第七章:囁かれた風 ―― 恐怖の森へようこそ
恐怖の森の境界までの旅は、二時間少々しかかからなかった。
驚くほど、穏やかだった。
襲撃も、魔物の気配も、待ち伏せもない。ただ、踏み固められた土の道に響く蹄の規則的な音と、冷たい風が運ぶ松と湿った土の匂い、そして何か大きな出来事が起ころうとしていると知っているときだけに重くなる沈黙があった。
カエリアは先頭を進んでいた。
馬上にあっても、その姿勢は指揮官らしく優雅で揺るがない。フォート・フロストベインの黒い制服を身にまとい、肩や袖には控えめな金の装飾。肩に留められた暗いマントが、街道の風に合わせて静かに揺れていた。腰には強化革のベルトに固定された長剣が収まり、黒い鞘の柄には砦の銀の不死鳥の紋章が刻まれている。
彼女は誰も知らない古い旋律を口ずさみ、まるでピクニックにでも向かうかのようだった。
アーサーはそのすぐ後ろを、相変わらず無言で、周囲を見渡しながら進んでいた。
ブリアナと俺は隊列の中央にいて、砦の兵士たちと、城から同行してきた八人の護衛に囲まれていた。
誰も多くは語らない。
運命の重さが、言葉を奪っていた。
やがて道が狭まり、木々が高くなり始めたところで、カエリアが手を上げた。
「ここから先は、馬とはお別れよ」
その言葉とは裏腹に、彼女は笑みを浮かべていた。
全員が止まる。
目の前で、道は唐突に途切れていた。
標識も柵も注意書きもない。ただ、普通の木々が、もっと古く、もっと濃密なものへと変わる見えない境界線があるだけだった。
緑は、脈打つように鮮やかだった。
広く湿った葉は、最近雨が降っていないにもかかわらず露をまとって輝き、エメラルド色の苔に覆われた太い幹は何十メートルも真っ直ぐに伸び、その上で爆発するように広がる樹冠がほとんどの陽光を遮っている。黄金の光が細い刃のように差し込み、影の中に縫い込まれていた。
そこは、湿潤で生命に満ちた熱帯の森だった。
空気は湿った土とゆっくりと腐敗する葉の匂い、そして樹上のどこかに隠れた花の甘い香りを帯びている。鳥のさえずり、虫の低い羽音、遠くで囁く滝の音。
想像していたものとは違った。
完全な闇、歪んだ樹々、爪のような枝、這う霧、死の静寂。
そんな安っぽい恐怖映画のようなものを思い描いていた。
だが、これは――
美しかった。
生きていた。
ほとんど、優しささえ感じるほどに。
だからこそ、余計に恐ろしかった。
カエリアは軽やかに馬から降りた。マントが背後で揺れ、柔らかな地面にブーツが触れる。彼女は馬の首を優しく叩き、腰の剣の位置を整えた。
「動物はここに置いていくわ。中には入れない」
彼女は当たり前のように言った。
「馬は人より先に感じるの。中に入るとパニックになる。制御できなくなって、自分で怪我をする……それか、もっとひどいことになる」
兵士たちは無言で馬を降り始めた。
近くの木に縄が結ばれ、鞍が外され、動物が逃げないよう口輪が装着される。
四人の兵士が馬の見張りとして残った。
彼らは俺たちを、敬意と同情の混じった目で見ていた。
「幸運を」一人が低い声で言った。「無事に戻ってこい」
誰も答えなかった。
俺はゆっくりと馬から降りた。足が少し震えている。
地面は柔らかく、落ち葉と苔に覆われている。一歩ごとに少し沈むようで、まるで森そのものに抱き込まれているようだった。
いや、捕まえられているのかもしれない。
入口を見つめる。
道はほとんど見えない。細い踏み跡が数メートル先で消え、その先は緑と影だけだった。
心臓が喉元で鳴っている。
深く息を吸い込む。
ただの森だと、自分に言い聞かせる。
だが恐怖は消えない。
そのとき、感じた。
小さくて温かい手が、俺の手を握る。
隣を見る。
ブリアナだった。
何も言わない。
