第三部 第三十五章 消えた繋がり?(三)
「俺は――あるコインを探しているんだ」
そう言って、悠斗はポケットに手を入れた。
……入れた、のだが。
「あれ? ……まじ?」
指先に触れるはずの金属の感触がない。
「落としたか!? ヤバいヤバいヤバい……!」
顔が青ざめる。
「あの……もしかして、着替える前のお召し物のポケットでは?」
「あっ」
間抜けな声が出た。
さっきまで着ていた制服のポケットに入れたままだ。
急に込み上げる羞恥。
だが同時に、強張っていた心が少し緩んだ。
「私の部屋へ向かいますか?」
「……そうだな」
二人は国王と王妃、新郎新婦へ簡単に挨拶を済ませ、会場を後にする。
エリオットも付いて来ようとしたが――
「騎士もたまには宴を楽しみなさい」
セレフィナにそう言われ、渋々残ることに。
「ユート様、ファイト!です」
「何にだよ……」
エリオットの謎の応援を背に、部屋へ。
先に悠斗が礼装を脱ぎ、制服へと着替える。
ポケットを探り――
「……あった」
小さな金属の感触。
安堵で肩の力が抜ける。
「私も着替えてよろしいですか?」
「あぁ。外で待ってる」
廊下で待機し、しばらくして。
「終わりました」
「入るぞ」
扉を開けると、いつものローブ姿。
さっきまでの華やかな装いよりも、スウェット姿よりも、どこか落ち着く。自分でも理由は分からないが、悠斗はほっとしていた。
「ユート、こちらへ」
可愛らしいソファと小さなテーブル。
二人で向かい合う。
悠斗はコインを取り出した。
「これと同じコイン、持っていないか?」
「コイン、ですか?」
セレフィナは小さな箱を持ってくる。
中には素朴なアクセサリーが並んでいた。
その中から、一枚のコインを取り出す。
「……これですか?」
差し出されたそれを、悠斗は自分の物と並べる。
同じサイズ。同じ刻印。
「同じ……だな」
喉が乾く。
「このコイン、どうしたんだ?」
「お母様に頂きましたの」
「……え?」
心臓が大きく跳ねた。
王妃から贈られた品。
もしそれが、代々受け継がれてきた物だとしたら。
悠斗の額に、じわりと汗が滲む。喉が鳴る。
ついに――
語らなければならない真実が、目の前まで来ていた。
「……大切な物、なのか?」
悠斗の問いに、セレフィナは首を横に振った。
「いいえ。この小箱は“王室の者には相応しくない”と言われてしまったアクセサリーを入れている箱ですの。私のお気に入りですわ」
「セレフィナの、お気に入り……」
宝石でも王家の紋章でもない。
ただ、自分が好きだから大切にしている物。
セレフィナはコインを指先で転がす。
「このコインは、私が幼い頃、お母様が持っていらして。宝石とは違うのに、キラキラして綺麗で……気になって仕方なかったのです」
「うん」
「欲しいとお願いしたのですが、『まだ早いわ』と」
「王妃様が……?」
(まさか、何か知っているのか?)
