5-3 曇る心
和真達が理事長室に訪れる90分前。
「国武院?」
堂ノ上の調査場所の提示に、貝塚兼孝はイマイチピンと来ていないようだ。
「反魔法主義の背景から設立された『武士道教育』を推進する教育機関だ。そこではアンチスペルフィールドが展開されている」
「ほうほう」
矛盾した内容に、兼孝は楽しそうに頷いた。
「君達には、国武院の実態、資金の流れ、政治との繋がり、魔法技術の有無などを調査して欲しいのだ」
「なるほど、がってんしょーちしましたぁ!」
兼孝はピンと背伸びし、敬礼の猿真似をした。
「メンバーは1年生の数人とコズミックの矢場内君と亀梨君だ。今回は『学院1年生と国武院との交流会』という体だ」
「……大事ですね、体裁は」
堂ノ上は兼孝に計画書を渡した。兼孝は堂ノ上の意図を理解し、不気味に微笑んだ。
計画書には、遠征に向かう1年生のメンバーの名前と、選定基準が記載されていた。
「ほうほう……ユリィさんも?」
兼孝は怪訝の表情を浮かべた。
━確かに身体能力はオバケだけど、それだけじゃないな。
「彼女は特異体質だ。故に国武院のASFに何かしら反応を起こす可能性がある。学院内のASFとは性質や無効化の作用機序が異なる場合も想定している」
特異体質━表現が適切かどうかはともかく、兼孝はその言葉に納得している。
体力測定の日の魔力適性検査の結果━
測定不能の4文字━
魔力波の波長が限りなくゼロ━
兼孝にとって、このデータがある限り、彼女の特異性を疑わないわけにはいかないのだ。
「……学院のASFでは何か?」
堂ノ上がそのような理由を取り上げるのであれば、学院のASFやその他の結界魔法で何かしら変わった現象が発生したと考えるのは自然だ。
「通常、使用者が放つ魔力波をASFの魔力波で打ち消す事で魔法を無効化させる。ところがユリィの周囲で、ASFの魔力波が逆に無効化されていることが観測されたのだ」
兼孝はニヤリと笑った。眼鏡越しに目が怪しく光った。
「……なるほど、非常に興味深い」
「君の事だ、特異性について、何か心当たりがあるのではないか?」
「その言葉、理事長にそっくりそのまま返しますよ?」
真面目な表情の兼孝に対し、堂ノ上は黙り、一瞬目線を下げた。
「それに、ユリィさんが狙われたりしたら面倒なことになるのでは?」
「それを確かめるために彼女を連れて行くのだ。彼らが、これから取引するに値する組織かどうか」
兼孝の疑問に対し、堂ノ上は言葉に詰まる事なく答えた。
堂ノ上は今までも国武院との取引を行なってきた。その結果、東条和真という実力者を引き抜く事が出来たのだ。
━つまり、ユリィさんは
━囮。
「日程は追って伝えるが、君のストッパー役の秋野さんも一緒だ。頼んだぞ」
*
和真とゆかりは理事長室を出て、寮まで戻る。
2人とも、国武院遠征に関して、全く整理がついていない状態だ。1つだけわかったことが━
「ゆかりさんって、めっちゃ強いんだね」
体力測定の時も高い数値を叩き出していた上に、マラソンの結果もユリィ、和真に続き3位であったことも、彼女の身体能力の高さを物語っている。
「えー、それほどでもないよ。空手とか柔道とかやってきただけだから。それに、和真とまともに殴り合って勝てる自信ないから」
ふふ、とゆかりは笑って答えた。あくまで謙虚の姿勢を崩さない。
国武院に対し後向き気味だった和真にとって、ゆかりとの雑談は一種のオアシスだ。和真は、ゆかりが自分と比較していることについ苦笑いした。
「……ユリィも一緒だったね」
ゆかりは目だけで和真を見た。
唐突にユリィという名前を出されて和真は少しドキッとした。
「…うん」
━ユリィのことになると頭が回らない……
相槌の後の言葉が思いつかず、隣を歩いているゆかりとは反対側に目線を逸らした。
━昨日のこと、気にしてるのかな……
「ユリィとも一緒に行くことになって嬉しい?」
「……多分、嬉しいんだと思う」
ゆかりは「和真が嬉しいかどうか」を聞いている。にもかかわらず、他人事のような答え方をして濁す和真に、ゆかりは目を細めた。
「なにそれ、自分のことなのに」
ゆかりはそう言って笑った。
━なんで素直に嬉しいって言えなかったんだろ?
濁した表現をした和真本人の心がなぜか曇っていた。これがゆかりや他の女子なら和真は素直に答えていただろう。しかし、ユリィとなるとなぜか話が変わってくるのだ。
昨日2人でどこに行ってたのか、聞いてみてもよかったのに、何故か聞いてはいけない気がした。興味がないどころか、国武院遠征の次に気になる事案である。
しばしの沈黙、ゆかりが口を開いた。
「……ねぇ和真、ユリィのこと、どう思ってる?」
「うーん、『すごい努力家で、不器用で、危なっかしい人』かな。でも一緒にいるとなぜか━」
和真は、ゆかりのストレートな質問に少し考えて答えた。
「安心する、のかな。自分でもよく分からないけど」
「そうなんだ」
ちょうど女子寮の前にたどり着き、和真はゆかりを見送った。




