大公爵は皇帝に問う。
九十二話
城門を開ける。甲冑が飾ってある廊下を歩き、大広間に出る。
大広間には一つの小さな机。そして二つの椅子がある。奥の方には巨漢の男性が座っている。
「久しいな」
こちらを見、右の口角を上げ、低い声でそう話しかけてくる。
「アスタロト」
「名までは忘れんかったか」
俺は彼から様々なことを教わった。魔法から、剣術。そして。
「この盤面を覚えているか?」
対決の途中だったのだろう。あと一手で決まる盤面だ。俺の記憶には存在しない。
「……もう忘れたよ」
「……そうか」
アスタロトは駒を一つ取る。そして座ったまま、こちらに放ってくる。
それは黒色のキングの駒。
「我らの王はいつでも。いつまでもルシ。お前だ」
それを聞いて、キングの駒をアスタロトに投げ返す。
「俺はもう魔族の長じゃない」
「……なぜ人側に付く?」
「俺を待ってくれている人がいるからだ」
「難儀な男だ」
「サタは優しいって評価してくれたけどね」
「奴は死んだか」
「サタもベルゼも俺が殺した」
「……そうか」
アスタロトは、残念だ。と呟いて立ち上がる。
ベルゼにも負けないくらいの身長。やはり2mほどはあるだろう。
「お前と対立したことは数在れど、本気でやり合った事は無かったな」
アスタロトの周辺に剣が生まれる。火剣、水剣、土剣、木剣、鉄剣。それぞれ一本ずつが空中に浮いたまま、アスタロトの周辺を回っている。
剣を抜く。
「眩しいな」
俺の剣を見て目を細める。それと同時に火剣が飛んでくる。
右手の剣に水を纏わせ、飛んできた火剣を切り捨てる。
「嫌いな色だ」
「俺は好きだよ」
「……つくづく合わないな」
漂っている周囲の剣の中から水剣を取る。そしてこちらに歩み始める。
「全てを、決めよう」
周囲の剣の中に、また火剣と水剣が生まれる。
「俺は魔界に来た時からそう思ってたぜ」
剣に魔力を纏わせる。
両者走り出し、剣同士がかち合う。
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「僭越ながら、大公爵の名を冠したアスタロトだ。俺は、お前を認めてはいないぞ」
第一印象は、いけ好かない奴、だった。
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「お前に剣を教えたのは俺だ。負ける道理がないだろう?」
「それは勝ってから言うモノだろう、アスタロト?」
鍔迫り合いを行いながら言い合う。両者の顔は憎らしげに、そして嬉しそうに歪んでいる。
剣を力尽くで弾き、一瞬距離を取る。
さて。どう戦ったものか。ベルゼと戦うまで意識すらしたことはなかったが、相手も当然こちらを殺そうとしてくる。状況判断をしているのは俺だけではない。アスタロトの周辺に浮いている剣もどう使ってくるか分からない。視界は常に広く、頭は冷まして。冷徹に行こう。
一瞬の考えすらまとめる時間もくれはしない。アスタロトはすでに走り出し、互いの距離は1mほどしかない。
アスタロトは剣を振り上げ、縦切りをしてくる。それを右下から、横向きの剣で受け止める。
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「なんでお前が皇帝なんだぁ?」
「俺だって、なりたくてなったわけじゃないですし」
「じゃあ俺に譲れよ。こんなへっぽこには似合わねぇよ」
肩に手を置き、まるで説教でも説くように言ってくる。
「箔っていうのは後々付いてくるモノなんですよ」
「あぁ?」
「サタヌキアの受け売りです」
「はっ、そうかい。でもまぁ、力尽くで奪ったって良いんだぜ?」
玉座の間を後にしながら、そう言い放つ。
俺の苦手なタイプだ。
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「軽い、なっ!」
