第五話 それは二人のきらめく門出
謁見のあと、私は両親に報告するために帰宅した。
先日のように父の執務室で、二人に結婚に応じる意志を伝える。
「アーサー殿下との結婚のお話を、お受けしようと思います。今日、エリザベス王女殿下にも謁見を賜り、お許しをいただきました」
「まあ!」
両親の表情が、みるみるうちに喜びのものへと変わっていく。
「ついに決めたのね、ジュリエット!」
「ジュリエット……! そうか、それはお前の心からの意志で間違いないのだな?」
「はい。アーサー殿下とお話させていただき……心から、アーサー殿下をお支えしたいと思いました」
ここ数日で触れたアーサー殿下のお人柄。
彼の芯に触れて決意が固まったことを伝えると、両親は感嘆の声をもらしながら頷いていた。
「親馬鹿なことを言うようだが……ジュリエットを見初めたアーサー殿下は、確かな目をお持ちだな……」
「こんなに令嬢としても騎士としても素敵なジュリエットなんだもの、王子様だって虜になるのも当然だわ」
両親からの惜しみない愛の言葉に、なんだかむず痒い心地になる。
「……親馬鹿が過ぎますよ、父上、母上……」
気恥ずかしさについ可愛げのない言葉が飛び出るが、両親はそれをまったく意に介さずに微笑んでいた。
ハートロード王家とのやり取りは父に任せることにして、私は急いでアーサー殿下との謁見を願い出ることにした。
アーサー殿下はもうしばらく我が国に滞在されるけれど、返事は早いに越したことはない。
アーサー殿下にお伺いの文を出したその翌日。
無事に謁見の許可が記された返事が届いたのだった。
*
「こんにちは、ジュリエット。……今日の貴方も、目の覚めるような美しさだ」
謁見当日。離宮の応接室にて、向かい合って座る。
今日もアーサー殿下は、直球の賛辞の言葉を送ってくれる。
今日の私が来ているドレスは、涼しげな水色のドレスだ。
……アーサー殿下の瞳の色。それが意味するところは、言うまでもなく。
激しく高鳴る胸を抑えながら、深く息を吸い込んで殿下の目を見る。
「お返事をお待たせして申し訳ございません」
「いえ、謝る必要はありません。言ったでしょう? 私は千年だって待つと」
冗談めかして言うアーサー殿下に、少しだけ心が解れる。
……彼のその優しさを、私は好ましいと、思う。
「……私は生まれてこのかた、淑やかな女性だったことはありません。殿下のお妃様に相応しい女性は、他にもいるでしょう」
傷跡の残る手をさすりながら、言葉を紡ぐ。
アーサー殿下は静かに、私の言葉を待ってくれていた。
その優しさに応えるために……勇気を振り絞って、前を向く。
「けれど、アーサー殿下が私を求めてくださるならば……私は全霊をもって、貴方様をお支えしたい」
これが私の、偽りのない本心だ。
「殿下の深いお心が……一途に私に向き合ってくださる強さが、私にはとても眩しく思えました。それをそばで支えられるならば、私はどこへでもお供いたします。どんな辺境や荒野にだって……馬を駆るのには、自信がありますから」
ご存知でしょう?
