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第一部 第六章 狩猟解禁?(一)

 ある日、俺は近所の公園を散歩していた。

 人も少なくて、静かで、ちょっとした穴場だ。

(ここ、ほんと落ち着くんだよな)

 ベンチに腰を下ろし、大きく伸びをする。

 その瞬間——

 身体が、淡く光り始めた。

「……あー、はいはい」

 もう慣れてしまった。

 どうせまた、あの王女様だ。

 セレフィナが呼んでる。

 また会えるな、と思ったら、自然と口元が緩む。

 視界が白に塗り潰されていく。

 ―――

 ―――

 ―――

 ……あれ?

 視界が戻り始めたところで、違和感に気づいた。

「(風……? 草の匂い……?)」

 外だ。

 しかも、城でも街でもない。

 ざっ、ざっ、と軽い足音。

 いや、足音というより……ステップ?

 視線を向けると、大木の前で一人の少女が舞っていた。

「!?」

 反射的に立ち上がる。

 その物音に、少女がこちらを振り向いた。

「……お前、なんだ?隣の村のやつか?」

「は?」

「なるほど。神の使者だな? カナエの舞、ついに成功したか!」

 少女は両手を広げて高笑いした。

「あははははー!!」

「……」

 混乱する頭の中で、一つだけ確信する。

 ここは、アロウディムじゃない。

「……ここ、どこ?」

「? 神の大木だぞ? 使者様の家じゃないのか?」

「俺は、使者じゃないぞ」

「えー。がっかりだな」

 少女はあっさり言い切った。

「私はカナエ。村の巫女だ。ここで捧げの舞をしてた」

「あ、俺は悠斗。佐藤悠斗……」

 言いかけて、首を傾げる。

 ここ、過去? いや、原始人って感じでもない。

 言葉も通じるし、容姿も現代人に近い。

 自然に埋もれてるけど、文明の跡もちらほら見える。

 ……また異世界、か。

「なあカナエさん。アロウディムって国、知らない?」

「カナエ! “さん”いらない!」

「あ、はい。カナエ」

「よし。ポコと同じくらい賢いな」

「ポコ?」

「ギャギャ!!」

「うわっ!?」

 足元から小さな影が飛び出した。

「……小さい、恐竜?」

「あははは!」

 どう見ても恐竜だ。

 俺は確信した。ここは異世界だ。

 カナエは、木漏れ日の森に溶け込む若葉色のショートヘア。琥珀色の大きな瞳は澄みきっていて、笑えば無邪気、けれど舞の最中は一転して神秘的な光を宿す。

 一目見ただけでは巫女とは分からない。肩と腕を大胆に出した白い上衣に、膝上までの短い巻きスカート。布はどれも自然の色合いで、装飾も最小限だ。神に仕える者の衣としては、あまりにも軽やかで、そして実用的だった。スカートの内側に仕込まれた簡易的な下衣と、足首まで固定された革紐のサンダルが、激しい動きにも一切の無駄を許さない。

 カナエは笑う。神に仕える身でありながら、誰よりも大地に近い存在。

 静かに舞い、全力で駆ける――それが、この原始世界が選んだ巫女の姿だった。

 村へ向かう道中、カナエは首を傾げた。

「さっき言ってた“アロなんとか”って、恐竜の名前か?」

「国だよ」

「くに? 肉じゃなくて?」

「そう、国」

「栗なら知ってるぞ。投げると痛いやつだ」

「投げるの!?」

「投げない栗があるのか?」

「……食べるかな」

「食べる!? 針だらけだぞ!」

 会話はまるで噛み合わない。

 やがて、簡素な村に辿り着いた。

「ユゥ、すごいな。休まず歩けた」

「一キロもないぞ?」

「いちきろ? 誰だそれ」

 その時、年配の男が声をかけてきた。

「カナエ、戻ったのか」

「じーちゃん、今戻った!」

「……その方は?」

「舞ったら出てきた。神の使者様だ!」

「だから違うって」

 男――村長は、俺をじっと観察し、静かに頷いた。

「私は村長のオウゲン。……あまり歓迎できる状況ではありませんが」

 白髪まじりの短髪に、日に焼けた皺だらけの顔。質素な麻の上着を羽織り、太い杖を手にした小柄な老人。どこにでもいそうな、穏やかな村長だ。 

「悠斗です。佐藤悠斗。なんか慌ただしいですね」

「実は、村を移動せねばならなくて」

「移動?」

 嫌な予感がした。


「大きい恐竜がこの近くにやってくる時期なんだよ。だから移動しなくちゃ。とーちゃんが新しい村で待ってる」

 カナエは当然のことのように言った。

「大きい……恐竜?」

 悠斗は思わず、ポコを見る。

 ポコは小型犬ほどのサイズ。大きい恐竜、大きく見積もっても大型犬程度、かな?

