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第三部 第三十八章 進む未来

 悠斗は高校三年生になっていた。

 隣には、当たり前のように結月がいる。

 二人はいつもの道を、他愛もない話をしながら歩いていた。

「ゆーくん、あれ知ってる?りっくんのこと」

「大学の推薦の話?」

「それそれ。凄いよね〜」

 朝の空気はまだ少し冷たい。

「俺たちは普通に受験、だな……」

「私たちの行きたい大学、結構ギリギリだもんね〜」

「それは進路決めた時の話だろ?今は俺も結月も合格圏内。問題ないよ」

「油断大敵だからね。一緒の大学に行きたいんだから」

「はいはい……」

 軽く流しながらも、胸の奥が少し温かくなる。

(俺は、心理学を学びたかった)

 真実を語っても、信じてもらえなかったあの頃。

 それでも性格がねじ曲がらずにいられたのは、結月がいたからだ。

(俺も、誰かを救いたい)

 そして驚いたことに、結月も同じ大学を志望していた。

 進路の話をするまで、お互い知らなかった。

 偶然か。

 それとも――必然か。

「何ぼーっとしてるの?行くよ、ゆーくん」

「はいはい……」

(大学まで一緒になるなんてな。幼なじみっていうより、腐れ縁だよな)

 切れない。

 きっと、この先も。

 学校が近づき、登校中の生徒が増えてくる。

 クラスメイトに軽く挨拶を交わす。

「おはよう、二人とも」

「あ、おはよう、りっくん」

「おはよう、陸。今日は朝練じゃなかったのか?」

「そうだよ。インターハイ本戦も近いから、怪我をしないようにってさ」

 神谷陸。

 どこか主人公じみた名前に負けない、チームの中心。

「推薦の話もあるんだろ?まぁ、陸なら問題ねーけどな」

「チームの柱だもんね、りっくん」

「インターハイの結果次第なところもあるから、まだ油断はできないよ」

「ここにも隙がないやつがいたわ」

「何の話?」

「油断大敵、って話」

 三人は笑いながら校門をくぐる。

 未来の話。

 少し先の日常。

 特別じゃない、けれど確かな時間。

 悠斗は空を見上げる。何十万年先の未来へと繋がる、数年先の未来を考えながら。


 教室に入ると、すでに半分以上のクラスメイトが登校していた。

「おはよー」

「おはよう」

「おはようー」

 それぞれが自然に返す。

 当たり前の朝。

 席に着いた途端、クラスメイトの一人が悠斗の机に寄ってきた。

「悠斗、これ気になってたんだろ?貸してやるよ」

「マジ?ありがとう。助かるよ」

 参考書だった。

 以前、書店で立ち読みして悩んでいたやつだ。

 昼前、授業の終わり。

「よし、今日はここまで。この資料……いつもは佐藤に手伝ってもらってるから、今日は山田。頼む」

「は~い」

 クラスに小さな笑い。

「いつも俺にって、自覚あったのかよ」

「ふふ」

 結月が楽しそうに笑う。

 昼休み直後。

「あ、飲み物買い忘れたな」

「俺、今から買いに行くけど、買ってこようか?悠斗は何飲む?」

「え?じゃあお茶頼むよ」

「りょ〜」

 軽い足取りで教室を出ていく。

「……ふふ」

「何だよ?ご機嫌だな」

「なんでもな〜い」

「変なの」

 放課後。

「あっ、図書室に本返すの忘れてた」

「じゃあ、寄っていこうよ」

 すると、クラスの女子が声をかけてきた。

「私、今から図書室行くから、持っていこうか?」

「本当?遠いから助かるよ。お願いしていい?」

「オッケ〜」

 本を預ける。

「今日は逆だね〜」

「何がだよ」

「せっかく一緒に帰れるんだもん。帰ろうよ」

 並んで廊下を歩く。

(結月の機嫌がいい理由は分かっている)

 昔の自分は、常に“助ける側”でいようとしていた。

 顔色を伺い、距離を測り、離れられないように。

(人が離れるのが怖かった)

