第14話「勇者は東京で再び転職する」
恭一の働きで明は奪取。
そして……。
新たな展開の14話です。
―――― 14 ――――
恭一がICU-MEのモニタールームからカーテンで隠された部屋の患者を確認した。
バイタルパネルの読み方は何となくわかるくらいだが、呼吸、脈拍、血圧、酸素濃度が正常なのはわかる。問題は脳だ。いわゆる植物人間状態だと、連れ出すこと自体が問題になる。見ると、いくつかのモニターは動作していない。ICUなんてろくに見たことが無い恭一は、今が正常なのかどうなのかの判断が付きかねた。分からないままにICU-MEから連れ出すのはリスクが大きすぎる。
倒れている医師と襲ってきた医師がいる以上、一枚板の状態では無さそうだ。しかし、意思を呼び出して万が一的だったとき、恭一では対処が出来ない。どうするか。
「まあ、こうするのが順当だよな」
そういうと、一旦ICU-MEのモニタールームから出て、スマートフォンを取り出すと、110番をコールした。
「済みません、事件に巻き込まれたようなので……。はい、病院で迷子になっていたら、血を流して倒れている医者を発見しました。集中治療室だったらしいですけど。そうしたら、医者の一人が鈍器を持って襲いかかってきたので、護身用のスタンガンを。はい、正当防衛です。住所ですか、ええと、東京都――」
手早く事情を説明して、後は別棟に戻ると、何食わぬ顔で会計書類を貰い、後は待機した。すると、程なくサイレンを鳴らしながら数台のパトカーが到着する。
いきなり騒然とした空気に包まれた病院に、当直の医師が数名出てくる。
恭一は手を上げると、警官に事情を話して同行した。ICU-MEに行くという事で、関係の医師も同行した。
まだ渡辺は伸びたままだったが、命に別条がないことが判明すると、警察により拘束された。福本はすぐに医師が診断し、命に別状はないが、救急対応が必要、という事で、応援の医師が呼び出された。
そして、ICU-MEの中について、担当医が調べると、明の意識が回復しているらしい。宿直の看護師が呼び出され、細かいバイタルを調査するためのカテーテルを外したりとバタバタと作業が行われた。
「たまたま」知人であった恭一は、担架で看護の緩い病室に運ばれる際に、明との面会が許可された。
「無精ひげじゃないんだね」
弱々しく話す明は、やや蒼い顔をしていたが、意識ははっきりしているようだった。
「ああ、来る前に剃ってきた。結構可愛い顔をしてるじゃないか」
「こんなブス、誰も相手にしないよ」
「そうか? ……もし何かあったら、ここに連絡をくれ」
恭一は名刺を担架の明の枕元に置いた。
「シーナ……椎名さんは、このあとどうするの?」
「ああ、食事を買ったらバイクで職場に戻る。こけさせたから、少しフレームとか曲がってるかもしれんが」
「――おれのせい?」
「――若い女がおれとか使うのは違和感があるなぁ。まあ、後で話そう」
恭一はそう言い残すと、病院を後にした。
§
一週間後。
恭一のバイクの修理は12万、ライダースーツとメットの代金も合わせると、計20万位は飛んで行ってしまった。クライアントの偉いひとは、恭一がスタンガンで眠らせてしまったうえに、色々と犯罪が絡んでいるとかで、一時は、彼らが開発していたArsMagnaの販売は危ぶまれてしまった。
幸いなことに、ネクデルドリームを研究している会社は他にもあり、急遽引き合いが来たため、仕様の違いをプログラムしなおしたら、無事にサービスインにこぎつけることが出来そうであった。現在はその作業で、多忙な日々となっている。
そのクライアントの偉いひと……渡辺は、ネクデルドリームと仮想空間に関する臨床データを第三国の軍に売るために、明を利用していたらしい。彼は逮捕され、現在拘留中だそうだ。福本は入院中だったが、そこまでの事実は知らされておらず、医療データをネクデルドリームの技術と共に企業に売る話だと信じていたようで、参考人として近々召喚される見通しらしい。裁判には恭一も呼ばれる予定となっていた。
そして、京明。
彼女は、事件後2日で退院が決まって、一度福岡の実家に戻っていた。感電したライン工の仕事に関しては、重篤なミスを起こしたという事で解雇。まあ、自分自身が喰らったとはいえ、安全手順を怠った責任は確かにあったから、これは仕方のない事であったかも、彼女は一旦はそう思っていた。
