5-4 eclipse
早朝6時。
ユリィ•フロストは、制服姿で、理事長室に向かって淡々と歩を進める。堂ノ上真聖と面会を行う。
ユリィはかつて、『恐ろしい場所』から逃げ出し、迷子になっていたところを堂ノ上に保護され、孤児院で過ごした経緯がある。堂ノ上はユリィにとっては後見人だ。
理事長室の扉をノックし、「入りたまえ」の声を合図に扉を無言で開いた。ちょうつがいのギィッという音が広い部屋に響いた。
ユリィは無言で理事長室に入り、堂ノ上をじっと見つめた。
「やあ、おはよう、ユリィ。早朝にすまないね」
ユリィは何も喋らない。
「学院生活はどうかね?」
「……べつに、なにも」
その一言はユリィにとっては「本当に特別なことはない」という意味だ。
「果たして本当にそうかな?君の瞳、表情、仕草は1ヶ月前とは違うように見えるが?」
堂ノ上はゆっくりと、低く、淡々と訊ねた。
「…………」
「言いたくないのであれば無理に言う事はない。ただし、何か不都合があったら遠慮なく私に言うがいい。君の安全の事であれば、尚更だ」
*
朝9時51分。
理事長室から寮部屋に戻った和真の脳内では、色々な情報が複雑に絡み合っていた。
国武院遠征、かつての同期との再会、ASF、そして━
『ユリィ•フロスト』
堂ノ上の察しろと言わんばかりの声音に、何も言えなかった。魔法に依存しない身体能力を持つ者という意味では、彼女は最適解ですらある。しかし━
━絶対、それだけじゃないよね。
堂ノ上に対する絶対的な頼もしい大人の一面とは裏腹に、一抹の腹黒さのようなものを和真は感じとっていた。
今はそんなことを考えるのは一旦よそう、そう思い和真は一度テレビの画面を付ける。今日も政治家の金に関する不祥事、魔法を必要以上に貶めるような魔法犯罪などのニュースが流れる。
和真は昨日、《りりぽーと》で買ってきた新しい重箱にありったけの料理を詰め込もうと前々から画策していた。彩のある弁当を、自分好みに作ってみたいという夢があったのだ。祐一曰く、「SNS映え」というらしいが、和真は世間一般のことをよく知らない。ただ、自己満足のためにするのだ。
ひじきの煮物、冷凍食品の鶏の唐揚げ、ブロッコリー、昨晩の残りであるもやしとニラの味噌炒めなど、アルミのカップやばらんを用いて、和真が思う「いい感じ」に詰め込んでいく。
何よりも大事なのは、「お師匠」直伝の卵焼きだ。
今日作り始め1回目は巻くことに苦戦してヤケクソになってスクランブルエッグにしてしまったが、2回目以降はスムーズに作ることができた。
無計画に卵焼きを作ったせいで、正方形の弁当箱の中身が黄色くなってしまった。
「ちょっと作りすぎた…」
前代未聞の出来事に、和真は少しため息をついてしまった。
「どうするんだ…これ」
辺り一面、黄色の風景が広がる小さな箱庭を前に、和真はただ途方に暮れていた。言葉通り、重箱の隅をつつくように、隙間なく卵焼きを詰めることができた自分に対して、逆に感心すら覚える。
12時頃、ふたつの重箱とどんぶり一杯のご飯をテーブルに並べ、ゆっくりと昼御飯の時間を楽しむ。
━ユリィ、今どうしてるかな?
テレビを流し見しながらふと思う。テレビには子供向けのアニメーションが流れている。アンパンやカレーパンが登場人物である、和真でも知っている超有名アニメだ。バイ菌をモチーフにしたキャラクターが悪さをすると、アンパンのキャラクターが懲らしめるというわかりやすい構図だ。
だが、そのわかりやすい構図だからこそ、和真は思い出す、「お師匠」の言葉を━自分は、己の正義を貫いているか。
それを振り返っているうちにどんぶり一杯のご飯と彩に富んだ重箱のおかずは尽きていた……卵焼きがあと半分以上残っている……。
「さすがに…おなかいっぱいだ」
満腹時では流石にこれ以上、食べることが出来なかった。和真は、美味な卵焼きにそっと蓋をした。
昼御飯を終えた和真は、軽く散歩に向かう事にした。目的地などなく、学院敷地内外を問わない。スマホと財布だけをポケットに突っ込み、いつもより静かな寮から出た。
━いい天気だ。
まさにお散歩日和。初夏の爽やかで、長袖だと少し暑く感じるような天気の中、和真は空に感謝するように身体をグッと伸ばした。
和真の前に、いつものキジトラの猫━コマチがとことことやってきた。コマチは和真を見上げるとすぐに背中を見せ、尻尾を左右にぶんぶん揺らした後、一生懸命走って行った。
和真にはコマチについていかない選択肢は存在しなかった。なぜだか分からないが、心が躍るのだ。コマチの示す先を、和真は直感していたからだ。
普段から人気のない校庭━連休中であれば尚更━コマチが走って行った先には白い猫ユスティニアヌス、そして━
━ユリィ