 だから、頼ることができなかった。

 でも今は。

 自然に「お願い」と言える。

 自然に「ありがとう」と言える。

「成長、してるか? 俺」

 ぽつりと呟く。

「してるよ」

 即答だった。

「そっか」

 夕陽が校舎を染める。

 こうして隣を歩いてくれる誰かがいる。

 それだけで――十分だった。


 結月を家まで送る。

 玄関先は静かだった。

 いつも顔を出す未来は、今日も「実家」に戻っているらしい。

「何か最近、未来さん、実家に行く回数増えてない?」

「判決の具体的な内容が固まってきてるんだって」

「え?」

「どちらの時代も平等に、ってなりそうなんだってさ」

「じゃあ……半分はあっちで過ごすのか」

「目立たないように、一週間ごとに行き来する案が出てるみたい」

「まぁ、それは仕方ないかもな。レナもお姉ちゃんっ子なのに、十八年も離れてたし」

「それがね」

 結月が少し笑う。

「お母さんが『結婚して実家を出た人は、そんなに実家に帰りません』って異議を唱えてるらしいの」

「え?」

「だから今、やたら頻繁にあっち行ってるの」

「……未来さんらしいな」

 思わず苦笑する。

「レナ、諦めた方がいいかもな」

「ふふ」

 そんな話をして、結月の家を後にする。

 いつもの最初の曲がり角。

 普段なら、ここを遠回りする。

「……」

 視線の先。

 本来の帰り道。

(サイトが俺を撃った場所)

(夢の舞台)

(避け続けてきた、トラウマの現場)

 胸が少しざわつく。

 だが――足は止まらなかった。

「……行くか」

 これまで避けてきた道へ、悠斗はゆっくりと歩き出す。


 家に着いた悠斗は、誰もいない居間に向かって小さく呟いた。

「ただいま」

 返事はない。

 そのまま自室へ向かい、制服のままベッドに倒れ込む。

「ふぅ……」

 目を閉じた。

 ・・・

 ・・・

 次に目を開けた瞬間。

 隣に、誰かがいる。

「どわっ!!」

「な、何!?」

 跳ね起きる。

 そこは――レナの部屋。

 しかも、ベッドの上。

 レナがミラのポータルを抱き枕にして寝ていたらしい。

「ゆ、悠斗……ポッ」

「……ポッ、じゃねーよ」

「悠斗も嬉しいくせに。うりうり」

「いいから服着ろよ。裸族め」

「倦怠期〜」

「ねーよ」

(未来さんの話を聞いたからか? 無意識で飛ぶとか、俺もヤバいな……)

 エリスティアとビーが出迎えてくれる。

 エリスティアは即座にレナを叱責し、レナは正座で凹む。

 ビーは甘い飲み物を差し出した。

「ビー、ありがとう」

 一口飲んで、ようやく落ち着く。

「で?今日はどうしたの?」

「用事はない」

「なにそれ?私と添い寝しに来ただけ?」

「しねーよ」

 その時。

 ピン、と軽い音。

 エリスティアが玄関へ向かう。

 やって来たのはサイトだった。

「悠斗。何かあったのか?」

「いや……無意識で飛んできた」

「乙女のベッドに潜り込んで来たのよ」

「乙女……?」

 サイトが微妙な顔をする。

「実はな。悠斗が飛んできた直後、この辺で座標の乱れが観測された」

「乱れ?」

 その瞬間。

 外からガタガタガタッ、と轟音。

 三人は外へ飛び出す。

 エリスティアだけが静かに呟く。

「お戻りになられました」

 空を見上げる。

 黒い船。

「……あれって?」

「まさか?」

「ローヴァンさんの船だ」

 船は近くの空き地へと着陸する。

 ハッチが開き、十人ほどの男たちが降りてくる。

 その先頭にいたのは――

「お父さん!!」

「レナか」

 駆け寄る二人。

「もう!!心配したんだから!!」

「スマンスマン。飛んだ先で船が壊れてな。現地で修復しようにも部品がなくて、自作してたら十二年かかったわ。ワハハハ」

「バカ」

 涙を浮かべながら拳を叩くレナ。

「ローヴァンさん、お久しぶりです。無事で良かった」

「心配かけたな、サイト」

 その光景を見ながら。

 悠斗は胸の奥で、かすかな確信を感じていた。

(……このために呼ばれたのか)

