視線を向けるとその人影は近付いてくる。
足元のモニターの明かりによって照らされたその姿は、ローブ越しとはいえ恵まれた女体の輪郭を感じさせるが、声に混じった嘲笑が男の神経を逆撫でする。
「あんた等の設計したクロノギアスがその程度だってことだよ、ジェネル将軍?」
「何だと貴様ぁ!!」
わざと階級付けで呼ぶそれは明らかな挑発行為で、男──ジェネルは掴んでいたシュタインを落として女へと詰め寄ろうとする。
それに対して待ったをかけたのは、先程までジェネルに掴まれていたシュタインだった。
「待つのじゃリーリス、今回の件は間違いなく儂に責任がある」
「へぇ……」
「ふん!認めるか、なら覚悟は出来ているのであろうな!!」
シュタインが自分の非を認めたことに女──リーリスは目を細めてシュタインを見て、ジェネルは非を認めたことに鼻を鳴らすと腰からサーベルを抜刀してシュタインへと突き付ける。
「待て待て、早まるでないわい……問題があるのはクロノギアスの方では無いわい。あれは儂の所でも性能テストをしており、仕様書通りの性能が発揮されたからこそ、こうやって映像を見返して調査しとるのじゃよ……最も、原因の目星もたった今ついたがの」
「ほう……ならば説明してもらおうじゃないか」
クロノギアスの問題ではないと告げられたジェネルは、鼻をならしてそう促すとサーベルを鞘に納め、リーリスは興味深そうな視線をシュタインに向けて説明を今か今かと待ちわびている。
「クロノギアスが使用通りの性能を発揮できなかった理由……それはこれじゃ」
シュタインがそう言って手元のタブレットを弄ると足元のモニターの映像が滝音市の戦闘風景から格納庫のものへと切り替わる。そこにあったものを目にしたジェネルは、訝しげな表情を浮かべて問い詰めた。
「時空転移ゲートではないか、それが一体どうしたというのだ?」
「まさかそれが問題だって言うんじゃないわよね?」
「そのまさかじゃよ。時空転移ゲートで転送できるキャパシティを、クロノギアスがオーバーしたことによって起きたのが今回の性能低下の理由じゃ。地球での戦闘は転送可能だった五十パーセントの性能しか出せなかったのじゃよ」
シュタインの口より問題点が提示されて二人は納得がいったと言わんばかりに頷くが、ジェネルはすぐにシュタインへと掴みかかる。
「だがどうする!!我等『クロノイド制圧軍』の作戦に置いて、時空転移ゲートは必要不可欠!!それはお前も分かっているだろうな!!」
掴みかかられて中に浮かんだシュタインは、再びジェネルの腕をタップして降ろすよう言う。
鼻をならしながら降ろされたシュタインは咳払いをすると、呼吸を整えて口を開いた。
「分かっとるわい、だからこれから改造しに行くのじゃよ……」
そう言うとシュタインは体が光に包まれて部屋から姿を消す。短距離ワープで時空転移ゲートに向かったのだと気付いた二人は、溜め息をつくとジェネルはリーリスに背を向けて歩き出す。
「おや、もうお帰りかい?」
「既に用件が終わった以上ここに用はない」
リーリスの問いにジェネルはぶっきらぼうに返すと、部屋を出ていって遠ざかっていく。
残されたリーリスは掌に光球を出現させると、マウスの様に動かしてモニターの映像を再び滝音市での戦闘に切り替えた。
「気楽なものだねぇ……」
先に去っていった二人を、馬鹿にしたように嘲笑するリーリス。
彼女の目には、弱体化したクロノイド相手に戦うロボットが映っていた。