ただ指を絡め、軽く握り、顔を上げる。大きな瞳は不安に揺れているが、決して折れてはいない。彼女の微笑みは控えめで、それでもはっきりと伝わってきた。
大丈夫。一緒に行こう。
言葉はないのに、そう語っている。
俺は握り返した。
その温もりだけが、この瞬間の救いだった。
「ありがとう」
小さく呟く。
彼女はただ頷き、手を離さなかった。
カエリアはすでに前方で立ち止まり、道の入口に立っていた。
湿った風にマントが揺れ、手は無造作に剣の柄に添えられている。
「さあ、行きましょう、みんな!」
明るく言う。
「恐怖の森は、待つのが嫌いなの」
アーサーが無言で俺たちを追い越し、すでに剣を抜いていた。視線は暗い道の奥に固定されている。
砦の兵士たちは二列に並び、武器を構える。しかし誰も進みたがってはいない。
俺とブリアナはカエリアの後ろに続いた。
その後ろにアーサー、さらに城から来た八人の護衛。
見えない境界線を越える。
空気が変わる。
冷たくはならない。
むしろ、暖かく、湿っている。
生きた温室に足を踏み入れたようだった。
鳥の声は減ったが消えはしない。虫の羽音は近くなり、葉は肩や脚に触れてくる。
まるで、森が俺たちに触れているようだった。
十五分ほど、無言で歩いた。
周囲を観察する。
分析する。
理解しようとする。
そして思う。
この美しさは、嘘だ。
恐怖の森と呼ばれる場所にしては、美しすぎる。
それは、罠に違いない。
そのとき、カエリアが止まった。
手を上げる。
全員が静止した。
前方、巨大な二本の木の間から、それはゆっくりと現れた。
身長はおよそ一六〇センチほどだが、背を丸めているため小さく見える。全身は乱れた黒い羽毛に覆われ、大きなハゲタカのようだが、翼はない。
脚は長く細く、曲がった爪のある大きな足で湿った地面に食い込む。腕は異様に長く、細い指の先には鋭い爪があり、掘るか肉を裂くためにあるようだった。
頭部は特に異様だった。
細い首の上に細長い頭蓋骨。湾曲した長い嘴はまるで禿鷹のそれだ。目の周りの皮膚はむき出しで、赤黒くしわだらけ。
だが、最も恐ろしいのはその目だった。
黄色い。
濁っている。
森の影の中で光を反射し、ゆっくりと首を傾けながらこちらを観察している。まるで猫のように光を弾いていた。
低く唸る。
だが、襲ってこない。
ただ見ている。
「落ち着いて」
カエリアが静かに言う。手はまだ剣の柄に置かれている。
「ただのカーニセイカーよ」
俺は瞬きをした。
「カーニセイカー?」
声を落として繰り返す。
「確か……スカベンジャー系の魔物、でしたよね?」
カエリアがこちらを見る。驚きと満足が混じった目。
「ええ、その通り。よく勉強してるじゃない、我らが英雄さん」
俺は頷いた。
「城の図書室で、この森の魔物について少し」
彼女は満足げに微笑む。
「新鮮な肉に惹かれるけど、自分から襲うより、獲物が死ぬのを待つのが好き。賢くて、忍耐強いの」
そのとき、城から来た兵士の一人が前に出た。剣を振り上げる。
「化け物め! 俺が斬る!」
声は怒りと恐怖で震えていた。
カーニセイカーは低く唸り、その黄色い目で兵士を見据えるが、動かない。
カエリアは一瞬で動いた。
兵士の手首を掴み、剣を強引に下げさせる。
「挑発するな、愚か者」
低く、氷のように鋭い声だった。
兵士は瞬きをした。困惑している。
「でも、あいつは一体だけですよ! こっちは大人数だ! 今ここで始末したほうがいい!」
アーサーが一歩前へ出た。
「上官に従え、兵士。武器を下ろせ」
兵士はためらった。
「この化け物はいつ襲ってくるか分からないんです!」
カエリアは彼の手首を放し、静かに左側の木々を指した。
「あれは襲わないわ」
「でも、こっちが襲えば……仲間が来る」
全員がそちらを見た。
巨大な木々の高い枝の上に、幹に蜘蛛のように張りついたカーニセイカーが、さらに五体いた。
