第44話 小さくは余計
ブレットは相変わらず。
「……疲れた」
「頑張りなさい、クロン」
「……疲れた」
「もう少しよ、もう少しで王都に帰れるわ」
僕達はワイルドボアを無事に倒した。
何とか持ち帰ってはいるけれど、流石に僕とエメラルは力になれない。
そこでクロン一人に任せてしまった。魔法で浮かせて運んでいる。
「頑張って、クロン」
「むぅ~」
けれどクロンは辛そうだった。
別に恥ずかしくはない。魔法力も充分。ましてや、集中力も掻いてはいない。
不満そうなのはここまでの道中が長かったせいで、クロンにも疲れが見えている。
普段から研究に没頭しているせいか、体力には自信が無いらしい。
「お、おい、なんだよアレ!」
「エメラルさん? えっ、ヤバッ」
「あの小さい子、クロンちゃんだよね」
「いやいや、子供達があんな大きなイノシシを狩って帰って来るなんて、未来は明るいのぉ」
おまけに街中を僕達は歩いていた。
王都に入るために城壁を超える必要があるけれど、流石に門番の兵士とは顔見知り。エメラルのおかげで顔パス成功したけれど、ワイルドボアを一匹丸々持ち帰ると、凄い顔をされた。
それは街中でも続いていた。
道行く一般人や同業の冒険者から、色んな視線が向けられる。
羨望の眼差しから、引き攣った表情まで、ワイルドボアを宙に浮かせて歩いていると、やけに目立って仕方がなかった。
「凄い目立っているね」
「仕方ないわよ。でももう少しよ」
僕達の目的地、冒険者ギルドはこの先にある。
クロンにはもう少しだけ頑張って貰うことにすると、堂々と道の真ん中を歩いた。
「やっと着いたわね」
「疲れた。早く納品しよう」
「そうだね。それじゃあ開けるよ」
僕は冒険者ギルドの扉を開いた。
パッと開けると、やはり空いている。
昼間の時間帯に戻るといつもそうで、冒険者ギルドは広さの割に余裕があった。
「なぁなぁネシアさん、一緒に帰ろうぜ?」
「いえ、残業がありますから」
「いつまでだって待つぜ! 俺はネシアさんの味方だからな」
「ありがとうございます。ですが結構です」
「いやいや、俺はネシアさんと一緒に……」
「ですので遠慮させていただきます……おや?」
冒険者ギルドにやって来ると、相も変わらない光景が広がる。
ブレットが毎度のことながら、ネシアに絡んでいる。
一向に振り向いて貰える気配は無いのだが、本当に諦めが悪かった。
対して、熱烈な誘いを受けるネシアもまた、上手い具合にあしらった。
その結果、ブレットの誘いをぬらりくらりと躱してみせる。
流石はネシアと感心しつつ、僕達のことに気が付いた。っていうより、エメラルに気が付いたらしい。
「あっ、エメラルさん達!」
「ネシア。ワイルドボアを狩って来たわよ」
冒険者ギルドに居た、全員の視線が向けられた。
ドスン! と床の上に置かれたワイルドボア。
既に死んでいるから動くことは無いけれど、想像以上のサイズ感に、「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁお!」」」と声が上がった。
「そんなに驚かなくてもいいでしょ?」
「そうだよ。僕達はちゃんと依頼をこなしたんだから」
「重かった」
それぞれの不満が多少だけど飛び出す。
もちろん本気にして貰う必要は無くて、普通に軽口だ。
って言葉も届いていないみたいで、ネシアは慌てた様子で、他の受付嬢や冒険者もバタバタしている。
「エメラルさん達、コレは一体!?」
「ネシア、ちゃんと依頼を達成したわよ」
ネシアは受付カウンターから出てきた。
驚いた様子でワイルドボアを凝視する。
視線がつい上に向くと、ポカンとしていた。
「は、はい、そうですけど……このサイズは想定以上ですね」
「なによ。魔物だって成長するでしょ?」
「そうですが……大変でしたよね?」
ネシアの想定以上の大きさだった。
それに対してエメラルは首を捻る。