春休みが終わった次年度の一学期始業式、光は花音と共に自分達の教室へと向かっていた。
「それにしても今年も同じかぁ……」
「個人的には別々の方がよかったんだけどな……」
同じクラスになったことに若干声が明るくなる花音とは対照的に沈んだ様子で光はそう愚痴り、それを聞いた花音がムッとした表情で光を見て問い掛ける。
「ふぅ~ん、随分なことを言うじゃないの」
「だってさぁ……俺達が同じ所に居てみろよ、十中八九部長が来るぞ?」
「あ~……」
気を落として理由を言う光に、花音も頬をひきつらせて頷く。部員が固まっているのに白部がちょっかい出さないとは考えられなかったからだ。
「そういえば部長で思い出したんだけど、昨日のことどうしたのかしら?」
白部の話題が出てきたことで思い出したか、花音が手を叩いて光に聞く。
それに対して光は携帯を取り出すと、自分に宛てられたメッセージを見て溜め息をついた。
「編集疲れで始業式サボるって」
「あんの馬鹿部長……っ!」
「……そっちには何て?」
「放課後に部室でってだけよ……!」
光に宛てられたメッセージを見て怒りのオーラを出す花音に、光が恐る恐る何て来たのかを聞くと予想以上に簡素な文面で思わず立ち眩みがする。
花音に自分のメッセージを送ると、確実に説教が飛んでくるから自分にだけ伝えたという悪知恵を感じ、光は再び溜め息をつく。
そんな風に朝から不快な思いをしながら教室へと向かっていき、目的地の二年三組の教室に辿り着くと教室内から歓声が沸き上がった。
「な、何何何!?何なの!?」
「よりによってかよ……」
突然沸き上がった歓声に花音は混乱のあまりキョロキョロと辺りを見回すが、対する光は更にげんなりとして肩を思いっきり落とす。
「え、高坂もしかして何が起きてるのか知ってるの?」
「知ってるけどさ……言うから俺もサボってもいい?」
「え、ちょっと待ってよ!何で説明の対価がサボりの容認なの!?」
「それだけ関わりたくないんだよ……」
困惑する花音に対しての説明を対価とした光のサボタージュに、 思わず花音は突っ込みを入れる。
花音が問い詰めるために光の体を前後に揺らしていると、彼等の隣の扉がおもむろに開いた。
「何時までも廊下で騒ぐんじゃないよ、転校生が来るんだから早く入って!」
「げえっ……」
「あ、有沢君、おはよう」
廊下で騒いでいた二人を呼んで教室に入れようとした縁を見て、花音は普通に挨拶をしたが光は苦虫を噛み潰したような表情をする。
花音の挨拶に頷いて自分の席に戻っていく縁を見ると、花音は肩を落としている光に対して苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「ごめん……知ってたんだね……?」
「あんだけ教室が騒ぐなら何となく予想は付くだろうが……はぁ……」
縁に見つかった以上サボタージュは出来ないと肩を落とした光は、花音と別れて自分に宛がわれた席へと座る。
その後すぐに担任の男性教諭がやって来て、当たり障りのない挨拶をして新学年の話をしていると、ふと自分の後ろ──廊下側の二番目の列最後尾の席が空いているのに気が付いて、担任に質問をしようとしたところで縁の言葉を思い出した。
(……そういや、転校生が来るんだっけ……)
光と花音を教室に入れる際に縁がそう言っているのを思い出し、この席に座るのだろうと光は感付く。しかし、それと同時にある疑問が頭に浮かぶ。
(ん……?待て、何であいつ転校生が来るって知ってたんだ……?)