 久しぶりに、ナノマシンが静かに反応している気がした。

 まだ。

 物語は、終わっていないと告げるように。


 ほどなくして、レナの報告を受けた母親――セリナも慌てて帰宅した。

 再会の光景を少し離れて見守りながら、悠斗は静かに呟く。

「良かったな、レナ」

 そして。

 次の瞬間、光に包まれた。

 ――跳ぶ。

 視界が切り替わる。

「ついでに未来さんの様子も見にきたけど……ここ、裁判所?」

 見慣れた法廷。

「本件については、なお審理を要する点があるため、判決は次回期日に言い渡します」

「え〜、また?」

 未来が大げさに肩を落とす。

「当たり前でしょ? 何で平等じゃないのよ」

 レナが腕を組む。

「家庭を持つとは、そういうことなんだよ」

 サイトが淡々と言う。

「サイトおじさん、独身じゃん」

「……」

 軽く刺さる一言。

「未来さん、様子見にきたけど、まだ終わらなさそうだね」

「あら、ゆーくん。そうなのよ〜」

「でもね、一個決まったことがあるのよ」

「なに?」

「サイトおじさんがお姉ちゃんを“観測”するんだって」

「マジか?」

「マジだ」

「サイトおじさんに見られちゃうの、恥ずかしいわね〜」

「俺は慣れた」

「俺も慣れた」

 妙な連帯感が生まれる。

 法廷の空気も、どこか柔らいでいた。

 どの時代も、少しずつ前へ進んでいる。

 ならきっと。

 あの四つの時代も――

 いい方向へ進んでいるはずだ。

 悠斗は静かに、そう確信していた。


 目を開けると、自分の部屋だった。

 玄関の開く音。

「ただいま〜」

「悠宇か? 早いな」

 階段を降りてリビングへ向かうと、悠宇がソファにごろんと横になっていた。

「おかえり。今日は早いな」

「にぃ、ただいま〜。今日は軽めのメニューだった。大会も近いからね〜」

「陸と同じこと言ってるな。強豪校は大変だな。せっかくなんだから休めよ」

「う〜ん、体動かさないと調子悪くなりそう〜」

 そう言いながら、眠そうに目を閉じる。

 悠斗は小さく笑い、キッチンへ向かった。

(今日はカレーだ)

 鍋を温め直すと、スパイスの香りが広がる。

「いいニオイ〜」

 寝転んだまま、悠宇が反応する。

 その時、チャイムが鳴った。

「は〜い」

 扉を開けると、結月が立っている。

「ゆーくん。これ、オカズ持ってきた」

「結月が作ったのか?」

「お母さんが作ってたの。何日留守にするか分からないからって」

「そうなんだ。夕飯は?」

「これから考えるところ」

「じゃあ食べていけよ。今日はカレーだ」

「いいの?じゃあ」

「あがれ」

「お邪魔しま〜す」

 リビングに案内する。

「結月ちゃん、久しぶり〜」

「悠宇ちゃん、久しぶり〜」

 本当の姉妹みたいに笑い合う二人。

 会う機会は少ないけれど、距離はいつも近い。

「よし、夕飯だ」

 食卓に並ぶカレーライス、サラダ、そして結月の持ってきたオカズ。

 三人で囲む食卓。

 笑い声が絶えない夜。

 特別じゃない、けれど何より大切な時間が、そこにあった。


 時は流れ――

 大学の合格発表の日。

 二人は掲示板の前に立っていた。

「Aの31241、31241……」

「A31257は……っと」

 ざわめく人混み。

 視線を走らせる。

 そして――

 二人はほぼ同時に顔を上げ、隣を見た。

「あった!!」

「あった!!」

 声が重なる。

 次の瞬間、自然と抱き合っていた。

「やったね〜!」

「あぁ……!」

 胸の奥に溜まっていた緊張が、一気にほどける。

 大学を後にし、二人は家の近くの公園へ向かった。

 昔、よく遊んだ場所。

 今は子どもの姿も少ない。

 ベンチに並んで座る。

 無言。

 けれど、互いに分かっている。

 この先の言葉を。

「……結月」

「うん……」

 夕焼けが、空を赤く染める。

「好きだ。付き合ってくれ」

 一瞬の静寂。

 そして――

「うん。私も好き!!」

 笑顔が弾ける。

 夕陽に伸びる二人の影が、ゆっくりと重なった。

 これからも続く未来へ。

 二人は、確かな一歩を踏み出した。

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