そう言うように微笑むと、アーサー殿下も釣られてくしゃりと笑った。
「――結婚のお申し出、喜んでお受けいたします」
静かに、しかしはっきりと。彼の瞳から目を逸らさずに。
私の言葉に、殿下は目を見開いて――。
そしてそのまま手で、顔を覆ってしまった。
「で、殿下……!」
「ああ……! 夢のようです……! ジュリエット、貴方が受け入れてくれるなんて……!」
彼は一度俯いて、感極まったように声を振り絞る。
それからゆっくりと顔をあげると、その美しい水色の瞳を細めて笑った。
「そんな……リズ様との謁見の時に、もう察していらっしゃったでしょう?」
「それは否定しませんが、やはりジュリエットの言葉で言ってくれたことが、たまらなく嬉しいのです……!」
――殿下は本当に、心から私のことを想い、私自身の言葉で伝えることを、喜んでくれる。
私のことを丸ごと愛してくれている――そのことが、私もたまらなく嬉しい。
殿下は私の隣へと移動してくると、私の傷だらけの手をそっと取る。
「ジュリエット……私は貴方を、心から愛しています」
殿下の言葉のひとつひとつが、私の胸をくすぐる。
「私も……殿下をお慕いしております」
少しでも彼の愛に応えたくて、私も精一杯言葉を紡ぐ。
顔が熱い。きっと気恥ずかしさから頬が紅潮しているのだろう……乙女のように顔を赤らめるなんて、私らしくない。
それでも……アーサー殿下の前でなら、それも悪くないと、思えるのだ。
「ジュリエット……きらめく流星のような、麗しの君。星のごとく、貴方が私の手の中に落ちてくれるのを……私はずっと、待ち望んでいたのです」
アーサー殿下の太陽のような笑顔が、私の目にはとても、眩しかった。
あの戦場での記憶が蘇る。
あの時は必死だった。
武人として、同盟国のために何ができるか。殿下を生かすためにはどうしたらいいか。
そればかりを考えていた。
武人としてがむしゃらに走り続けた先に、こんな未来が待っているなんて、当時の私は思いもしなかっただろう。
「お待たせいたしました、アーサー殿下……」
傷だらけでも、鎧の匂いが染みついていても……私は私のまま、彼の隣に居られる。
私の騎士としての生きざまが、祝福されたような気がした。
*
結婚の話を受けてから数カ月が経った。
あれから両国間で結婚に向けての話し合いが行われ、無事私はハートロード王国へと嫁ぐこととなった。
華々しく母国で見送られ、盛大にハートロード王国で迎えられる。
慌ただしく婚儀の支度を進めているうちに、あっという間に結婚式当日を迎えた。
最初は花嫁らしく、純白のドレスを身に纏い、大聖堂で結婚式を行う。
ここまでは一般的な花嫁と変わらないのだが……。
「殿下、確認なのですが……パレードは本当にこの衣装でよろしいのですか?」
大聖堂で結婚式を挙げた後は、民衆へのお披露目パレードだ。
なんと私はドレスではなく……純白の、壮麗な騎士服でパレードに臨むこととなった。
花嫁らしい装飾が施されているが、馬に跨がれるよう機能性も備えている。
殿下は私と同じような純白の衣装を纏いながら答える。
「もちろんです! むしろその姿を民は待ち望んでいますから!」
殿下から事前に、ハートロード国内での私の評判を聞かされていた。
『救国の乙女』『戦場に現れた女神』『王子様を救った天使』等々……大げさすぎるほど過分な評価をいただいているらしい。
しかしそれ故に、この結婚は大歓迎ムードに包まれているという。
私としても、騎士としての私が受け入れられていることは素直に嬉しい。
民が騎士としての私を望んでいるのであれば、それに応える努力は惜しまない。
……私も今日から、この国の王族の一員なのだから。
「……では、参りましょうか。ジュリエット」
「……はい!」
表に出て、用意された馬に跨る。
……大人しく、穏やかな良い馬だ。
ファンファーレが鳴り、門が開いていよいよパレードが始まった。
殿下と並んで、馬を歩ませる。
「ジュリエット様―!」
「アーサー殿下!」
「おめでとうございますー!」
周囲を見渡すと、きらきらとした輝く瞳たちが私たちを見つめている。
民たちが懸命に、私たちに向かって手を振ってくれる。
それに応えるように手を上げると、ひと際大きな歓声が上がった。
「ありがとう、ジュリエット様―!」
「ジュリエット様、素敵ー!」
「手を振ってくださったわ!」
……中には色んな意味で熱い声援も混じっているが。
「ジュリエット」
歓声に圧倒されていると、隣から殿下の声が聞こえてきた。
そちらの方を振り向く。
「ジュリエット。……貴方は私の誇りです」
歓声や楽器の音色が響く中でも、その言葉ははっきりと、私の耳に届いた。
息が詰まりそうなほど、胸が締め付けられる。
込み上げてくる感情を、今は私の胸の中にしまって……言葉を返した。
「ええ。これから先も、貴方に誇ってもらえるような……そんな私であり続けます」
爽やかな風が吹き抜ける。
ひとつに束ねた私の髪が、大きく揺れる。
「……ああ、本当に……貴方は流星のように、眩しい人だ」
これから先も。
アーサー殿下に光を届けられるような……星のような人間に。
夜空を駆ける流星のように……彼の隣で生きる人生を、駆け抜けてみせよう。
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次回作も鋭意制作中です!
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