動かない。
見ている。
致命的な沈黙が一行を包んだ。
城から来た兵士たちは、声も出せないまま狼狽した。剣が震え、呼吸が荒くなる。
アーサーが強く言った。
「全員、武器を下ろせ」
刃が下がる。
ゆっくりと。
しぶしぶ。
カエリアは落ち着いたまま続ける。
「全員で密集隊形を保っている限り、襲ってこないわ。カーニセイカーは好機を狙うだけで、自殺志願者じゃない。でも誰かが隊列から外れたら……」
彼女は肩をすくめた。
「その時は、夕食になるだけ」
彼女は最初のカーニセイカーをまっすぐ見た。
「さっさと消えなさい。今日は新鮮な肉はないわよ」
カーニセイカーは最後に一度だけ唸った。
そして木々の間へ消えた。
残りも続く。
音もなく。
まるで幽霊のように。
沈黙が戻る。
さっきよりも重い沈黙が。
俺は、自分でも気づかないうちに止めていた息をようやく吐いた。
ブリアナはまだ俺の手を握っている。
「……あいつら、本当にそのまま帰ったのか?」
俺は尋ねた。
カエリアは片側の口元だけで笑った。
「今のところは、ね」
そして一行全体を見渡す。
「離れないこと。勝てるかどうか分からない相手を、三秒以内に殺せないなら脅さないこと」
アーサーが頷いた。
「密集隊形を維持しろ。誰も遅れるな」
俺たちはまた歩き出した。
さらに奥へ。
さらに暗く。
俺たちを待っている何かへ、さらに近づいて。
それからさらに数分歩いた。
いや、もしかすると数時間だったのかもしれない。
この森の中では、時間は葉の間を流れる水のように、指の間から滑り落ちていった。
俺たちは密集隊形のまま進んだ。
カエリアが先頭を歩き、足取りは揺るがない。
そのすぐ後ろにアーサーと砦の兵士たち。
俺とブリアナは隊列の中央。
その後ろには、城から来た八人の護衛がいて、影の中から何かが飛び出してくるのを今か今かと待つように、木々へ鋭い視線を向けていた。
そして歩き続けた。
最初の問題が現れるまで、そう時間はかからなかった。
六体のゴブリンが、蔓のカーテンのような茂みの向こうから飛び出してきた。
小さく、緑色で、目は赤く光り、口からは曲がった牙が覗いている。短い槍や錆びたナイフを持ち、服と呼べるものは汚れた革切れを体に巻きつけただけだった。
俺たちを見つけるや否や、喚き始める。
「ハハハ! 大当たりだ!」
一体が槍を地面に打ちつけて叫んだ。
別の一体が歓声を上げる。
「そうだ! そうだ! 男は殺して、女は奪う!」
三体目は狂ったように牙を見せて笑った。
「女……女……女!」
胃がひっくり返りそうになった。
「こいつら、俺たちを殺して女を攫う気だ……」
俺は歯を食いしばりながら言った。
カエリアがこちらを振り向き、明らかに驚いた顔をした。
「どうしてゴブリン語が分かるの?」
俺は何度か瞬きをした。
そこでようやく気づく。
「あ……そうか……」
顔に手をやりながら呟く。
「王様がそんなこと言ってた気がする……勇者って、この世界のいろんな言葉を理解して話せるみたいだ」
カエリアの目が輝いた。
ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「あなたって、本当に私を驚かせ続けるのね、親愛なる勇者様」
隣でブリアナがぱっと顔を上げた。
「も、もちろん、これからもっともっと驚かされますよ!」
どもりながらも言う。
「アルヴェンは、すごい人なんです!」
カエリアは片眉を上げ、からかうような笑みを向けた。
「あらあら……あなた、自分で“勇者アルヴェン様”って呼ばなきゃ失礼だって言ってなかった? 名前だけで呼ぶなんて失礼だって」
ブリアナは一瞬で真っ赤になった。
「ア、アルヴェンが……そう呼んでいいって……言ったから……」
どもりながら答える。
