第05話「魔導師の困惑と院内陰謀に接点とかある訳がない」
予告通りアキラの入浴シーン!(だからそれは誰得かと)
と、少しずつ明らかになりつつある世界の片鱗とは?
短期集中連載第5回!
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それにしても、この世界は不思議だ。先程の風呂で、服の着脱がワンタッチだと知った時はビックリした。ミソラに田舎者と思われただろうか。まあ、彼女は笑っているだけだったから問題はなかったのだろう。
湯浴みから帰り、甲冑を脱いでラフな格好で2階まで歩いていると、シーナがローブを脱いだ格好で部屋に居た。ローブの下はまるで透き通るような衣服であった。実際透けているわけではないのだが、彼女の体形がくっきりと分かる。ここで肉感的な体形だったりしたら18禁展開だろうが、彼女は、ぶっちゃけて言えば無いペタ。……いやいや、ロリは余計拙いんじゃないか?
いやいやそういう問題じゃない。会って間もない殆ど見知らぬ相手に、誰の物ともわからない体を使って触るとか、失礼千万だろう。
色々考えていたが、要するにアキラは初心だったから、こういうシチュエーションには免疫が無かった。
「うわわわわ、魔導師シーナ、この部屋で何をっ」
「何をって、私たちがあてがわれた部屋ではないですか」
「えーっ……えーっ!?」
ミソラの家は、急きょ用意できる客間が一つしかなかったため、アキラとシーナに提供された寝室は、一つの部屋を間仕切りで仕切っただけのものであった。アキラは、最初に見たときから、シーナを可愛いなと思った。こんな子と友だちになりたいなぁ……。彼の職場は疲れ切ったような男ばっかりだったから、特にそう思えた。そういう子と、間仕切りはあるとはいえ、同じ部屋の中で2人きりである。流石にこれはちょっと拙いのではと思った。
「え、あ……」
アキラが戸惑っていると、すたすたと平然とした顔でシーナは間仕切りの向こうに消えた。
「どうされました?勇者殿」
「あ、いや。まさか同室とは思わなくて」
「田舎の家ですし、そうそう客室が有る訳でもありますまい。こうなることは分かっていたと思っていたのですが」
「あ、田舎。うん、そうだ」
「おかしな勇者殿ですね。食事の時と言い、……本当に。まるでこの世界の事を知らないかのような」
ぎ・くっ。
まさか異世界から転生してきた、なんて思われることは……しかし、相手は魔導師と呼ばれる人物。俺の転生くらい、既に見抜いているかもしれない。
「では私はお先に」
アキラの思いなどわれ関せずで、シーナは就寝の挨拶を告げた。
「あ、ああ、俺も」
湯浴みですでに甲冑は脱いでいたから、そのまま横たわることにした。
あれやこれやと考えて、ベッドに横たわってもなかなか寝付けないでいると、隣からシーナが声を掛けてきた。
「勇者アキラ殿、寝付けませんか?」
流石にぎょっとした。間仕切りは固い板でできているように見えた。余計な音をたてただろうか? アキラは逆に尋ねてみることにした。
「魔導師シーナ、まだ起きておられましたか」
「貴方のオーラがまだ光を放っておられるので、起きておられるのだなと思い、見守っておりました」
なんてことだ。魔導師とは、おっかない存在だな。アキラはそう思ったが、直接表現するのは避けて、やや迂遠な言い方で返した。
「そういう事も魔導師にはわかるのですね。……色々と考えることが有りまして」
仕切りの向こうから、シーナのフフフ、と笑う声が聞こえた。
「色々と初めてが有って、興奮されているのですね」
アキラは再びぎょっとした。
「隠されても無駄ですよ。勇者殿。貴方はこの世界の住人ではありませんね? オーラで分かります」
バレてら。
と、アキラは一瞬思った。しかし、相手がどの程度の事を把握しているかを見極めてからでも遅くはないだろうか? しかし、さっきから……オーラだって? ダサくないか? ……いやいや、ここは自分の元居た世界とは違う。見知った言葉と同じでも、同じ事と捉えない方がよいだろう。
直球勝負しか思いつかなかったが、はっきり言おう。
「分かりましたか……実は、私は本日の夕刻、ここに転生してきたようなのです」
今度はシーナがびっくりして咳込んでいる。
「どうされました?」
「い、いや。転生と申されましたか」
「たぶん……俺は死ぬような事故に巻き込まれて……詳しい顛末は俺にもさっぱり不明です。気が付いたらあそこに居ました」
「ふむ――」
