第三部 第三十一章 消える繋がり?
タイムパトロールの船。
それは悠斗が各時代で幾度も見かけた、あの黒い影だった。
空に滲むように現れ、消えていく、不気味な存在。
サイトがかつて追っていたタイムトラベラーの痕跡を、執拗に追跡していた船。
そして――ついに現代へ。
「未来さんは、ここにいるのか?」
悠斗の問いに、サイトは首を振る。
「それは分からない。だがな」
静かな声が、重く響く。
「俺がかつて追いかけていた人物。それが“結月という娘の母親”だった」
「……そう、だよな」
予感はあった。
未来がタイムトラベラー。
本来、サイトが捕らえるべき対象。
それを取り逃がした結果――悠斗は死に、ポータルを埋め込まれた。
「それでな、レナ」
「なに?サイトおじさん」
「その“未来”という人物を詳しく調べた」
レナが首を傾げる。
「……ミラだった」
空気が止まる。
「え?」
レナの目が見開かれる。
「お姉ちゃん!?」
「は?」
悠斗も声を失う。
「俺がミラに最後に会ったのは、ローヴァンさんが戻って来なくなった時だから、ミラが15歳、レナが13歳の時か?気付けないよな、流石に」
「未来さんが……レナの姉?」
「なんでよ!?悠斗の時代で家庭持ってるの?」
悠斗はレナの顔をよく見てみた。若い頃の未来と似ていることに今更気付いた。そして、頭を抱えた。
(未来さん。本名ミラで未来人で、現代名が未来って……察して欲しすぎだろ!!)
「だから、ミラはこの時代にはいない」
サイトは続ける。
「本来の時間軸は――」
レナが固唾を飲む。
「今から約十年後だ」
「十年後!?」
「レナ、今いくつだ?」
「レディに年齢聞く?モテないわよ?」
「今はそんな話をしていない。そして、モテモテだ」
「……二十四よ」
「え?子どもっぽいから同い年かと」
ギロリ、と睨まれた。
「俺の調査では、ミラは現代で十八年過ごしている」
サイトは淡々と言う。
「つまり三十六歳だ」
「……二歳差だったのに」
レナの声が震える。
「私は八年も待ってるのに……まだ、あと十年も待つの……?」
悠斗は拳を握る。
「サイト!!十年も待てない!!今すぐどうにか出来ないのか!?」
サイトは一瞬、考え込んだ。
「行く方法……か」
「あるのか?」
「俺やレナは未来へは飛べない」
だが、と視線が悠斗に向く。
「お前なら――飛べるかもしれない」
サイトは無言で端末を取り出し、レナの家の大型モニターへ接続した。
無数の数値が、青白い光の中に浮かび上がる。
「まず、俺がタイムトラベラーの痕跡を見つけた時の調査結果だ」
悠斗には、正直ほとんど分からない。
「ここを見ろ」
サイトが一部を拡大する。
「本来なら、船の座標と時間軸の記録が残る。しかし違法トラベラーは痕跡を消す」
モニター上の数字が、ふっと消えた。
だが――。
別の位置に、先ほど消えたはずの数字が、一部伏せられた状態で表示される。
「……不自然だろ?」
「わざと隠してる、ってことか?」
「痕跡消去が完全ではなかった。別の領域に“滲んだ”」
「しかも伏字だらけじゃねぇか」
「だから正確な座標には飛べない」
サイトは淡々と続ける。
「だが、近い場所、近い時間軸なら可能だ」
画面が切り替わる。
「……俺の時代?」
「そうだ。俺が最後に追った座標だ」
微妙にズレた数値。
「座標が合わず対象を探し回り、時間軸も合わなかった。その結果、ミラが来た時期より八年も経った後の時代へ、俺は来た」
「八年……」
レナが呟く。
「俺が七歳の頃……」
悠斗の胸がざわつく。
「そしてな」
サイトが静かに言った。
「悠斗。お前が最初に時代を飛んだ“きっかけ”を覚えているか?」
「……え?」
映し出された映像。
結月の家の前。
未来にオカズの容器を返す場面。
「あ……そうだ」
思い出す。
「未来さんからお裾分けをもらって……袋の中に――」
「これだろ?」
サイトが取り出したのは、一枚のコイン。
「それ!!」
悠斗の鼓動が跳ねる。
「袋に入ってて、触った瞬間に……!」
「このコイン……!」
レナが顔色を変える。
「小型座標消去機!?しかも裏ルート流通の劣化版じゃない!」
「やはりな」
サイトが目を細める。
「ミラはこれを所持していた。どこで手に入れたのかは不明だが」
「……ちょっと待て」
悠斗の思考が追いつかない。
「つまり、どういうことだよ?」
サイトは、はっきりと言った。
「お前が時代を飛ぶようになった“きっかけ”は」
一拍。
「ミラが持っていたそのコインに、触れたからだ」