カエリアは顎に手を当て、考えるふりをした。
「うーん……それはずるいわね」
腕を組む。
「私もそのくらい親しい呼び方が欲しいわ」
そして俺を指さし、悪戯っぽく笑った。
「今日からあなたのこと、アルヴェンちゃんって呼ぶわ」
俺は凍りついた。
何も言えない。
ブリアナは小さく口を尖らせ、明らかに面白くなさそうだった。
そのやり取りを、アーサーがきっぱり断ち切る。
「くだらん話は終わりだ」
前方を指した。
「それより、目の前の問題を見ろ。分かったな?」
ゴブリンたちはすでに武器を振り回しながら突進してきていた。
アーサーが声を張る。
「隊形!」
兵士たちは即座に反応した。
剣が鞘から抜かれる。
盾が上がる。
俺は、カエリアが前に出るものだと思った。
だが彼女は数歩横へずれ、太い木の根の上にあっさり腰を下ろした。片肘を膝に乗せ、もう片方の手は腰の鞘に収まったままの剣の近くに置かれている。
「それくらいなら任せるわ」
彼女は実に落ち着いた声で言った。
「ゴブリンなんて、私には弱すぎるもの」
絶対的な自信に満ちた口調だった。
まるで、ただの訓練でも見ているように。
俺は不安を抱えたまま見守った。
兵士たちがどう戦うのか、見たかった。
ゴブリンたちが叫びながら突っ込んでくる。
一体が先頭で跳びかかり、槍を振り上げた。
だが砦の兵士の一人が盾でその一撃を受け止め、そのまま素早く剣を振り抜いて胸を裂いた。
別のゴブリンが背後から襲いかかろうとしたが、二人目の兵士が前へ出て、まっすぐな突きを叩き込む。
二体がアーサーを挟もうとした。
致命的な間違いだった。
アーサーは一本目のナイフをかわし、体を捻って一太刀で喉を斬る。もう一体は後ずさろうとしたが、その時にはもうアーサーが目の前にいた。
一撃。
終わり。
最後の二体は、一瞬だけためらった。
それで十分だった。
兵士たちが一斉に前へ出る。
すべてが終わった時、六つの死体が道に転がっていた。
動かない。
こちら側に怪我人は一人もいない。
兵士の一人がズボンの腿で剣の血を拭った。
「弱いな」
カエリアはまだ木の根に腰かけたまま、それを眺めていた。
彼女は小さく笑う。
「ゴブリンが少なすぎるわね……巣ごと見つけた方がもっと楽しいのに」
俺は何度か瞬きをした。
「ゴブリンの村? いや、それは楽しくないと思うけど」
彼女は肩をすくめる。そんなの当然じゃない? とでも言いたげに。
「楽しみ方は人それぞれよ」
自然な動作で立ち上がり、アーサーのところまで歩くと、軽く背中を叩いた。
「いい動きだったわ」
アーサーはただ首を振るだけだった。
「先へ進む」
俺たちは再び歩き始めた。
道を進みながらも、さっきの戦いが頭から離れなかった。
俺にとっては、あれだけで十分すぎるほど緊張した。
だが、彼らにとっては……
ただの、いつもの一日みたいだった。
その事実が、かえって俺を落ち着かなくさせる。
ゴブリンとの遭遇の後、道のりは少しも楽にはならなかった。
むしろ逆だ。
影の中から現れ、こちらの力を悟るとすぐに退いていく野生の狼たち。
森そのものが吐き出したかのように地面から起き上がる骸骨兵。
そして、俺たちを囲みながら、さらに下劣なことを喚き散らすゴブリンの集団。
決定的に足止めされることはない。
だが、心休まる瞬間も一度もなかった。
日が沈みかけた頃、ようやくカエリアが止まると告げた。
「ここで野営するわ」
巨大な木々の間の不規則な空間だった。倒木、むき出しの根、わずかに傾斜した地面。何か大きなものが何度も通ったような痕跡がある。
地面そのものは固い。
だが、至るところに痕が残っていた。
折れた枝。
掘り返された土。
どう見ても、安全な野営地には見えない。
けれど、ふと思った。
この森に、本当に安全な場所なんてあるのか?
