第三部 第三十七章 未来の未来?(二)
再び木槌が鳴る。
「それでは、裁判を再開いたします」
今回の審理は簡素だ。
十八年前の案件。直接の被害者もいない。
だが――量刑は通常と変わらない。
簡素な裁判ではあるが、軽い裁判、ではない。
「被告人ミラの“歴史改竄”について事実の提示を行う」
裁判長の声が響く。
「タイムトラベルの最終到達地点――我らの祖星、地球の超古代時代において子孫を残した行為は、歴史改竄とみなすか否か」
空気が凍る。
「その超古代時代の人物を証人といたします」
サイトが静かに告げる。
悠斗が前に出た。
「過去の時代の証人!?そんな前例はない!タイムトラベラーということか!?」
「彼は私の事件の被害者であり、その後数奇な運命を辿り、今ここにいる。彼のタイムトラベルは本人の意思ではない」
「過去へ飛び歴史を改竄するのが違法というなら」
レナが続ける。
「彼は過去ではなく未来へ飛んでいる。違法には当たらないわよね?」
「う……む」
前例がない。
裁判長は明らかに戸惑っていた。
悠斗は一歩、踏み出す。
「裁判長。歴史改竄って言葉の定義、俺には難しくて分かりません」
だが。
「もし未来さん――ミラさんが俺の時代に帰らなかったら、ミラさんの家庭を壊すことになる。それも“改竄”になるんじゃないですか?」
「なっ!?」
「確かに、ミラさんが来なければ存在しなかった家庭かもしれない。でも――もう存在してしまった」
未来が息を呑む。
「壊す前提で歴史を守るって、それは正しいんですか?」
沈黙。
「それに、一つの家庭が歴史を変えるとは思えない。俺が結婚したら歴史が変わる? しなかったら変わる? 変わらねーよ」
ざわめきが広がる。
「ミラさんは、その時その時で自分が正しいと思ったことをしただけだ。歴史をどうこうしようなんて考えてない」
レナをちらりと見る。
「本来の時代に帰らなくて、身内に迷惑かけた。それは事実だ。でも、それは“家族の問題”だろ?」
レナは小さく頷いた。
――私はもう大丈夫。
悠斗はまっすぐ裁判長を見た。
「歴史ってのは、誰かの人生の積み重ねだろ?」
法廷が静まり返る。
「なら、ミラさんの人生も歴史だ。切り捨てるもんじゃない」
未来の目に、涙が浮かぶ。
裁判長は深く息を吐いた。
「……前例なき事例。だが、重い意見であることは認めよう」
木槌が、静かに鳴る。
審議は、最終段階へと進んだ。
判決を待つ静寂。
張り詰めていた緊張の糸が切れ、悠斗はその場に座り込んだ。
「はぁ〜!! 緊張したわぁ……」
「ゆーくん、お疲れ様。カッコよかったわよ」
「誰のせいですか。まったく……」
未来がくすくす笑う。
サイトが小声で言った。
「あの裁判長はローヴァンさんに頭が上がらない人なんだ。ローヴァンさんは『情を挟むな!!』と言っていたらしいが……あの様子なら問題はなさそうだ」
「お父さんね、口ではお姉ちゃんを怒ってたけど」
レナが続ける。
「無事だって知った時、誰よりも喜んでたのよ」
その時。
裁判長が戻ってきた。
険しい顔は変わらない。
だがどこか、先程より威厳が薄れて見えた。
「判決を言い渡す」
全員が立つ。
「被告人の行為は、歴史の改竄には該当しない」
未来が息を呑む。
「しかし、時代への定着は因果を生んだ。よって、その責任を免ずることはできない。被告人に十年の保護観察を命ずる」
さらに続ける。
「この時代と家庭のある時代、その二つの時代に存在を有し、歴史の歪みをこれ以上発生させぬこと」
「それって……どういうこと?」
未来は首を傾げる。
サイトが簡潔に説明する。
「二つの時代を行き来し、どちらの人生も歩め。ただし、これ以上歪ませるな、ということだ」
「お姉ちゃん、やったね!」
「どちらにも……帰れるの?」
未来の声が震える。
「良かった〜……やったぞ、結月」