「ミソラは俺が気が付く前から勇者と話し合っていたようですから、俺が転生することで、誰か別の人物を乗っ取ってしまった可能性もあるかもしれません」
「――転生、ねえ」
アキラはここまで話して、何だかすっきりした。と同時に、猛烈な睡魔が襲ってきた。
「ああ、吐き出した所為で楽になりました。続きは明日お話ししたいと思います。おやすみ」
「え? ああ、待って」
シーナはまだ聞きたいことが有ったようだが、まるでスイッチが切れるようにアキラは眠りに落ちて、寝息を立てはじめた。
「……寝てしまった、だと……?」
慌ててシーナは間仕切りの横をすり抜け、アキラの元に来た。寝ているアキラを見て、シーナは愕然とした表情を浮かべている。
「本当に寝てる……あり得ない、そんな事は起きる筈がないんだ」
先に眠られてしまったことを悔いているにしては妙な表情ではあった。
アキラ。シーナは頭の中で唱えた。
アキラ。間違いなくこいつはアキラだ。私を悩ませた夢に出てきた存在。
そんな馬鹿なことが有るだろうか。私がこいつの為に涙を流した? 馬鹿な話だ。こいつは厄介者じゃないか。私の仕事の邪魔にしかならない。だがそう思いつつも、心のどこかでアキラを見るたびに何かモヤモヤとした気持ちが沸き起こる事実も感じていた。
おまけに転生だと? 馬鹿じゃないのか?
こいつは自分が何処にいると思ってるんだ?
§
アキラが運び込まれた特別集中治療室では、アキラの体温を極端に下げるために、血管に不凍液のような働きをする液体を注入していた。これでアキラは10℃の極度な低体温状態に置かれても、その生命活動を維持できるようになる。頭蓋骨には微細な穴があけられ、そこを通して投入したナノマシンの誘導により、脳に直接電極を設置していった。これにより、通常のインターフェイスでは成し遂げることが出来ないような速度と品質での大脳・機械インターフェイス=ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)が確立できるようになる。この部屋はナノマシン治療を行う専門の集中治療室なので、別名ICUーME(
Intensive Care Unit with Minimum Equipment)とも呼ばれていた。
病院側の説明では、こうしてモニタリングして得られる情報から判断する限りでは、アキラの意識の回復は認められないという事だった。所謂、植物人間だ。アキラの両親にも連絡が届き、二人は面会に来た。だがその時にはアキラの体は、既に直接外界と接触できないカプセルの中に収められていた。容体を聞き、現状の説明を聞いて、触れることも出来ない我が子の前で母親は泣き崩れ、父親はやり場のない怒りで怒鳴り散らした。
父親は怒鳴り疲れると座り込んでしまい、やがてアキラの両親は二人で泣き始めた。
両親が落ち着いたのは、アキラが事故に遭った翌日の明け方頃であった。病院のスタッフに促されるままに、2人は予め取ってあった宿に引き上げていった。
「で、検体の両親にはなんと?」
医療技術主任の渡辺は、医療技術部員の福本に尋ねた。福本は彼の腹心の部下であった。
「はい、既定の通りの返答をして送り出したそうです」
「よろしい。それで検体の状態は?」
「正常に機能中です。神経の損傷は外部の迂回回路で代替し、現在脳内に注入してあるナノマシンで修復作業を行っています」
「全て貴重なデータだ、仔細余さず記録するように」
「了解しました」
満足げな表情を浮かべた渡辺だったが、ふと何かを思い出して福本を呼び止めた。
「おう、そうそう。簡易版ハードウェアと、普及用に発注したソフトウェアの件はどうなっている? 納品には間に合いそうかね?」
福本は苦笑いをしながらそれに応じた。
「ハードウェアは医療機器としての許可は下りて量産も進んでいます。二日後には最初の10万ロットを出荷する予定だそうです。問題はソフトの方で……」
「また遅れの原因はソフト屋か。どうしてあの連中は納期を守れないんだろうな」
「はあ、最終調整時に予想外のバグが出て対処に苦慮している、との報告が入っています。明日中に何らかの回答を出すようにしているそうです」
「どうせチンタラやっているんだろう、少し揺さぶりを掛けておけ。急がないとビジネスチャンスを逃すことになるぞ、とな」
「承りました」
渡辺は苦々しい苦笑を浮かべながら、机に置いた缶コーヒーをあおった。
何やら陰謀のにおい。そして、シーナの気になる独白。
次回、いよいよ冒険の始まり?