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第三部 第三十章 消えた未来?

 悠斗と結月は、一日中あてもなく街を歩いていた。

 ショッピングモールを冷やかし、書店に寄り、コンビニでアイスを買って――ただ、それだけ。

「ゆーくん、この映画観た?」

 結月がポスターを指さす。

「気にはなるけど、観てないな。どうせそのうち地上波でやるだろ」

「またそれ? 面白かったら、いっつも後悔するじゃない。“映画館で観ればよかった〜”って」

「そうか?」

 ポスターに描かれているのは、荒廃した世界で懸命に生きる人々の姿。

 悠斗は、無意識に目を細める。

(まさか……ノアの世界の話、じゃないよな)

 ユイの時代での体験が、妙に感覚を鋭くさせていた。

 夕方。

 結月を家まで送り届ける。

「ありがとう、ゆーくん」

「いいってことよ。……あれ、未来さんは?」

 いつもなら玄関先で出迎えてくれる未来の姿がない。

 結月も首を傾げる。

「出かける予定は聞いてないけど……そのうち帰ってくるでしょ」

「だな。じゃ、またな」

 手を振り、悠斗は自宅へ向かう。

「ただいまっと」

 返事のない家。

 今日は両親は不在、妹も部活で遅い。

(悠宇はもう少しで帰るだろうし、母さんは夜勤明けで腹空かせてるはずだしな)

 エプロンを着け、台所に立つ。

 包丁の音が、静かな家に響く。

 三人分の夕飯を、手際よく作り始めた。


 玄関が開く音とともに、悠宇が帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえり。手、洗えよ」

 二人で並んで夕飯を食べる。

 何気ない会話、テレビのバラエティ、笑い声。

 ――普通の夜。

 それが、どれだけ尊いものか。

 部屋に戻ったのは、もうすぐ二十時という頃だった。

 その時、スマホが震える。

「……メッセージじゃない? 誰だ?」

 画面に表示された名前を見て、少し驚く。

「結月?」

 あいつが電話なんて、珍しい。

 通話ボタンを押した瞬間、耳に飛び込んできたのは、切羽詰まった声だった。

「ゆーくん!!お母さん、見なかった!?」

「え?未来さん?見てないけど……」

「帰ってこないの!あの後、一度も!」

 あの後――。

(俺が、結月を送ってから……?)

 胸の奥がざわつく。

「どうしよう……何かあったのかも……」

「オヤジさんは?」

「近所を探してる。私は家にいなさいって……帰ってくるかもしれないからって」

 不安で震える息遣いが、受話器越しに伝わる。

「分かった。俺も探す」

「ゆーくん、家に来て!!怖いよ……お願い……」

 迷いはなかった。

「……分かった。すぐ行く。一回切るぞ」

 スマホを切り、階段を駆け下りる。

「悠宇、ちょっと出てくる!」

「にぃ?どこ行くのさ?」

 答える余裕もなく、家を飛び出す。

 夜風が冷たい。

「結月……」

 走りながら、もう一度スマホを取り出す。

 コール音。すぐに繋がった。

「悠斗?こんな時間に珍しいな」

「陸!!」

 息を整える暇もない。

「今日、夕方から未来さん見なかったか!?」

「未来さん?いや……見てないけど。何かあったのか?」

「帰ってこないらしい。詳しくは分からない。でも俺、結月の側に行く。だから――」

 一瞬、言葉が詰まる。

 誰かに“頼る”こと。

 それは、悠斗にとって簡単なことじゃなかった。

「陸」

「……ああ」

「未来さんを探してくれ。頼む!!」

 声が震える。

 これほど重い願いを、他人にぶつけたことはなかった。

 人間関係が壊れるのが怖かった。

 だからいつも、自分が動く側に回った。

 “手伝う”ことで、繋ぎ止めてきた。

 けれど今は違う。

 結月のために。

「分かった。任せろ」

 陸の即答に、胸が熱くなる。

「ありがとな……!」

 通話を切り、悠斗はさらに速度を上げる。

 今は、自分の不安も体裁もどうでもいい。

 ただ一つ。

 ――結月を、一人にしない。

 その思いだけで、夜の街を駆け抜けた。


 結月の家の前に着いた瞬間、玄関灯の下に立つ小さな影が目に入った。

「結月!?」

「ゆ〜くんっ!!」

 次の瞬間、結月は駆け寄り、そのまま悠斗の胸に飛び込んできた。

 肩が震えている。

「お母さ〜ん……っ」

 幼いころから、ずっと隣にいた。

 泣き虫だった時期も知っている。

 それでも――。

 こんなふうに、取り乱して泣く結月を見るのは初めてだった。

「大丈夫だ」

 悠斗はそっと背中をさする。

「家に入ろう」

 二人は靴を脱ぎ、リビングへ。

 ソファに並んで座ると、結月はようやく少しだけ落ち着いた。

「陸に、未来さんを探してもらうよう頼んだから」

「ぐすっ……りっくん?」

「あぁ。ちょうどメッセージが来てる」

 スマホを開く。

 ――“サッカー部全員に声かけた。悠斗の頼みなら断れないってさ。それに未来さんのためなら、って。今、街中探してる”

