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氷銀の魔女  作者:
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5-5 胎動

 堂ノ上との面談を終えたユリィ。


 女子寮はいつもより静かだ。早朝であれば尚更、人間活動の気配は薄い。


 自分の部屋に戻ったユリィは、そのままベッドに腰掛け、ぼんやりと堂ノ上との会話を思い出す。


 国武院。


 かつて和真がいたという場所に、校外学習として行くことになった。唯一友人として接してくれるゆかりと━


━かずまも、いっしょ。


 未知の世界に、強い不安を抱いていたユリィだが、2人が一緒なら、恐れることはない。以前のユリィだったら、怖くて仕方なかっただろう。


「……だいじょうぶ、きっと」


 ユリィはベッドに横たわり、安心の表情を浮かべた。


「……かずま」


 ずっと頭から離れない人物の名前を思わず口に出したが、昨晩の事が過ぎった━年齢に見合わない筋骨隆々の肉体。


 一瞬しか見ていないはずなのに、彫刻像でしか見られないような肉体美がユリィの頭にこびりついてしまい、次第にユリィの顔は熱くなっていた。


━っ!な、なに考えてるのわたし……!


 ユリィは頬の熱を冷ますように両手で顔を覆う。心臓の高鳴りを抑えることはできなかった。


━今日こそ、言う。


 身体中の器官が踊っている最中、理性の部分では冷静に、和真を「鍛錬」━という名目で遊びに誘う決意を固める。


━これは、感情を抑えるための必要事項。


 ゆかりから教わった「治療法」。和真のことが頭から離れないなら、一緒にいればいい。そうすれば、この感情から抜け出せる。しかし━


━この感情、全然、嫌じゃ、ない。


━でも、いけない。



 


 コマチに導かれた先にいたユリィは、ベンチに座ってぼんやりしていた。ユスティニアヌス━ユスティがにゃお〜んとユリィに向かって鳴くと、ユリィは和真に目を向けた。ユリィのその顔は無表情だが、何か言いたそうな目をしているようにも見える。


「おはよう、ユリィ」


 和真はまっすぐ近づき、ユリィから少し離れた場所に腰をかけた。コマチとユスティはその場を去って行った。


 ユリィは和真の方に顔を向け、挨拶に無言で頷いた。和真と目を合わせるために、座高の差で若干見上げている。


━あれ?何かドキドキする?


「いい天気だよね、絶好の()()日和だね」


「かずま」


 会話の導入の基本である天気の話題を遮るようにユリィは和真の名を呼ぶ。身体を向けて、真剣な眼差しで。


 ユリィは一度目を閉じ、深呼吸してから口を開く。


「……明日、いっしょに、街へ、『鍛錬』に行き……ません、か…」


 掠れるような声で言う。後半につれて徐々にか細くなる。


━街へ『鍛錬』に?


 ユリィなりの婉曲的な遊びの誘いに対して、和真はすんなりと理解できなかった。


「……だめ?」


 真意を考えているとユリィは不安そうに訊ねてきた。何の誘いかは分からないが、無碍にするわけにはいかない。何より、ユリィから何かを持ちかけてくれたことが、和真は嬉しかった。


「うん、わかった、行こう。ありがとう、誘ってくれて」


 和真は満面の笑みで返した。


 その時、静かな学院で、何か音が響いた。ぐぅ〜という腹の音。和真は、その音でユリィが空腹であると分かった。一方のユリィは、顔を赤くしていた。


「…ち、ちがう、これは…」


 即座にユリィは否定。両手で、全力で否定。


 和真は、それならと思い、立ち上がった。昼食に残った卵焼きの存在を思い出したのだ。


「ちょっと待ってて」


 そう言って和真は一度寮へ駆け足で戻る。炊飯器に余ったご飯でおにぎりを作り、卵焼きと一緒にタッパーに詰める。割り箸を食器棚から取り出し、タッパーの上に乗せて落とさないようにユリィの元へ駆け足で戻る。


「おまたせ」


 再びベンチに腰掛け、タッパーをユリィへ差し出した。


「……わたしには、必要ない…」


 一瞬タッパーを見るもすぐに目線を逸らし、拒否するユリィ。しかし、そんなユリィに反して腹は正直に音を立てた。


「……食べて、いい?」


「うん、そのために持ってきたから」


 和真はタッパーを開け、ユリィに割り箸を渡す。ユリィは割り箸を見るとぎこちなく受け取った。


━しまった!ユリィって箸使えたっけ?


 ユリィは外国人である。文化の違いで箸を使えない可能性があったが、思いつきで動いたため、そこまで考慮していなかった。


 ユリィは割り箸を割って2本にすることを知らなかったのか、右手に握りはじめた。


「待って待って!」


 和真の静止にユリィは首を傾げた。和真はユリィから割り箸を返してもらい、2本に割ってからユリィに渡した。


「ユリィ箸は使える?」


「……なんとなく」


 ユリィは箸を持ち、タッパーの卵焼きひと切れを掬い上げる。一応、箸の使い方は知っているようだ。箸で掴んだ卵焼きを、ゆっくりと、ユリィの口の中へ運んだ。


 卵焼きが口の中に入ってすぐ、ユリィの瞳が揺らぎ、数秒ほど光が宿った。


「……おいしい」


「うん、ユリィの口に合ってよかった」


 和真はホッと胸を撫で下ろした。


「……もっと食べていい?」


「もちろん、作りすぎて余っちゃったから全部食べてくれて構わないよ」


 ユリィは和真の卵焼きを気に入ったのか、次々と口に放り込んでいく。時々、箸を置いておにぎりを頬張る。和真はただ、その姿を微笑んで見守っていた。


 タッパーの中が空になった。


「……ありがとう、かずま。また、食べたい」


 ユリィはそう言って和真に空のタッパーを両手で差し出す。


━え、なんだろ、ユリィが、すごく、魅力的に……


 タッパーを差し出すユリィの仕草にドギマギしながらも、和真は受け取る。


 和真はしばらく考えて口を開く。


「食べられないものとか、アレルギーはある?ソバとか大豆とか」


「……トリカブトじゃなければ…」


「……それ誰も食べられないよ」


 ユリィのブラック(?)ジョークに対して、和真はつい笑いが溢れた。


「あと、ユリィ、スマホはある?連絡先交換しとこうよ」


 和真の提案にユリィは同意し、スマホを取り出した。


「ありがとう、ユリィ」

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