第65話 留意の館
何故このようなアイテム屋の名前にしたのかな?
「さてと僕も準備しないと」
エメラルとクロン。二人と別れた僕。
これから明日の準備に入るけれど、正直予定はない。
今から何かをした所で、余計に心身を尖らせるだけで、それが功を奏すとも思えなかった。
「とは言っても、具体的に手を付けられることは決まっているから」
今僕に出来ることなんて大してない。
いつも通りの冒険を志すだけで、日々の修練や鍛錬が物を言う。
短剣を舞わせると、喧噪だけが心を馳せらせる。
「……ん?」
腕を組んで人の波を掻き分ける。
邪魔にならないように端の方をトボトボ歩く。
そんな僕は、つい気になるショーウィンドウを見掛けた。
「どうしてこの店の前に」
ふと顔を上げた僕が気が付いたのは、例の雑貨屋の前。
アンティークを多数取り揃えていて、独特な雰囲気を放つ。
王都の街並みに溶け込み、ここだけ時間の感覚にズレを受けた。
「ちょっと入ってみようかな」
そんなことをしている暇は無い。
分かっている筈なのに、足は正直に動いてしまう。
買う予定も予算もないけれど、スッと扉を開く。
カランカラーン!
僕は吸い込まれるように店に入った。
何故か店の前に立ち、そのまま引き返そうとしなかった。
それだけ今の僕には必要なのだろう。その程度で思うと、独特なニオイに心洗う。
「二回目だけど、いい雰囲気」
この店に足を運んだのは今回で二回目。
にもかかわらず、いい雰囲気だと感じ取れる。
肌に馴染んでいて、人気が無いのが少し寂しいが、それがより良い。
「相変わらずのアンティーク品」
棚には大量のアンティークが並ぶ。
僕でも高価なもので、価値があると伝わる。
値札から受け取った強烈な価値観に押し潰されそうになるも、ここはグッと飲み込んだ。
「ウットリしてしまうよ」
殺意高まる殺伐とした僕の狂気。
つい鎮めてくれると、心が本当に洗われる。
そんな気持ちに浸ると、ウットリした表情を浮かべた。
「おや、また会ったね」
「!?」
声を掛けられた。全く気が付かなかった。
気を張っている筈なのに、まるで透明人間のよう。
クルンと振り返って背筋を伸ばすと、エルフの女性が立っていた。
この店の店主で、僕はまだ名前を知らない。
「えっと……」
「私はアイリッシュ。留意の館の店主だよ」
エルフの女性の名前。今初めて知った。
アイリッシュ。強い魔力を秘めた、聡明な女性だ。
エルフ特有の魔力かもしれないけれど、追及する程仲良くもない。
それにしても留意の館。
何だか意味がありそうで、僕は好きだ。
つい口にしてしまうと、記憶に刻み付ける。
「アイリッシュさん……留意の館?」
留意の館ってどういう意味だろう?
確か“心に留める”って意味だった筈。
なんだろう? この店にある、不思議なものの魅力を一言で例えているのだろうか?
色々感慨深くなると、考えても仕方が無いと気が付く。
「しがないアンティーク店の店主だよ」
「はぁ?」
全然しがなくなってなかった。
一般的には繁盛していないのかもしれない。
でも僕にだって分かる。この店の品はどれもこれも高級品で、人目を引く。
魂を引き寄せるような魔力を伴っていて、胸をくすぐり面白かった。
「どうしたんだい、浮かない顔をしているよ?」
「えっ!?」
アイリッシュは一瞬瞼を閉じた。
目を瞑った状態で、僕の精神状況を言い当てる。
グサリと付き付けられると、心臓に突き刺さった。
「そんなことないですよ?」
「嘘が下手だね」
もちろん嘘だった。でも一発でバレるなんて。
正直予想外過ぎて、逆に肝が冷える。
「……えっと、バレますか?」
アイリッシュに嘘は通用しない。
正直客足が少ないから人相を把握する正確ではないと思っていた。
でもアイリッシュは僕のことを、微妙な表情と魔力の流れから読み解く。
些細な嘘は通用しない。試しに本当のことを伝える。
「実は少し困ったことがあって。ここなら、ヒントが見つかると思ったんです」
この店に足を運んだのは、不思議なアンティークの雑貨が置かれているから。
そんなニオイに引き寄せられたのは何の因果だろう?