(確かに大型犬に噛まれたら危険だけど……“大きい”の基準が分からないな)

「丁度今、荷物の整理をしておりました」

 村長が申し訳なさそうに言う。

「大したおもてなしが出来ず、すみませんな」

(あー……今回は引っ越しの手伝いってことか)

「手伝いますよ」

 考えるより先に、身体が動いていた。

「ユゥ、凄いぞ!」

 カナエが目を輝かせる。

「カナエに付いてこれた大人、とーちゃん以外で初めてだ!」

「ほう、それはそれは」

 村長が感心したように頷く。

「悠斗様、よろしいのですか?」

「はい。任せてください」

「では、私の家の荷物をお願いいたします」

「私も手伝うー!!」

「お前は自分の荷物を整理せんか!! 全部捨てるぞ!!」

「じーちゃん、それはダメー!!」

「……」

 賑やかなやり取りを横目に、悠斗は小さく息を吐いた。

(結月……セレフィナ……会いたいな)

 

 村長の家で、悠斗は黙々と荷物を整理していた。その中で、ひとつだけ明らかに異質な物が目に留まる。

「……機械?」

 手のひらサイズの、金属と樹脂が混ざったような物体。

「この時代の物じゃないよな。昔の……文明?」

「それは、過去の歴史を伝える『神の声』です」

 村長は静かに答えた。

「昔、偶然拾いましてな。今はもう、声は聞こえませんが……大切に保管しております」

「あの、村長の信仰心を否定するわけでは無いのですが、俺は神の使者じゃなくて……」

 悠斗は手を止め、正直に言った。

「別の世界から来ました。カナエに言っても伝わらなかったので、言いそびれていましたが」

「別の……世界」

「俺のいた世界には、『機械』という、いろんな機能を持った物があります。声が聞こえたってことは、神ではなく我々と同じ人間がこの中に、何かを残したんでしょうね」

「……そうでしたか」

 村長は、深く頷いた。

「悠斗様の世界は、こことは違うのですね」

 それ以上は何も言わず、再び荷物の整理に戻る。

 悠斗もそれに倣い、その機械を丁寧に箱へと納めた。


 やがて荷物の整理を終え、村は移動を開始した。遊牧の民らしく、全体の荷物は驚くほど少ない。

「カナエとユゥとポコは先に行くから!」

「じーちゃんたちは、休みながら来てね。着いたら手伝いに戻るから!」

 ポコは小さな袋を体に巻き付け、嬉しそうに走り回る。

「先に行きます」

 悠斗は村長に挨拶をし、村を後にした。

「カナエ、新しい村って遠いのか?」

「みんなは遠いって言うけど……カナエは分からないな」

「荷物がなければ、走ってすぐだし」

「ギャギャ」

「それ、移動する意味あるのか?」

「ナワバリってのがあるんだって」

「その中に入らなければいいって、とーちゃんが言ってた」

「じゃあ、またあの村にも戻れるのか?」

「うん。カナエ、あの村五回目くらいだし」

「……そうなんだ」

「ユゥ、疲れないか?」

「まだ大丈夫だな」

「村の人、すぐ疲れるんだ」

「今も休みながら来てる。多分、夜になる」

「じゃあ、少し急ぐか。ペース、上げられるぞ」

「そうこなくっちゃ!!」

「ギャー!!」

 走った。

 荷物を持って、走った。

 学校のマラソンすら億劫だったはずなのに、カナエはポコと蛇行しながら遊んでいる。

(野生児ってレベルじゃないだろ……)

「まっ……まって……くれ……」

「えー? もう少し頑張って、ほら」

 カナエは小さな身体で、悠斗を支えた。

(この身体のどこに、こんな力が……)

「ほら、見えてきたよ。新しい村!」

「……ほんとだ」

 視線の先に、村が見えた。

 入り口には、大柄な男性と、小柄な女性が立っている。

「とーちゃん! かーちゃん!!」

 カナエが叫ぶ。

 悠斗は、不思議と元気を取り戻しながら、村へと歩みを進めた。

 隣にカナエがいるだけで、胸の奥に、少し力が湧いてくる気がした。

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