宰相は皇帝に嘆く。
九十三話
血を水で洗い流し、傷口を火で軽く炙る。回復魔法とかは存在しないはずだ。願えば叶うかもしれないが。いつも腕を失った時は……輪廻転生を行ってきたが、今回はそれには頼れない。
見れば、大広間の左の扉だけ開放されている。こちらに行けということだろうか。
第一広場へと続く廊下を歩きながら、外を見る。大広間、そして食事場を囲むように作られている廊下からは、魔界の街が一望できる。今となっては誰も見当たらないが、前はたくさんの人で賑わっていたのだが。
第一広場の扉を開ける。鎧やら剣やらが置いてある広場で、訓練場も兼ねていたはずだ。
「やれやれ。どのような格好かと思えば……」
世界地図が広げられている、大きな丸机の上に座っているのは。
「ルキフグス」
「私をその名で呼ぶな!」
机から降り、紳士の如く胸に手を当て、腰を折る。
「……お久しぶりです、皇帝殿。我がロフカレの名を忘れてしまうとは」
ルキフゲ・ロフカレ。解離性同一性障害。俗に言う多重人格。ルキフゲ。そしてロフカレの二人に別れている。ルキフゲは攻撃的で、ロフカレは理性的。昔も結構扱いづらい人物だったと記憶している。
「懐かしいなロフカレ。まだルキフゲと喧嘩してるのか?」
「……つくづくあなたは嫌な人だ」
嫌らしそうな顔を隠すことなく、こちらに向ける。
「あなたがここに来たということは? サタヌキアもベルゼビュートもアスタロトも役に立たなかったのですね。流石は私が認める無能達だ。期待を裏切ってはくれないな」
「言いたい放題だな」
「まぁ、あなたのその状態を見れば、あの三人の評価を無能から少しは上げるべきかもしれませんね」
「相変わらず口だけは良く回るな、ルキフグス」
「私を! その名で呼ぶなと!」
目を見開きこちらを見たかと思うと、糸が切れたように体から力が抜ける。そして。
「あらら。俺は戦う時だけって聞かされてたんだがねぇ。感情制御が相変わらず下手なんだよ」
「久しいなルキフゲ」
「おぉ。なんだ、覚えてたのか。なら話は早ぇな。こっちに戻って来いよ、ルシ」
「無理だな。戻る気は一切無いぞ」
「はっ。じゃあそのツノはなんだよ?」
その言葉に、腰に下げた剣を抜き、刀身を鏡代わりにする。黒い髪の間から、黒く輝く角が生えている。
「なんだ。気づいてなかったのか」
「こんな……」
「まぁ、お前はこっちって事だな。な? 戻って来いよ」
「……いや、無理だ」
「おいおい」
「俺は、もうヒューマンだ。彼女がそう言ってくれたから。だからもうそれで十分なんだ」
「そういうことか。惚れた腫れたはめんどくせぇな。さて、ロフカレからまだ少し話があるようだぜ」
そう言って体の力が抜け、また体に芯が戻る。
「あなたが時間を戻せば全てが解決するのですよ。別に何人死のうが、何人泣こうが変わりはしないのです。例えどうなろうと、私はあの世界に帰る」
「俺はもう、この世界の住人を生かしたい。殺すなんて言い出すなら、俺はお前を消す」
「あぁ、本当にあなたは面倒くさい人だ。この世界の住人に姿形も存在しないのですよ?」
「知ってる。全部魔力らしいな。だからどうした」
「……救えないと言っているのです」
「俺がか? 住人がか?」
「どちらも、でしょうね」
「俺が救えないのは昔からそうだっただろうが。だが住人は違う」
「魔力はじきに尽きます。そうなれば全ての住人の体は溶けて無くなる。そうなる前に全てを戻すのです」
「やってみなくちゃ分からないだろうがよ」
「……本当に救えない人だ!」
ロフカレは右手に火球を生み出し、鞭の形に変える。そして生きた蛇のように動かし、こちらに向かって攻撃を仕掛けてくる。
どこから来るか分からない攻撃への対処に、厚めの鎧を生み出す。機動力に欠けるが仕方ない。ガウルの剣に水を纏わせ、鞭の先を見る。右に、左に、上に、下に。段々近づき、最接近した瞬間、剣で弾く。
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「お初にお目にかかります。宰相の名を冠させて頂いた、ルキフゲ・ロフカレと申します。以後お見知りおきを」
第一印象は、好青年だった。
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火の鞭は剣に巻き付き、へし折りそうなくらい強く引っ張られる。剣に纏わせた魔力を解く。鞭と剣の間に出来た隙間から、剣を抜く。ロフカレは鞭をしならせ、手元に戻す。
「ふんっ。まぁ戦闘は私の領分ではないのでね。ルキフゲに任せるとします」
鞭を消し、目を一瞬だけ閉じる。そして開けた時には、既に目の奥の光が変わっていた。
「さて。じゃあ始めっか」
ルキフゲは火剣を生み出し、こちらに走ってくる。足裏に炎が見え、飛翔する。仕組みは俺の飛行魔法と同じだろう。
俺も同じように足裏に炎を生み出し、飛ぶ。体重は乗らないが、その分の力を、炎による推進力で補う。
空中で剣同士がかち合い、火の粉が散る。
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「面倒くさい地位になられましたね」
「助けて欲しいです……」
「まぁ、大変だと思いますけど頑張って下さい。できる限りの応援はさせて頂きます」
「ありがとうございます」
「それでは失礼します」
どことなく違和感を感じながらも、その優しさに少し救われていた。
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「いいねぇ。熱いねぇ」
ルキフゲは楽しそうに笑っている。