魔物も生物なので、常に成長を遂げるのだから、報告書にあったサイズと同じだと思うのが間違いだ。
「当たり前よ。傷を極力付けないように注意を払ったんだから」
「うん。雑に切ってもいいなら、もう少し楽に討伐できたんだけどね」
僕達はちゃんと依頼をこなした。
ワイルドボアに付けた傷は本当に最低限、絞めるために首筋を切っただけ。
だから状態は非常によく、血の一滴も滴っていない。このまま剥製にしても充分な見応えがあった。
「本当ですね。あの、無理難題を聞いていただきありがとうございました」
「ちゃんと報酬は弾んでよね」
「も、もちろんです。これだけのサイズであれば、余すことなく使えますね」
報酬を上乗せして貰えるなら、僕達にとってもメリットだ。
エメラルとクロン、二人とハイタッチをした。
これで財布が潤う。一体何リルになるのか楽しみだ。
それと同時に、多くの人達の役にも立てた。
このサイズのワイルドボアの毛皮をなめせば、色んな防具に仕える。
鋭い牙は武器や装飾品にもなる。
ましてやこのサイズ感。体内には魔石核もあって、傷が付いていないから高値で取引される。
本当にいい稼ぎになったよと、僕は思った。
純粋に、制限を掛けて戦うのは修行にもなる。
最近鈍っていた体を叩き起こすと、個人的にも充分以上だ。
「ふぅ。それで、これで依頼は達成?」
「はい。いつも大変な依頼ばかり任せてしまって、申し訳ございません」
エクレアが訊ねると、ネシアは笑みを浮かべて首を縦に振る。
とは言え申し訳なさもあり、眉間には若干の皺が寄った。
そんなことにも気が付かず、にこやかな笑みを浮かべており、ブレットは羨ましそうな顔をする。
「いいわよ……って言いたいけど、今回はちょっと面倒だったわね」
「そうですよね。次回からはエクレアさん達にばかり任せないように致します」
「そうね。王都の冒険者よ? 実力はかなり高い筈だから、色んな冒険者に振ってあげてね」
エクレアは僕とクロンが感じていたことを堂々と口にする。
ネシアも申し訳無さが勝ったので、要望を聞いてくれる。
ここは王都の冒険者ギルドだ。実力は相当高い。なので、他の冒険者にも依頼を振ることにした。
「では、次回はブレットさんにお任せしましょうか?」
「えっ!? いや、あの、それは……」
ブレットは熱烈な片思いの相手であるネシアに頼まれる。
本当は「喜んで!」と言うべきなのに、何も言えなかった。
寧ろ冷汗を掻くと、絶対に受けたく無さそうで、目が逸らされた。
「なによブレット。冷汗が酷いわよ」
「もしかして、自身が無いとか?」
僕とエメラルはブレットを試しに煽ってみた。
するとばつが悪くなってしまうと、この場に居辛くなってしまう。
「あー、思い出した。俺は依頼を受けてたんだ。悪いな、俺は行くぜ」
「あっ、ちょっと!」
「ネシアさん、また今度デートに誘うからな。待っててくれよ!」
「はい、ご遠慮させていただきますね」
ブレットは思い出したふりをして、冒険者ギルドから逃げて行く。
尻尾捲ってこういうことかもしれないけど、ネシアにデートの約束を取り付けようとした。
サラリと受け流されてしまうと、上手い具合に断られていた。ちょっと可愛そうだけど、まあブレットは強引過ぎる。
「逃げたね」
「逃げたわね」
「うん、逃げた」
ブレットは明らかに逃げた。ここに居たら、余計に針の筵だ。
流石にそれだけは嫌みたいで、変な決め台詞と共に逃げる。
立ち去る姿は正直ダサかった。
「「「ふっ、はははははははははははははははッ!!!」」」
なんか面白かった。揶揄い過ぎたかもしれない。
でも、ブレットにはこれくらいキツメの薬を飲ませた方がいい。
そう思うと、ネシアも少しだけ「クスッ」と笑い、変な疲れが吹っ飛んだ。
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