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目を覚まし、いつのまにかベッドの上にいたマリーネは身体が幾分か楽になっていることに気がついた。


「すまないが、服を少し緩めた。気分はどうだ?大丈夫か?」


起きたことに気づいたシリウスがマリーネの顔を心配そうに覗き込む。


「えっ…あ、の…私…」


シリウスに触れられたという事実を知り、マリーネは心を整理することが出来ずに混乱して言葉を失ってしまう。


「ゆっくり寝ていていい。体調が悪いのだろう?」


シリウスが起き上がろうとするマリーネを制止して、マリーネに上布団をかけた。

マリーネはその布団の裾を握りしめ、ぽろぽろと涙を流す。


「…ごめんなさいっ。…私に触れるのは…お嫌だったでしょう?」


まだ起きたばかりで混乱しているマリーネが子どものように幼い言葉で謝罪し始めた。


「そんなことは無いっ。断じて無い。」


シリウスはマリーネの弱音に前のめりになって否定するが、当の本人には信じてもらえないどころか、聞こえてもないようだ。


「だって…私の事なんて嫌いなのでしょう?もう私がここにいる意味など無いのでしょう?」


必死になって噤んでいた唇は饒舌に言葉を紡いでいく。

マリーネもシリウスの気持ちの答えなどは聞かず、ずっと曖昧にしたまま、この恋を諦めずにいれたならと、何度も思った。

思ったが、堰を切ったようにシリウスを問い詰めてしまう。

シリウスはハッと目を見開き、驚いた顔を浮かべて固まってしまった。

その顔を見たマリーネは目を細めると、さらに涙は勢いを増して溢れた。


「…いや、違う、違うんだ…」


戸惑う様に否定を繰り返し呟くシリウスに、マリーネもポツリと呟く。


「…何が違うのですか?」


妻として何もできない自分、子も持てず、お飾りにもなれない、そんな人間をなんと呼んだらいい?

穀潰し。

マリーネが実家で言われていたあだ名だ。

何もできない穀潰しだからこそ、捨てられる。

マリーネの心は絶望に満ちていた。


「…被害者ぶっていたんだ…ずっと…両親の遺してくれたこの家を守るためなら人に何をしてもいいと勘違いして…そして君を傷つけた。…今回の件でよく分かった。取り返しのつかないことをしてしまっていたのだと。君をこんなにも苦しめるのならば離れた方が良かったのだと…」


初めて聞いたシリウスの真意に、マリーネは思い出したかのようにハッとする。

被害者ぶっていたのは私だってそう。

元はと言えば、マリーネが家族を安心させるために無理矢理押し通した結婚、そこにシリウスの気持ちなど考えもせずに踏みにじった上でのこと。

心無い言葉もしょうがないと、そうマリーネは思っていた。

けれど、今は苦しいくらいに傷つく。


「…離…れ、るのですか?」


マリーネの瞳から更に勢いを増して涙が溢れる。

シリウスはマリーネから発せられた「離れる」と言う言葉に改めて離れたくない思いがこみ上げ、思わず抱きしめた。


「離れるのは嫌だ。嫌だが、これ以上傷つけるくらいなら…」


離れないといけないという言葉とは裏腹にシリウスの抱きしめる腕に力が入る。


「…私は…シリウス様の側にいたい…」


小さく呟くようなマリーネの言葉を聞いて、マリーネを逃さないように抱きしめていたシリウスの腕が少し緩んだ。


「…いいのか?一緒にいてもきっとまた君を傷つける…」

「…傷ついたとしても…過去の言葉をこれから駆け巡るだろう噂を、否定していただけたらそれでいいのです。…シリウス様の言葉はシリウス様にしか否定できませんから…」

「ああ、それが私にできることならばなんだってする…なんどだってだから、私の側に居て欲しい。」


もう一度強く抱きしめたかと思うと、体を離しシリウスがマリーネの瞳を見て誓うように宣言した。

マリーネはその誓いを確かめるようにシリウスの胸に手を置いて、潤んだ瞳でシリウスを見つめる。

シリウスはその視線に、思わずマリーネの頬に手を伸ばし、その親指がマリーネの唇に触れた。

しっとりとした質感は吸い付く様にシリウスの指を離さず、離れたかと思えば柔らかく揺れて、シリウスの視線を釘付けにした。

泣き腫らした頬は熱く、まるで自分を求めてくれているかのような錯覚に陥る。

シリウスは我に返り、自分の煩悩を振り切る様に頭を横に振った。


「…だが…もう少しだけ…紳士でいさせてくれ…」


マリーネの肩を持ち体を離すと、シリウスは頭を抱えてフラフラと部屋を出て行ってしまった。

マリーネは物足りなさを感じるほどにわがままになってしまった自分をなだめ、シリウスが触れた自分の唇に触れる。

まだ、シリウスがどこか他の人の所へ行ってしまうのでは無いかという心配は尽きないが、昨日まで虚しいほど空っぽだった心も今は満たされているように感じた。

何度傷ついたとしても、その傷を埋めてくれるのはシリウスなのだ。

マリーネは腕に残る、久々に抱き締められた感覚を何度も思い出して余韻に浸る。

互いに被害者ぶっている臆病者かもしれないけれど、いつかこの悲しみが薄れるまで二人乗り越えて行けたなら…

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