第50話:路地裏の相棒
特対課のオフィス。
いつもの地下倉庫。湿気臭さも相変わらずだ。
カビの匂いすら、今は懐かしい。平和の匂いだ。
裂が暇そうにファッション誌を読んでいた。
その背中には、ボロボロになったトレンチコート。激戦の爪痕だ。
穴だらけで、もはやコートというより布切れに近い。
「……退屈ね。平和ボケしそうよ。何か事件ないの? UFO襲来とか」
九条が大きな紙袋を持って入ってきた。
少し気恥ずかしそうな顔をしている。
「口元さん、これ」
「え? 何? 貢物?」
「契約更新のプレゼントです。まあ、経費で落としましたけど。福利厚生です」
裂が袋を開けると、そこには新しいトレンチコートが入っていた。
深紅の生地。光沢があり、撥水加工も完璧。
内側には、鋏を収納するための特別なポケットもついている。
オーダーメイドの逸品だ。
生地には、対怪異用の特殊繊維が編み込まれているらしいが、見た目は最高級のシルクのようだ。
裏地には、さりげなく「K.Kuchimoto」の刺繍が入っている。
ブランド物など目じゃない、世界に一着だけのオートクチュール。
「……へえ。いい色じゃない。私の唇と同じ色ね。センス悪くないわよ」
裂が早速袖を通す。
サイズもぴったりだ。
彼女が回ると、裾が花びらのように広がる。
「似合いますよ」
「当たり前でしょ。誰が着てると思ってるの。世界一のモデルよ。私が着れば、ボロ布だってオートクチュールになるのよ」
裂がマスク越しにニヤリと笑う。
その笑顔は、以前よりも柔らかく見えた。
信頼という絆が、彼女の表情を変えたのかもしれない。
その時、電話が鳴った。
ジリリリリ!!
昭和のベル音。日常のファンファーレ。
平和な時間は終わりだ。
「……はい、特対課です」
九条が受話器を取る。
『た、助けてくれ! 青山霊園からガイコツの集団が! ダンスしてるんだ! カチャカチャうるさくて眠れない!』
「……了解。直ちに向かいます」
九条が受話器を置く。
苦笑いを浮かべる。
「仕事ですか?」
「ええ。骸骨騒ぎだそうです。集団ダンスだとか。マイケル・ジャクソンのPVみたいになってるそうです」
「骨粗鬆症かしらね。カルシウム不足を指導しに行くわよ。骨の髄まで説教してやるわ。私の美脚を見せつけてやる」
裂が巨大な鋏を背負う。
鋏も修理され、新品同様に輝いている。
研ぎ澄まされた刃が、ライトを反射して光る。
真新しい赤いコートを翻す。
「行きますよ、相棒」
「ええ、口元さん」
二人はオフィスを飛び出した。
階段を駆け上がり、光溢れる地上へ。
東京の闇には、まだ多くの怪異が潜んでいる。
都市伝説は消えない。
人々が噂をする限り、物語は生まれ続ける。
しかし、恐れることはない。
この街には、最強で最恐のバディがいるのだから。
彼らがいる限り、東京の夜は(ある意味)安全だ。
「ねえ、湊くん」
走りながら、裂が問いかける。
「はい?」
「私、きれい?」
いつもの質問。
しかし、そこにはもう殺気はない。
確認のような、あるいは信頼を確かめるような響き。
かつては、答えを間違えれば死が待っていた質問。
今は、その言葉が愛おしい。
彼女が彼女で在り続けるための、アイデンティティの確認作業。
「……相変わらず、最高に怖いですよ。でも、世界一綺麗です」
お世辞ではない。心からの本音。
その言葉は、どんな宝石よりも彼女を輝かせる。
彼女の存在そのものを肯定する、最強の魔法。
裂の頬が、マスクの下で赤く染まったような気がした。
照れ隠しに、彼女は九条の背中をバシッと叩いた。
「……ふん。合格点ね。あとでカツ丼特盛おごりなさい」
二人の笑い声が、路地裏に響いて消えた。
彼らの物語は、まだ終わらない。
次の都市伝説が、彼らを待っている。
(完)