三人は、机の上に置かれたコインを見つめていた。
小さな金属片。
だが、その重みはあまりにも大きい。
「悠斗のナノマシンが、ポータルとしての機能を取り戻した瞬間だな」
サイトが静かに言う。
「ポータル……」
悠斗は無意識に胸――心臓の辺りを押さえた。
「ここからは俺の推測だ」
サイトは続ける。
「お前が飛ぶ時代には、必ず“お前を呼ぶ者”がいたはずだ」
「……セレフィナ。カナエ。ノア。ユイ」
四人の顔が脳裏に浮かぶ。
「その四人は恐らく――“コイン”を持っている」
「なっ!!」
「断定は出来ない。偶然の可能性もある。だが」
サイトはコインを指で弾いた。
「このコインの元座標同士が、互いに引きつけ合って、繋がった」
「繋がる?コインで?」
「座標情報が、な」
「まぁ」
レナが腕を組む。
「悠斗がここに来るのも、お姉ちゃんのポータルに惹かれたからだもんね。時間軸は違うけど」
「俺はローヴァンさんの物だと思っていたが……なるほど」
サイトは小さく息を吐く。
「全て、ミラの持ち物で繋がっていた可能性がある」
三人の視線が、机の上のポータルへ向かう。
ミラの物。
「……で、結局どうするんだよ」
悠斗の声は低い。
「各時代に存在するコインを解析し、製造元の時間軸を割り出す」
「それを?」
「悠斗のポータルに記憶させる」
一瞬の沈黙。
「未来さんの所に……飛べる!!」
胸が高鳴る。
「でも」
レナが、ぽつりと言った。
「サイトおじさんの推測が正しければ、コインを回収したら……その時代には、もう飛べないよね?」
「……ぁ」
悠斗の呼吸が止まる。
「繋がりが断たれるからな」
サイトは否定しなかった。
「座標の引力は消える」
「繋がりが……なくなる?」
悠斗は、言葉を反芻する。
人との繋がりを、何より大切にしてきた。壊れないように、慎重に。仮にもし壊れても、努力すれば修復できる。
そう信じてきた。
だが今回は違う。
物理的に――会えなくなる。
セレフィナも。
カナエも。
ノアも。
ユイも。
「……」
拳が震える。
「悠斗……」
サイトの声は、珍しく柔らかかった。
七歳の頃から観測してきた少年。
その性格も、恐怖も、よく知っている。
これは――悠斗にとって、あまりにも残酷な選択だ。
未来へ行くために。
今の繋がりを、手放すのか。
部屋の空気が、重く沈んだ。
悠斗は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に迷いはなかった。
「比べるまでもなかった」
静かに、はっきりと。
「結月と未来さんの繋がりと、俺の“本来繋がらなかった”時代を超えた繋がり。どっちが大切かなんて、決まってる」
「悠斗……」
サイトが目を細める。
「コインを五枚、集めればいいんだな?」
「あぁ。座標解析は俺がやる」
「私との繋がりはなくならないでしょ?」
レナが肩を抱き寄せる。
涙を流しながらも、無理やり笑っていた。
「お姉ちゃんが無事なら、私は十年待てる。でも長すぎるから、悠斗は私に会いに来ること!」
ぐしゃぐしゃと髪をかき回される。
年上ぶっているが、泣き顔はまるで年下だ。
「……ありがとな、二人とも」
胸の奥が、温かい。
「あの結月という娘」
サイトがぽつりと言う。
「お前にとっての救いだったな。俺も、あの娘に救われた。お前に抱いていた罪悪感を、あの娘が軽くしてくれた」
「あぁ」
悠斗は頷く。
「その結月が待ってる。行くよ」
「頑張れよ」
「悠斗なら大丈夫だよ」
二人に見送られながら、光が身体を包む。
――。
ソファの感触。
隣にいる、いつもの温もり。
握られた手。
視界がゆっくりと戻る。
「……結月?」
「ゆーくん?どう?」
結月にとっては、一瞬目を閉じただけ。
不安を押し殺しながら、答えを待っている。
「……落ち着いて聞いてほしい」
悠斗は、まっすぐに見つめた。
「未来さんは、タイムトラベラーだ。遥か先の時代から過去のこの時代に来ていた人だった」
「え……?」
その時。
玄関の開く音。
「結月!?」
「お父さん!?」
リビングに入ってきた父誠司は、静かな表情で悠斗を見た。
「悠斗くん」
低く、重い声。
「君は、未来がこの時代の人間ではないと……信じるのかね?」
「……え?」
なぜ、会話を。
戸惑う悠斗に、誠司はテーブルの上を指さした。
「結月。通話を切り忘れていた」
そこには、通話中のままのスマホ。
「たまたま、聞こえてきたんだよ」
部屋の空気が、張り詰める。
真実は、もう隠せない。