だが、4日目に彼女は実家を喧嘩半分で再び飛び出して、都内に舞い戻ってきた。危険な目にあったことを引き合いに、親が職場に、彼女に無断で退職する旨を伝えていたことが発覚したうえ、田舎で就職、結婚をするようにと両親が説き伏せて来たからだ。
貯金をはたいて戻っては来たものの、住んでいたところは会社の寮だったから、当然住むところもない。さてどうしようと考えて、思い当たったのは恭一から渡された名刺だった。そこには
「フューチャードリームクリエイターズ株式会社
チーフディレクター兼ウィザード
椎名恭一
住所 東京都~~~
電話 03-XXXX-????、
e-mail seena@futuredreamcreator.????」
と、会社名などが載せてあった。
「仕事の肩書がウィザード、だったなんて」
明はそう言って笑ったが、真顔になった。
「電話、掛けてみよ」
一縷の望みを持って、明は恭一の会社に電話をした。
「京、京明といいます。椎名恭一さまはおられますか?」
――かなどめ、さまですか。はい、椎名はうちのチーフディレクターですが、現在〆切で多忙に――
最初電話を取った女性は、多忙を理由に電話を切ろうとしていたようだ。だが、ドタバタした音の後、電話の相手が変わった。男性の声、病院で聞いた。恭ーの声だ。
――アキラか?
「あ、椎名……さん」
――さっそく電話してきたが、何だ?
「失業して実家に戻っていたけど、親と喧嘩して、飛び出してきた」
電話の向こうで笑い声。
――私の事はシーナでいい。確か、君のプロフィールにゲーマーって書いてあったな。
「え、うん」
――じゃ、今からすぐ住所のところまでこい。仕事を紹介してやるよ。住所は名刺にある。
そこで電話は切れた。
「まだ話したいことあるんだけど」
アキラは少し口をとがらせて不平を言ったが、来いというなら、行ってから文句を言おう。とは言え、見知らぬ会社に多少動揺しながらも、明は名刺の住所の最寄駅まで電車で行くと、そこからは歩きで住所のビルに到着した。
来客用インターフォンのボタンを押すと、おっかなびっくりで呼び出した。
「あの、お電話差し上げた、京明です」
――あ、お電話の。シーナさーん、アキラちゃん来たよー。あ、御免なさい。ドアを開けますので、中にどうぞ。
対応してきたのは電話に最初に出た女性だった。開けられたドアから入ると、中はパーテーションで区切られて何人もの人が働いていた。
「総務の本田です。シーナさんはすぐ来るから、そこの会議スペースで待っていてね」
脇に壁で区切られた会議スペースがあり、明はそこに通された。
待っていると、本田さんではなく、若い男性がペットボトルのお茶を持ってきて、何だかばつの悪そうな顔をして置いて行くと、入れ替わりに恭一が入ってきた。
「佐々木、何ニヤついてるんだよ」
「だって俺、あの子にいきなりPKされたん――」
「あー、そう言えばお前だったか、いいから行けよ。二人だけで話すから」
「良いなーチーフばっかり、若い女の子と」
「うるさいっ!」
恭一とその部下がドタバタしていると、明は愛想笑いを浮かべて座っていた。ばつの悪そうな顔をして、恭一は明の斜め横の椅子に座った。
「何かいろいろあったらしいな」
「仕事クビになった」
「電話で聞いたよ。まあ、ドジって感電したんだっけか」
「それもあるけど、うちの親父が『もう辞めます』みたいな電話をして、職場と喧嘩したらしい」
「それで辞めさせられたのか。親の言う事なんて職場には関係ない。不当解雇だな」
「うん、まあ、そうなんだけど、そんな事になってまで、もう居たくもないし……」
「面倒臭いな。まあ、うちとしては丁度渡りに船なんだが」
「うん。なんか仕事があるって話だよね」
「そうそう、その件なんだが」
恭一はずい、と、椅子を前にずらし、ペットボトルを開けて茶を飲むと、にやりと笑って続けた。
「勇者をやらないか?」
明はきょとんとしてしばらく絶句した。そして、口を開いて出てきたのは間抜けな言葉だった。
「は?」
恭一は爆笑し、明はそこで困惑してしまった。
現実世界の方で転職してしまった明。
ゲーム業界の洗礼を受ける?
続きは次回!