アスタロトは一歩前に強く踏み出す。その衝撃だけで少し飛ばされ、空中で無防備になる俺の腹を水剣で切る。鮮血が吹き出し、痛みに顔をしかめる。
空中で瞬時に体勢を立て直し、両足を同時に着地させる。すると、足下から土塊が足を伝い、そのまま固まってしまう。
「ぉお!」
アスタロトの叫びに前を見る。顔のすぐ前まで剣が迫ってきている。突きだ。水剣を左から弾き、体も左に傾ける。
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「もう……やめに……しようぜ……はぁはぁ……」
「なん……の……まだだぁっ!」
アスタロトは、地に両手両足を突いた状態から跳ね起き、こちらに斬りかかってくる。
ギリギリの所で剣を弾く。そして柄から左手を離し、土と火の混合魔法を投げる。土塊から水分が飛び、砂となって空気中を舞う。
「くっ……!」
アスタロトが目を擦る。
「卑怯だぞ! ルシファー!」
「はぁはぁ……卑怯もクソもないだろ……」
「くそっ……!」
アスタロトは水魔法で目の中の砂を取り除く。
「アスタロト。真水で目を洗うと痛いぞ」
「くそぉぉおお!!」
剣の腕では勝てないが、魔法を駆使すれば僅差で勝てる。まぁ、本気で戦ったらどうかは分からないが。
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「くっ!」
右頬が水剣で切られ、血が垂れる。アスタロトは水剣を離し、空中の火剣を取る。
周辺には土剣はなく、見れば少し離れたところの地面に刺さっている。それを見て、左手に水球を生み出す。
アスタロトは、火剣を左の肩に乗せるように引き、思い切り振り回す。それを全力で体勢を崩しながら避け、水球を刺さったままの土剣めがけて発射する。火剣を逆手持ちにし、上から刺そうと振り下ろしてくる。無理な姿勢で一撃目を避けたため、これは避けられない。
死を覚悟した瞬間、足を覆っていた土塊がはじけ飛ぶ。予想通りだ。
必死で横に転がり、火剣を避ける。後ろの土剣はなくなっていた。
「ほう。見るのは初めてだったはずだが?」
「直感ってやつかな?」
アスタロトは余裕そうに笑う。対してこちらは肩で息をしている状態。サタやベルゼとの戦闘の疲労が残っていないわけがない。しかし、それを鑑みても十二分にアスタロトは強い。やはり浮いている剣は要注意だ。
「さて。まだまだいけるだろう?」
「あぁ。余裕だな」
アスタロトは地面に土剣、木剣を刺す。そしてこちらに剣を向け、走り出す。
左から向かってくる火剣に対し、剣を合わせる。
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「なぁルシ。そろそろ諦めようぜ?」
「そんな訳にいくかよ」
チェスの盤面を睨み付けながら言う。
「お前にチェスの才能はねぇって」
「才能なんかあるかよ。あれ、いや。でもそうなると……こうだ」
「ほい。チェックメイト」
「あぁあ! 待っただ! アスト! 待った待った!」
「待ったをしても上手くは成らねぇよ。まぁもう一回付き合ってやるからさ」
そう言ってアストは駒を並べ始める。
★★★★★
左からの衝撃に吹き飛ばされる。両足で踏ん張ったつもりだが、それでも力では及ばない。
吹き飛ばされた俺を追うようにアストは走り出す。空中で左手に金属と火の魔法を生み出し、混ぜる。だが、両足が地面に着地する直前、大きなツタが剣ごと右腕に巻き付く。そして、そのまま引き上げられてしまう。
アストは火剣、水剣をこちらに投げる。回転したまま飛んでくる剣は次第に形を変え、それぞれが、1mよりも大きい鳥の形となる。
最初に、左手の混合魔法を地面に落とす。そしてその魔法に魔力の線を延ばしておく。