まだ一度しか剣を交えていないが、正直余裕を感じている。太刀筋も、飛行魔法も精度はそこまで高くはない。
足裏の炎を強め、ルキフゲを押し返す。そして、そのまま距離を置き、左手に水の槍を生み出し、魔力で線を繋ぎ、空中でも自由に操れるようにする。
ルキフゲは炎を上手く使い、体勢を立て直して、こちらに向かって飛んでくる。剣を振りかぶり、無防備になった胸を目がけて、槍を思い切り投げる。しかし、難なく弾かれてしまう。
ルキフゲの視界から消えた槍を、魔力の線を通して操る。無防備な俺を攻撃しようと、もう一度剣を振り上げているルキフゲの横腹に、深々と槍を刺す。
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「私と」
力が抜け、戻る。
「俺が」
また力が抜け、また戻る。
「いるんですよね」
傍から見たら、ただのコントだ。
「本当に入れ替わってるの?」
「はい。私は魔法が得意で、彼は剣術に長けています」
「へ、へぇ……」
「信じていませんね?」
「なんだっけ。多重人格? だっけ」
「はい。この世界になって、よりはっきり分かるのです。自分の中に二人いることが」
胸に手を当てながらそう言う。
「なんか複雑だね」
「私は、この彼と一緒にいることを認めたくはないんですがね。仕方ありません。割り切るしかないのです」
そう言う彼の目は悲しそうで、憎らしそうだった。
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「ふがっ!」
勢いよく刺さった槍は、ルキフゲを壁際まで吹き飛ばす。武器を使役する考えは無くはなかったが、アストの魔法を見て実戦で起用した。
「まったく……世話の焼ける……」
そう言って立ち上がるルキフゲは、雰囲気が変わっていた。しかし、それはロフカレでもない。
「こちらは本当に不本意なんですがね」
「誰だ……お前達は……」
「我はルキフグス。嫌々ではあるがね」
昔、冗談で呼んでいたルキフグスという名。それの体現がそこにいる。ルキフゲでも、ロフカレでもない、もう一人とすら思える人格。
ルキフグスは炎を生み出して飛翔し、火剣を握る。先ほどよりも圧倒的な速さに、剣を合わせることしか出来ない。
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「ありがとう……ルキ……いやロフカレ」
これだけ経った今でも間違えてしまう。
「……もうルキフグスで大丈夫です」
「本当に? 嫌なんじゃなかったっけ」
「正直ルキフゲと間違われる方が嫌です」
「……ごめん」
「いえ。これでこの書類は大丈夫ですかね?」
「あぁ。うん。ありがとうルキフグス」
人生で一番嫌なことを思い出しながら、苦虫を噛んでいるような顔をしている。
「……」
「やっぱ嫌なんじゃん」
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「へぇ。今のも見えるんだね」
そう言うと、剣の重みが一層増す。耐えきれず、足裏の炎を消して、ルキフグスの力のままに流される。壁際に追い込まれる直前、全力で炎を出し、ギリギリのところで逃げ出すことに成功する。
しかし、ルキフグスは逃がすことなく追ってくる。火力は全開だが、振り切ることは出来ない。少しずつ差を縮められながら、水の槍を何本も生み出し、魔力の線で繋ぐ。
振り返り、笑っているルキフグス目がけて二十余りの槍を投げつける。
「はっ。こんなもので」
時には避け、時には弾き、ドンドン距離を縮めてくる。その間にも槍を生み出し、槍に魔力を繋ぎ、放つ。を繰り返す。
「何度も何度もっ!」
何十本放っただろうか。ルキフグスは、ついに俺に火剣が届く範囲まで近づき、剣を横凪に振るう。その右腕を槍で刺すように、魔力の線を通して命じる。しかし、ルキフグスはそれをも避ける。
俺は止まることなく槍を生み出し、ルキフグスに向けて飛ばす。躱された槍はもう一度ルキフグスを狙う。
何十分そうしていただろうか。遂に槍が足を刺す。ルキフグスの動きが止まった瞬間、百近い槍がルキフグスの体を貫く。
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「負けました……」
「ふぅ。ぎりぎりだった」
「ルシ様はやはりお強いですね」
「いやいや。ルキフグスも十二分に強かったよ」
「ありがとうございます」
その返しに少し違和感を覚える。
「……ルキフグスって呼ばれてももう大丈夫なの?」
「違和感がないわけではありません。しかし、二人を認めて下さっているようで、私は嬉しいのです」
「判別するのが面倒くさくて、つい一緒くたにしちゃったら?」
「ブチ切れますね」
笑顔で言う。たぶん半殺しにされる。
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最早体の一部も見えない。水の槍の塊のようになっており、下の方の槍から血だけが滴っている。ゆっくりと槍を抜いていく。体は穴だらけになり、先ほどまで生きていたとは思えない状態だ。
ルキフグスを殺せたと喜んでいる自分と、それを殺してしまったと嘆いている自分がいる。あり得ないことだ。俺は俺だ。他の何者でもない。ないはずだ。そんなことも忘れてしまったのだろうか。
ルキフグスの体から魔力で掴み取ったモノを、胸に納める。温かく力強いソレは、胸の内で俺の在り方を否定しているようだった。
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白人レベルで鼻が高いから大丈夫、とか言い出す人は何と言うか、嫌いです。