「その頃、私、何でも口に入れてしまう癖がありまして」
「……は?」
「飲み込むと思われたのでしょうね」
ずっこけそうになる悠斗。
セレフィナは気にせず続けた。
「ユートが初めて来られた時、結界石が必要でしたでしょう?」
「……あぁ」
「あの時、実は三日連続で召喚を失敗しておりましたの」
「三日……」
「それで、お母様がこのコインを“お守り”として渡してくださったのです」
胸がざわつく。
「お母様も、召喚士として城に仕えておりました。召喚が上手くいかない時、このコインを握ると、不思議と成功したと」
「……そうだったのか」
偶然ではない。
このコインは、代々、召喚に関わってきた。
「ユートは、このコインを探していらっしゃるのですか?」
「あぁ……そうなんだ」
セレフィナは悠斗の表情をじっと見つめる。
「事情がおありのようですわね」
逃げられない。
悠斗は深く息を吸った。
「俺の……大切な人を助けるためには、そのコインが必要なんだ」
「……そうなのですね」
「このコインと、セレフィナのコインは、お互いを引きつけ合ってる。だから、セレフィナの召喚で俺が呼ばれるようになった」
「……そうでしたの」
「そして」
喉が、焼けるように乾く。
「そのコインを俺に渡すってことは――」
目を逸らさず、告げる。
「もう、俺たちは会えなくなるってことなんだ」
静寂。
祝宴の音が、遠くにかすかに響く。
「ユートは、我が国の英雄ですわ。それは、これからも変わりません」
静かに、しかし揺るぎなく。
「セレフィナ……」
「何度も、私たちを助けてくださいました。ですからきっと……ユートは私たちだけでなく、これからも沢山の人を救う英雄なのでしょう」
「違う!!」
思わず声が荒くなる。
「俺は……たった一人の、大切な人を助けたいだけなんだ……!」
拳を握る。
「そのために、セレフィナを……みんなとの繋がりを……断ち切らなきゃならない……!」
震えが止まらない。
自分で選んだはずの道なのに、胸が裂けそうだった。
その手に、そっと温もりが重なる。
「切れませんよ」
「っ……!」
顔を上げる。
セレフィナの瞳が、真っ直ぐに悠斗を射抜いていた。
澄みきった、吸い込まれるような瞳。
偽りを知らない、まっすぐな光。
「切れ、ない?」
「ええ。切れません」
悠斗の握るコインの上に、セレフィナのコインが重なる。
二人の手が重なり合う。
魔力を感じられないはずの悠斗にも、分かった。
そこから、確かに温かな光が溢れている。
「一度繋がった絆は、切れることはありませんわ」
柔らかい声。
「ユートが切りたくても、私が切らない限り、繋がったままです」
「……そう、だよな」
絆は、物ではない。
目に見えない糸のようなもの。
時代を越えても、世界を越えても。
一度結ばれたなら、消えはしない。
会えなくなったとしても。
「それに」
セレフィナは、ぱっと笑った。
「私たちは、また会えますよ!!」
その笑顔は、眩しいほどに輝いている。
悠斗の脳裏に、重なる顔。
ユイ。
カナエ。
ノア。
――思い出す。
あの時の、最後の会話を。
・・・
ユイ。
「意地悪な質問しちゃったな」
「そんなことないよ」
「ま、私と悠斗は切っても切れない関係だ!」
「え?」
「ったりめーだろ!!私が悠斗のこと忘れない限り、テレポートで呼び出してやるよ!」
「ユイ……」
「絶対、また会えるぜ!悠斗!!」
不安なんて欠片も見せない、強気な笑顔。
あの笑顔が、どれだけ救いだったか。
・・・
カナエ。
「俺は、強くないよ。本当はカナエとの関係を繋ぎ止めたいって思ってる」
「あははは。何言ってるんだ?カナエとユゥは、ずっと繋がったままだぞ」
「カナエ……」
「それにな、カナエの捧げの舞は母ちゃんに比べたらまだまだだ」
「え?」
「母ちゃんと同じ舞ができたら、またユゥを呼んでやるよ!」
満面の笑みで踊る、全力の捧げの舞。
別れじゃない、と言わんばかりに。
・・・
ノア。
「決意、というより選択肢がなかっただけだよ」
「あなたの表情は、そうは言っていないわ」
「ノアとの関係より、別の大切な人を選んだだけだ」
「あら?選ばれなかった私との関係は終わりかしら?」
「え?」
「私は悠斗との関係を胸に生きていくの。終わりなんてないわ。この世界と同じように、ね」
「ノア……」
「それに、私の勘が言っているわ。また、あなたと出会える、と」
滅びゆく世界を照らすような、眩しい笑顔。
・・・
誰もが言った。
終わりじゃない、と。
繋がりは、消えない、と。
そして今。
セレフィナもまた、同じように笑っている。
悠斗は、ゆっくりと目を開いた。
「……本当に、みんな強いな」
いや。
強いのではない。
信じているのだ。
再び、出会える未来を。
ユイからコインを受け取った時。
カナエから受け取った時。
ノアから受け取った時。
――今と同じ、温かい光を感じた。
セレフィナは、悠斗の固く握った拳をそっと開く。
「ユート。これを」
掌に置かれた、彼女のコイン。
「セレフィナ……」
「これで、大切な人を助けてあげてください」
「……分かった。ありがとう」
重なる温もり。
次の瞬間、悠斗の身体が淡い光に包まれる。
別れではない。
そう信じて、光を受け入れた。
――意識が、現代へと引き戻される。
・・・
「……結月?」
「ゆーくん!!」
飛び込んできた声。
悠斗の手には――
五枚のコインが、確かに握られていた。