次に、左手に金属の板を生み出す。それを拡声器のような形にする。その中に火の鳥と水の鳥は入り、互いに互いを消そうとしている。拡声器の小さい穴を右手を固定しているツタに向ける。小さな穴から放たれた魔法はツタを消し、右手を解放してくれる。
「見事」
低く呟くアストは、すでに俺の着地地点で鉄剣を振りかぶっていた。
それを見て、魔力の線を通して溶けた金属をアストへ飛ばす。その間、魔力を与え続け、融けた金属の形を竜の頭のような形に変える。
「ぐっ!」
アストは水剣を生み出し、魔法を受け止める。しかし、金属を融解させた熱なだけあり、火力はちょっとの水くらいなら蒸発させる。飛び退きながら水剣を生み出し続け、魔法を少しずつ弱めていく。
今度はこちらが走り出す。走りながら足に魔力で鎧を作る。そして足裏で爆発をさせる直前、両足を土塊が覆う。見ればアストは魔法に対応しながらこちらに手を向けている。融解魔法に裂いていた魔力を足に集中させ、土塊の中で爆発させる。
アストは融解魔法が消えた瞬間、こちらを見て、勢いよく迫ってくる俺に火剣を向ける。左足の火力を抑え、右足をより強く燃やす。そうして火剣をギリギリの所で避け、アストの首に、深々と剣を突き刺した。
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「これはまずったかもしれんなぁ」
「お? 待ったはなしですよ?」
「最後の最後で負けられはせんからな」
「最後くらい手向けに欲しいものですな」
「なんだそのしゃべり方は。いや、こうすれば」
「じゃあこっちで」
8のDにルークを置く。後一手で決まりだ。
「…………さぁて、ルシ。そろそろ飯だと思うんだが?」
「おい待てよ! 後一手だろ!」
「さぁて何のことやら」
「もうちょっとだけさ! ね?」
「帰ってきたらな?」
そう言って食事場に向かうアスト。
……帰ってきたら無くなってたりしないよな?
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喉のド真ん中ではなく、少し右を貫通している。
首の切れ目からは血が溢れ、剣を伝って腕を赤く染める。
アストは、柄を握っている俺の両手を、包み込むように優しく握る。そして血を口から吐き出しながら俺に問う。
「い……く……のか……」
あぁ。そう言おうと思った喉は、変な息だけを吐き出す。両目から溢れる涙のせいで、上手にしゃべられない。アストはそんな俺を見て笑い、右手を離す。そして硬く握り、涙をこぼし続ける俺の左頬を、全力で殴る。
どこにそんな力があるのかと思うくらい、俺は遠くまで吹き飛ばされる。痛みか、涙か。前が滲む。
ゆっくりと立ち上がり、前を向く。アストはすでに倒れていた。駆け寄る力も、資格も、権利も俺にはない。ただ痛む頬だけが存在感を放っていた。
周辺に魔力の違和感を感じ、顔を上げる。まだやることが残っているはずだ。
アストの体から抜き取ったソレを胸に仕舞う。また涙が溢れてくる。滲んだ視界にチェス盤が写る。ゆっくりと進み、盤面を見る。
黒のルークを取り、8のGまで動かす。
「これでチェックメイトだ」
盤面を見る。何も変わっちゃいない。チェスも、アストも、俺も。
胸の内で存在を示すアストに向かって、思い切り叫ぶ。言葉にすらならなかった、ただ失っていた感情を。
少し補足です。
アスタロトは主人公に代わって長の座を手に入れようとしていました。
しかし、才能や努力している面を見て、次第に、こいつでも良いかな?と思うようになりました。
主人公が復活して、記憶を失い、初めて魔界に来た時の事です。アスタロトは主人公の様子を見て、こいつに長は任せられん!となってしまい、今回戦闘に至りました。
しかし、主人公が最後泣いていたのを見て、忘れていないんだな。頑張れよ。という意味で殴った……つもりで書きました。
良い感じに捻くれてるおっさんって滅茶苦茶好きです。それが書きたかっただけでもあります。