 胸が熱くなる。

「サッカー部みんなで探してくれてるって。未来さん、人気あるからな」

「……ゆーくんの頼み、だからでしょ?」

 結月は潤んだ目で見上げる。

 無理をしていることに、気づいている目だった。

 でも同時に、知っている目でもあった。

 悠斗が積み重ねてきた関係は、そんな簡単に壊れないことを。

 その時、結月のスマホが鳴る。

「お父さんから……」

 結月の父、七瀬誠司。たまにしか会わないが、とても良くしてくれる、悠斗にとっても父親みたいな存在だ。

 震える指で通話を取る。

「もしもし?お母さんは見つかった?」

 数秒の沈黙。

 結月の表情で、答えは分かった。

「……うん。こっちにも帰ってきてない。……え?分かった」

 スマホをテーブルに置く。

「誠司さん、何だって?」

「お母さんの部屋、見てほしいって。書き置きとか、あるかもしれないからって」

「……そうか」

 一瞬、ためらう。

「俺は入らない方がいいよな?一人で行くか?」

「ゆーくんなら、大丈夫」

 結月は小さく首を振った。

「一緒に来て」

 その一言に、迷いはなかった。

「分かった」

 二人は立ち上がる。

 廊下は、妙に静かだった。

 未来の部屋の前で、結月が深呼吸をする。

 そして、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

 カチャリ――。

 小さな音が、やけに大きく響いた。


 未来の部屋は、静まり返っていた。

 荒らされた様子はない。

 ベッドも机も、本棚も、きちんと整えられている。

「……何も、ないよね?」

 結月の声は、不安で細い。

「書き置きとか、メモっぽいものは……見当たらないな」

 二人で机の上や引き出しを確認する。

 だが、それらしいものはどこにもなかった。

 ――その時。

「……!?」

 悠斗の視線が、机の中央で止まる。

 そこに置かれていたのは、この時代にあるはずのない異質な物体。

「これ、何だろう?」

「……ポータル?」

「え?」

 結月が目を丸くする。

「レナの部屋にあるのと、同じ形だ」

 細長い杭のような装置。

 見間違えるはずがない。

「レナって……ゆーくんが話してくれる、未来人の?」

「そう。でも、なんで未来さんの部屋に……」

 胸騒ぎが強くなる。

「レナって子が、何か知ってるかも?」

 結月の言葉に、悠斗は決断した。

「……結月。レナに会いに行ってきていいか?」

 一瞬の沈黙。

「……いいよ」

 結月は、小さく頷いた。

 二人はリビングへ戻り、ソファに並んで座る。

「すぐ戻る」

「うん」

 その直後、悠斗の身体が淡く光り始めた。

 ――視界が、真っ白に塗りつぶされる。

 それでも、ソファの柔らかさだけは妙に鮮明だった。

(……柔らかいな)

 次の瞬間。

「ん?」

「降りろ〜!!」

 視界が戻ると、悠斗は横になっているレナの腹の上に座っていた。

「あ、ゴメン」

 慌てて降りる。

 レナは寝起きのまま、スウェットに乱れた白衣を羽織っている。

「で? 今回は何しに来たの?」

「サイトが来るはずだ。その時に話す」

 悠斗は落ち着いていた。

 この時代にいる間、現代の時間は止まっている。

 ならば、徹底的に調べるべきだ。

 ビーが用意した甘い飲み物を口にした、その時。

 ピンッ、と音が鳴る。

 エリスティアがサイトを招き入れた。

「サイト」

 悠斗は真っ直ぐ問いかける。

「何か見てないか?」

「俺は基本的に、お前の周囲しか観測できない」

 サイトは静かに続ける。

「だが……」

「ん?」

「タイムパトロールの船の電波は観測した」

 一瞬、空気が凍る。

 悠斗は小さく息を吐いた。

「……やっぱり、か」

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