もしかすると、ヒントが見つかるかもしれない。
バカみたいな淡い期待を抱いてしまうと、的外れなのは分かっていたが、アイリッシュは眉根を寄せた。
「ほぉ。一体どんな困りごとかな?」
「えっ、冒険者の困りごとですよ?」
アイリッシュは質問して来た。
冒険者の困りごとを口にしても分からないだろう。
素直に突っぱねるものの、アイリッシュは冷静だ。
「構わないよ。聞かせて貰えるかい?」
アイリッシュは窘めるように訊ねた。
何故か師匠達と同じニオイを感じる。
僕は別に話すことでもないけれど、口を動かされているみたいに感じた。
「それが……少し面倒な魔物の住んでいるダンジョンに行くことになって」
気が付けば僕はアイリッシュに話していた。
これから凶暴化したロアコボルトの住むダンジョンに向かうこと。
現在行方不明中の冒険者も居て、捜索も必要なこと。
Bランク冒険者に怪我を負わせるような凶悪な魔物であり、油断ならない敵であること。
端的にはこんな所だった。
僕はスラスラと口走っていると、アイリッシュは黙って聞く。
「なるほどね」と頷き返すと、気が付けば全部喋っていた。
口は堅い筈なんだけど、おかしなことに話すとスッキリした。
「あっ、ごめんなさい。僕、つい喋ってしまって」
「構わないよ。要するに、危険なダンジョンに向かう訳だね。……怖いのかい?」
「怖くないって言ったら、嘘になりますよ」
魔物を相手にするんだ。怖いに決まっている。
それはいくらCランク冒険者であっても変わらない。
恐怖心を持っているからこそ、僕はまだ冷静だった。
サイコパスな狂気に問われていないと心臓の音が訴える。
「ふぅーん。凶暴な魔物かい」
「はい。通常の個体よりも危険みたいで」
個体によって、多少の差異は存在している。
そんなの当り前のことで、特別凶悪な個体なのだろう。
油断大敵。そう思った矢先、アイリッシュは何か察する。
不敵な笑みを浮かべ、ニヤッと口ずさむ。
「それならこれでも持って行くといい」
アイリッシュはカウンターの下から何か取り出す。
僕に手渡すと、それは注射器のよう。
何故カウンターの下から注射器が?
当たり前の疑問を抱くけれど、中身が分からないのがまた怖い。
「あの、これは?」
「持って行くといい。きっと役に立つ筈だよ」
……怖い。もの凄く怖い。
冒険者にとって、恐れることは大切な要素。
不安要素が注射器一本から伝わると、僕は困り顔を浮かべる。
「役に立つってなんですか?」
一体この注射器が、何の役に立つのだろうか?
相談してしまった僕もバカだったけど、使い物になるのか分からない。
挙動不審な態度を取ると、アイリッシュはにやける。
「その注射器を魔物に射してみるといいよ。きっと勝敗は大きく傾く筈だよ」
「えーっと、どうして言い切れるんですか?」
「さぁ、どうしてだろうね?」
注射器の中身を頑なに教えてくれない。
怪しい、怪し過ぎて捨ててしまいたい。
そう思っても手の中にスッポリと収まっていて、アイリッシュの自信たっぷりな表情が僕のことを舐め回した。
「お代は要らないよ。実際に使って試してみるといい」
「は、はぁ? それじゃあありがたく貰っておきます」
「うん。ピンチの時にでも使ってみるといいよ」
タダでって言うのが余計に怖い。
アイリッシュがなにを考えているのか分からないけれど、相当な強者の風格が後押しする。
今更返品すると変な顔をされかねない。仕方が無いのでここは受け取っておく。
ピンチの時……ピンチを招かないように立ち回ろうと決めた。
(ヤバい物じゃないといいけど……)
僕は店を後にした。
青空の下に出た僕は、恐る恐る注射器を眺める。
これが何の役に立つのだろう? 正直不安しかなかった。
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