第03話「よくある異世界とか魔導師との邂逅だと思っていた」
目覚めたアキラが見た世界、それは一体……。
物語が動き出します。
―――― 3 ――――
アキラが気が付くと、そこは草原だった。ツナギ……は着ていない。目の前にはテレビで見たギリシャの神殿のような建物がある。いや、正確にはちょっと違う。なんというか、少し「盛られている」感じだ。余計なデザインが追加されているとでも言おうか。空気は先程のミント臭も相まってか、非常に清々しい。腰を起こして見回すと、辺りにはちらほらと人の姿がある。どうやら人が集まる広場のような場所らしい。
「なんだあ?」
喋ってびっくりする。
自分の声ではない。
自分の服を改めて見る。
腕は鎧の様なケースに入っている。
胸には何で出来ているのか分からないが、とても固い材質の板の胸当てがある。
空を見上げると……陸が浮かんでいて、そこから滔々と美しい滝が流れ落ちている。
起き上がると、下半身も硬いプレートを皮で繋ぎ合わせたような鎧に包まれているが、上半身も下半身も、プレートはぴったりと覆っているわけではなく、隙間は薄い布地だ。先程感じたチクチクは、背中のプレートとプレートの隙間から草の端が入ってきて、当たっていた所為らしい。これだけ丈夫そうに見えるのに、そういう隙間が有るというのは戦闘に不利じゃないか。突かれたらどうするんだ? アキラはそう思ったが、ガチガチのアーマーだと今度は動きを阻害してしまいそうだ。なかなか痛し痒しと言ったところなのだろうか。勿論、鎧の下には鎖帷子が有るようで、刃物は最低限度そこで止まるだろう。しかし、細い針のような武器で攻撃されたら貫通してしまう。
色々余計な事を考えながら、アキラは周囲をぐるぐると見回した。ふと気が付くと、ちょっと離れたところにある切株に、スイスの広告などで見る民族衣装を思わせる服を着た娘が座っていて、じっとアキラの方を見ている。
「勇者様?どうされました?」
そういう彼女の髪は暗い緑色で、耳は尖っていた。
「ん、ああ、いや。少し寝ていた……ようだ」
調子を合わせる。勇者様って誰だ、俺? アキラは内心大混乱していた。
スイッチを入れるときに手を抜いてゴム手袋をしなかったら、ビリビリして手が離れなくなって……というところまでは記憶がある。感電したのか……。そして俺じゃない誰かになって、ここに寝そべっていた。どうなってるんだ?
「そうそう、勇者様。今晩はうちで夕餉(夕ご飯)を召し上がっていって下さいね」
「うん? あ、ああ」
曖昧に答えた。この子と俺の関係ってどうなってるんだ?どう見ても……普通の人間じゃないよな。というか、これってエルフ?
カルチャーショックを受け捲ってきょろきょろしていると、そのエルフ娘がアキラを不思議そうな目で見つめていた。あ、ダメだ、不審者と思われちゃいけない。尽きない興味を押さえつけて、アキラはつとめて平静を保った。
それでも、自分の持ち物位は確認しておいたほうが良い。そう思うと、かの娘に招待された食事に向かう前に、少し自分の装備を検めてみることにした。何で出来ているか分からない硬質の素材を、皮の紐でつないだ鎧。その下には貝殻の様な素材をつなぎ合わせた鎖帷子。その更に下は、とてもするするとした肌触りの、絹のような素材でできた襦袢。左の腰には小さなポーチ、右の腰には一振りの剣と盾。剣は細身でずっしりとしている。そう、何かの本で読んだが、西洋の剣は諸刃だが棒の様でロクに切れず、撲殺に使ったという。対して、日本の剣は片刃で細身だがよく切れる刃が有り、ずっしりとした強固な鋼で出来ているという。その話からすると、まるで日本刀だ。剣を抜くとずっしりとして、氷のように研ぎ澄まされた、という表現がぴったりの片刃が付いている。
構えてみると、何か体の芯から燃え上がるような感覚がやって来た。