悠斗は拳を握った。
裁判長が悠斗を見つめる。
「悠斗殿。君の言葉は、君の時代もこの時代も救う判断材料となった。あれがなければ、私は情で判決を下していたかもしれん。裁判長失格だな」
「俺は、思ったことを言っただけです」
小さく笑う。
「でも良かった。ここまで来るのに、たくさんの人の想いを受け取ってきたので……」
その時。
悠斗の身体が淡く光り始める。
「あ、もう帰る時間みたいだ」
「ゆーくん」
「未来さんを、よろしくお願いします」
「後で帰るから。結月をよろしくね」
「分かったよ。みんなで待ってる」
光が強くなる。
サイトとレナが静かに見送る。
未来が、大きく手を振る。
そして――
悠斗の身体は、現代へと帰還した。
すべてを繋いだ光を胸に抱いて。
悠斗の意識が、ゆっくりと現代へと戻る。
視界がはっきりすると、すぐ隣に結月がいた。
「……結月?」
「ゆーくん?お母さんに会えた?」
「あぁ、会えたよ。ちょうど裁判中だった」
「え!?お母さん、裁判してたの!?」
目を丸くする結月。
「タイムトラベルは違反。過去の時代で家族を作るのは歴史の改竄じゃないのか、ってさ」
「じゃあ……帰ってこれないの?」
一瞬、不安がよぎる。
「帰って来るよ。俺と違って船が必要だから準備はいるけどな」
「……そっか」
ほっとした顔。
「ゆーくん、ありがとう」
次の瞬間、結月は泣きながら悠斗に抱きついた。
「うわっ」
疲労の残る身体は、その勢いに耐えきれず――
ベッドに倒れ込む。
悠斗にとっては長い一日。
結月にとっては、短い一日。
こうして、ひとつの区切りが終わった。
・・・
翌日。
スマホが鳴る。
『家に来て』
短いメッセージ。
いつもの文面のはずなのに、どこか懐かしく感じる。
「結月か。もしかして……未来さんが帰ってきたのかな?」
七瀬、と書かれた表札。
見慣れた家。
けれど、空には黒い影。
「あれ……未来さんのお父さんの船?」
玄関を開けると、結月が出迎える。
「ゆーくん、いらっしゃい」
「あぁ。お邪魔しまーす」
「ゆーくん。昨日ぶりね」
未来が笑う。
「本当に生身で時代を飛べるのね? 凄いわね」
「何か、この家だけ非日常が日常になっちゃったね」
結月が苦笑する。
「結月も未来人の血を受け継いでるだろ?」
「実感ないよ〜」
「私、適応能力は凄いから。結月を産む頃には、すっかりこの時代仕様よ?」
「都合のいい身体ですね……」
「あら?興味ある?」
「ゆーくんのエッチ」
「何言ってんだよ、この親子は」
笑い声が広がる。
昨日までの緊張が嘘のようだ。
いつもと変わらない日常が戻って来た。
しかし――
日常になりつつあったあの非日常……四つの時代へ、再び飛ぶことは。
もう、なかった。
数カ月が過ぎていた。
非日常を越えたはずの日々も、気づけば穏やかな日常に溶け込んでいく。
「今日はお母さん、実家に帰る日なんだ」
「そうか。俺も顔出しに行くかな?」
「ズルいよね〜、ゆーくん」
笑い合う。
日常の中に、当たり前のように混じる非日常。
サイトやレナにも時折会いに行き、未来の時代とも行き来している。
だが――四つの時代へは、もう飛べない。
それでも。
その夜、悠斗は夢を見た。
光の中。
誰かが自分の身体に機械を埋め込む。
人生を変えた、あの日の光景。
(いつもの夢……の続き?)
場面が切り替わる。
学校のグラウンド。
「おーい、悠斗。元気か?約束、覚えてるんだろうな?」
瓦礫の山。
「聞こえているかしら?それなら……もう少しよ」
森の中。
「ユゥ、何してる?捧げの舞、かなり上手く踊れるようになったぞ」
城の一室。
「ユート。私たちは繋がっています。今も、これからも」
「……みんな」
目が覚める。
頬を伝う涙。
「繋がっている。まだ、みんなと……」
見えない糸は、今も確かに胸の中にあった。