「それじゃあ新年度早々だが、転校生の紹介をするぞー」
光が何故縁が転校生について知っていたのか頭を捻らせていると、担任が転校生の存在を明らかにして教室内が──先んじて知っていた光と花音、縁を除いて──沸き上がる。
その盛り上がりように光は一旦考えるのを止めると転校生が入ってくるであろう黒板側の扉へと目を向けた。
「静かにー……よし、それじゃあ入ってきてくれ」
担任が静かになるよう注意をすると教室内は一気に静まり返り、それに頷いた担任は扉に向かって声をかける。
『──────』
扉が開かれ教室内へと入って来た少女を目にしたクラスメイト達が息を呑む。引き締まった体に透き通るような肌、首もとで結われた腰元まで伸びるサラサラな黒の長髪、教壇横に立って正面を向いた際に拝めた顔はパーツが整っており若干鋭い目もクールさを引き立てるのに一助していた。
「…………滝音久遠です、よろしくお願いします」
少女──久遠が黒板に自分の名前を書き、自己紹介をして頭を下げるとクラス内から歓声があがる。
光や縁を除いた男子達は美人なクラスメイトが出来たことに喜び、花音を除いた女子達は久遠の姿にキャーキャー黄色い悲鳴をあげていた。
「はいはい静かにしろー……滝音の席は見て解るな?あそこだ」
「はい」
担任が手を叩いて生徒達を静かにさせると、久遠に席を指差して教える。
久遠はそれに頷くと教壇横から歩き出し、唯一空いていた光の後ろの席へと腰掛ける。
「……という訳で転校生が仲間になったんで、皆……特に近くの席の有沢と高坂はしっかりとサポートするんだぞー。それじゃあこの後は体育館で集会だから、質問ばかりして遅れるなよー」
担任はそう言うと出席簿を手にして教壇から離れて教室の外へと出る。するとそれを合図にクラスメイト達が久遠の周りへと群がってきて、光はその波に埋もれしまった。
「もがががが…………!?」
「た、高坂!ほら、手!」
人垣の外から花音が光に向かって手を伸ばし、もみくちゃにされながら手を取った光は引っ張り出されて安堵の息を吐く。
「はぁ~……どうするんだよこれ……」
「集会があるのにね……」
振り返って久遠を中心に群がるクラスメイト達を見て光は溜め息をつき、花音も呆れた声を出す。
そんな二人の元にいつの間にか人垣から脱出してきた縁が現れ、困ったように口を開いた。
「こんなになってしまうとはね……手伝ってくれるか?」
「これを捌くのを?」
「ああ、先生からも言われただろ?」
久遠に群がるクラスメイト達を捌くのを手伝ってほしいと頼まれ、光は人垣へと目を向けると再び大きく肩を落とす。
「これは無理、先に体育館行くわ……」
「ちょ、ちょっと高坂!」
手を横に振って自分には出来ないと言い、光は教室の外へと出ようとしてその後を花音が慌てて追いかける。
扉を開けて後は出るだけの段階になったところで、光は縁の方へと振り向いて一言告げた。
「時間が近付けば勝手に散開するだろ。俺達が先に体育館に向かったことを言って散会させろよ」
「!……確かに、先に誰かが体育館に行ってれば時間が迫れば皆出ていくか。ありがとう、甘んじて使わせて貰うよ」
光が言ったことを好意的に解釈し、二人に頭を下げて人垣の中へと入っていく縁を見るや、光は教室を出て体育館に向かって廊下を歩き出す。
「どうしたのかしら~?転校生にいいところを見せさせちゃって?不倶戴天の敵なんでしょ?」
その後を追いかけてきた花音は、顔をニヤニヤとさせながら肘で光の脇腹をつついて面白がるようにからかう。
「いやあれを捌きに行こうとは思えねぇし、それほどまでに転校生に入れ込んではねぇからなぁ……」
溜め息混じりにそう呟く光の言葉を聞いて、花音は意外そうに目を丸くする。
「あら意外、男子連中夢中になってたからてっきりあんたもかと思ってた」
「それいっちゃ、女子だってキャーキャー言ってたけどお前向こう行ってないじゃん。そういうことだよ」
「そういうことね、だったらいいか」
二人共転校生に然したる興味が無いことが話で伝わり、先に体育館で待っとこうと二人は足を早めて体育館へと向かっていった。
集会が終わって教室に戻り、終礼を終えた教室は再び久遠を取り囲む形で騒がしくなる。
二度目とあってか手早く抜け出た光と花音は、朝に携帯に来た連絡通り白部の待つ部室へと向かっていた。
「……………………」
「どうしたのよ高坂、さっきからキョロキョロして」
その道中で光が何度か辺りを見回すのを繰り返し、それが気になった花音が問い掛けると、光は目を細めて辺りを見回しながら答える。