「ここで十分よ」
カエリアは周囲を見回しながら言った。
そしてブリアナを見た。
「ブリアナ……キャンプの周囲に幻惑魔法、使える?」
ブリアナは即座に背筋を伸ばす。
「は、はい! できます!」
カエリアは頷いた。
「いいわ。私たちを隠して……少なくとも一晩は、魔物たちを混乱させられるくらいのものが欲しいの」
俺は思わず口を挟んだ。
「俺も行っていいか?」
ブリアナはほとんど反射的にこちらを向き、目を輝かせた。
「も、もちろん! ぜひ!」
俺たちは砦の兵士の一人のところへ向かった。すでに準備は整っているようだった。
ブリアナは彼の隣に膝をつく。
二人は一瞬目を閉じ……それから、まるで一つの声のように唱え始めた。
「届く視界の果てまでも、真実は消え去り、心の輝きより壁は生まれ、現は命に従い歪み、この場を守れ、世界を欺け!」
周囲の空気が歪み始める。
ほとんど見えない線が、キャンプの周囲に浮かび上がった。圧縮された空気の壁のように、それはゆっくりと立ち上がり、薄いガラスのように広がっていく。
結界が形成されていくのを見ているようだった。
薄いヴェール。
俺は息を呑んだ。
「……すごいな」
ブリアナは一瞬固まった。
それからこちらを向いて、顔を真っ赤にした。
「ほ、本当に……?」
俺は頷く。
「本当だ。こんなの初めて見た」
彼女は明らかに嬉しそうに笑った。
「ま、まだ勉強中なんですけど……もっと上手くなります!」
すぐに隣の兵士を見る。
「こ、この人も、すごく助けてくれたんです!」
兵士はただ黙って頷いた。集中を切らしていない。
結界が完成する。
そして一瞬――
キャンプは世界から消えたように見えた。
カエリアが全員の注意を引く。
「見張りの配置を決めるわ」
彼女は素早く兵士たちを振り分け、どの方向にも十分な人数が目を配れるように整えていく。その手際は速く、正確で、まるで何百回も同じことをしてきた人間のようだった。
「一晩中、交代制よ」
最後にそう言った。
「誰も気を抜かないで」
俺は手を挙げる。
「俺も見張りを手伝える。無力じゃない。起きていられるし、見張ることくらい――」
アーサーは俺を見もしなかった。
「却下だ」
即答だった。
「お前の安全が最優先だ」
俺はため息をつく。
さらに言い募る前に、カエリアが言葉を継いだ。
「それは私たちの役目よ、アルヴェン。あなたには、あなたの役割があるでしょう?」
俺は彼女を見た。
「……ああ。黒エルフたちの前で王国を代表する、あの役目か」
彼女は満足げに頷いた。
「そう。だから休みなさい」
見張りの分担が終わると、兵士たちは持ち場についた。
木々の間に立つ者。
床代わりの敷物の上に横になる者。
どの位置でも、武器はすぐ手の届くところに置かれている。
野営地は簡素だった。
天幕はない。
快適さもない。
ただ、厚い布と革で作られた寝袋が、乾いた葉や獣皮の上に広げられているだけ。地面の湿気を防ぐためだ。小さな焚き火が低く燃え、顔をかろうじて照らす程度の光しかない。
すべてが……仮のものだった。
いつでも消えられるように準備された場所みたいだった。
俺は大きな根のそばを選び、凹凸のある地面の上で体勢を整えて横になった。
まだ少し寒い。
じわじわと入り込んでくる種類の寒さだ。
しばらくして、軽い足音が近づいてきた。
顔を向ける。
ブリアナが俺のそばで立ち止まった。ためらいがちに、頬を少し赤くしている。
「……こ、ここ、あなたの近くで寝ても、いいですか……?」
ほとんど囁き声だった。
「い、いいよ……もちろん」
俺も顔が熱くなるのを感じながら答える。
彼女は素早く頷き、俺の隣に横になった。
かなり近い。
体温が分かるくらいに近い。
少しの沈黙。
そして彼女が動き、背中を俺の背中にそっと預けた。
俺は固まった。
「……す、少し寒いから……」
彼女はいつも以上にどもりながら言う。
「ち、近くにいれば……そんなに寒くないかなって……」
「う、うん……そうだな……」
俺もどもる。
視線の置き場に困って、顔を逸らす。
すると、護衛の一人と目が合った。
彼は片眉を上げ、口の端をつり上げた。何も言わずにすべてを語る、あの顔だ。
――おいおい、脈ありじゃないか。
そんな意味がありありと伝わってくる。
一瞬で顔が熱くなった。
すぐに目を逸らす。
どう反応すればいいか分からない。
深く息を吸い、仰向けになる。
「お、おやすみ、ブリアナ……」
「お、おやすみなさい、アルヴェン……」
俺は空を見上げた。
樹冠の隙間から、夜が覗いている。
そして見えた。
星々が。
俺は、見惚れてしまった。
空は……途方もなく美しかった。
満ちている。
輝いている。
まるで生きているみたいに。
その瞬間、すべてを忘れた。
森も。
魔物も。
任務も。
ただ、そこにあった。
見上げて。
考えて。
どうしてこんなにも奇妙で、
美しくて、
静かなのかと。
瞼が少しずつ重くなる。
ゆっくりと。
その光景を胸に焼きつけたまま――
俺は眠りに落ちた。