「これは……!」
感じるままに剣に念を込めてみる。剣は青白く光りはじめ、低く唸る音も聞こえた。何だか面白いぞ。
ざっと見まわすと、すぐ近くに大きな岩がある。其方にずいっと向き直って、青白く光る剣を振りおろしてみた。
「えいぃっ!」
「ブオンッ!」
某宇宙活劇の光る剣のような音がした。次の瞬間、大岩は一刀両断になっていた。いや、大岩だけではない、その先にある森の巨木がバキバキという激しい音を立てながら倒れているところだった。
すると、背後から喝采と驚きの声が上がる。
「素晴らしい! 流石勇者様」
「あんなに離れたところにある『鉄の樹』をいとも簡単に……!」
振り返ると、この付近の住人がわらわらと集まってきていた。空中には「気功斬」という文字が煌めいて居たが、やがて消えた。
「気功斬……」
アキラは先程見えた文字を呟いていた。凄いじゃないか。俺はいったいどうしてしまったんだ。この筋骨逞しい身体といい、特殊な能力といい、周りにいる住人……エルフ?。まるで異世界じゃないか。俺はどうやら、今はしがないライン工じゃなさそうだ。そう、この前読んだラノベに出ていた。転生、とかいう奴だ。マジかよ。
すると、背後から鈴の音色の様な軽やかな声が響いてくる。
「成程、気功の技ですか。素晴らしい威力ですな」
いつのまにか、割れた大岩の前にそれを検分している白いローブを纏った少女の姿。
「……誰だ?」
自分ですら碌に知らなかった技の名をいきなり言い当てられて心臓はバクバクだったが、なるべく慌てないように慎重に言葉を返す。相手がローブのフードを上げると、エルフ娘のような暗い色ではなく、鮮烈な濃い緑色の瞳、透き通るような白い肌、そしてあり得ないような燃える様な赤から群青にグラデーションのかかった煌めくストレートの髪の姿が現れる。人類にありえない彩りだ。目はカラコンでも入れているのか?
「これは失礼。私は魔導師のシーナ。貴殿のお名前は?」
シーナ、シーナ……どこかで聞き覚えがある気がする。気のせいか? ……椎名さんとか高校の同級生に居たっけ? 何か違う、どこか……思い出せない。だが、知っている気はした。
「お、俺は……」
アキラ、と、名乗って良いのか? もし異世界の誰かに転生したとかなら、この人物の名前はないのか? 何も分からない。こういう時転生した奴とかは何をしてたっけ。思い出せない。
ええい、構わない。
「俺は……勇者アキラ」
自分で自分の事を勇者なんて言うと、とてもむず痒い。
「これは、勇者殿でしたか」
ドン引きされている様子はない。どうやらここでは、勇者というのは職業名の一種の様だ。
だが少女の眼光が一瞬鋭くなった気がした。魔導師を名乗る少女。だが、見かけどおりではないという事なのか。いや、見かけも十分おかしい。こんな人間居ないだろう。
「これは警戒させてしまったか。失礼した。私は幼少より魔道の修行を積んでいた為に、少々浮世離れしているらしい。非礼が有ったなら謝罪しよう」
ふむ。特殊な娘なのか。……いやいや、そんなことで説明が付く感じじゃない。
「あ、あの」
という声に振り返ると、集まった民衆の中に先程のエルフの子。
「宜しければ、勇者様と一緒に、魔導師様もいらっしゃいますか。粗末な夕餉ではありますが」
「これは忝い、勇者殿さえ良ければ、ぜひ同席させて頂きたい」
なんだよ、おれを置いて勝手に話を進めやがって。アキラはそう思ったが、突如として現れた魔導師のシーナに興味が湧いたのも事実だった。
「宜しいですよ。いろいろお話を伺いたい」
「よかった、ではこちらへ」
エルフの少女に促されるままに、勇者と魔導師は一軒の家に向かった。
魔導師シーナと共にエルフ(?)の家に泊まる事になったアキラ。異世界の夜は更けていく……のでしょうか?