「いや……何か視線を感じてな……」
「視線……?」
光から視線を感じると言われて花音もその場で辺りを見回すが、視線らしきものは感じずに光に対して呆れた声を返す。
「大方、あんたを引き抜こうとしてる運動部じゃないの?」
「うんにゃ……そいつ等とはどうも違うような……何だろ……」
花音は今までもにあった光に対する運動部からのスカウトを引き合いに出すが、光はどうも勝手が違うと言って頭を捻るが思い付かない。
その様に花音は溜め息をつくと、光の腕を掴んで早足で部室へと向かい出した。
「視線が気になるならさっさと部室に行けばいいじゃない。あの部長が居るなら誰も手出しはしないわよ」
「そ、そうだな」
花音の暗に自分達の部長が危険人物であると明言している発言に、光は頬をひきつらせるも花音の言うとおり部室に行けば視線から逃れられると考え、二人は早足で部室へと向かっていく。
そして部室の前に辿り着いていざ入ろうとした瞬間、部室の中から廊下まで聞こえる大絶叫が響き渡った。
「ア゛────────────ッ゛!!」
「ぶ、部長!?」
「ど、どうしたんですか!?」
突然の絶叫に飛び上がった二人は慌てて扉を開けて部室へと入る。そこでは──
「無い!!無い!!無い無い無い無いな──い!!」
部室の中を縦横無尽に駆け回りながら、部屋中の収納を片っ端から開ける白部の姿があった。
「ぶ……部長……」
「…………はっ!?高坂部員に、水代部員!!君達は心当たりはないか!?」
部屋中を物色する白部に声をかけるのを躊躇っていると、二人の入室に気付いた白部が二人の元へと向かってそう問い掛ける。
「心当たり……って、なんですか?」
「新聞だよ!!昨日の怪獣とロボットについての特集記事!!昨日の夜に寝落ちしてついさっき起きたら、無くなってたんだぁ!!」
「「え……ええっ!?」」
白部が作り上げた新聞が無くなったことにも驚きの声をあげたが、それよりも気になることが二人にはあった。
「寝落ちって……もしかして部室に泊まりました!?」
「ついさっき起きたって、それじゃあ朝のメッセージは……!?」
「……待て、朝のメッセージだと?」
二人が話したことが引っ掛かって混乱していた白部は一瞬にして正気に戻る。そして白部は二人の肩を掴むと顔を近づけて問い掛けた。
「俺が起きたのはついさっきだ。朝にメッセージなんて送ってないぞ?」
「うえっ!?だったらこれは──っ!」
白部の口からメッセージが送られていないと言われて、光は驚きの声をあげて証拠となるメッセージを見せようと携帯を動かすと、SNSを見て目を見開く。
「なくなってる……!?」
「嘘でしょ!?…………っ!?本当に……」
光の言葉にそんな馬鹿なと言いたげな花音も自分の携帯を見るが、光と同様に削除されていたメッセージを見て顔を青くして光を見る。
「むう……その反応からするに二人の見間違いとは言い切れんな……」
そんな二人の反応を見て二人が嘘をついていないと判断した白部は、何が起きたのか腕を組んで考える。
三人が消えたメッセージについて考えていると、部室の扉からノック音が聞こえてきた。
「……水代部員、応対を」
「あ、はい……どうぞ!」
突然の来客に三人は考えるのを一旦止めると、白部は花音に来客の応対を任せる。
指示を受けた花音が扉の前に向かって扉越しに来客にそう告げると、来客は扉を開けてその姿を表す。
「げえっ!?」
「へぇ……ここがジャナ部ねぇ……」
その姿を見て変な声をあげる光を他所に、来客の姿を見て目を丸くする花音の横を通り過ぎ、来客──縁はジャナ部の部室を見回す。
「ほう……かの有沢縁君が一体何の用かね?」
対する白部は腕を組んで不適な笑みを浮かべ、縁に対して問い掛ける。
その問い掛けに縁は笑みを浮かべると、廊下の方を向いてから口を開いた。
「ちょっと待ってほしいな、あともう一人……来たね」
縁が廊下の外を見て誰かを待つようなことを言うと、待ち人が来たのか部室に笑みを浮かべて入ってくる。
その後に続いてきた来客を見たジャナ部の三人は、驚きのあまり開いた口が締まらなかった。
「…………」
廊下から入って来た縁の連れ──久遠は縁の隣に並ぶと白部に向かってその目を向ける。
視線を向けられた白部が冷や汗を流す中、縁は白部に向かってこう言った。
「僕達もジャナ部に入れて貰えないかな?」
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