第三部 第二十九章 読書の日々?
気づけば、悠斗は図書館に立っていた。
いや――立っている、というより“飲み込まれている”に近い。
本棚。本棚。本棚。
見上げても、見渡しても、果てが見えない。
一つの棚を端から端まで確認し終え、悠斗は大きく溜息をついた。
その隣の棚。
さらに隣。
そのまた隣。
終わらない。
「どんだけ本があるんだよ!?見つけられるわけねーだろ!!」
ジャンルは絞っている。
“ファンタジー”。
だが、その中だけでも異様な冊数だ。
「この『魔法王国の剣士』ってタイトル……ファンタジーで“魔法”が付くの、どんだけあるんだよーっ!!」
ついに床へと大の字に倒れ込む。
高い天井。
塔のようにそびえる本棚。
上段は脚立でも届かない高さにある。
「あれ、どうやって取りに行くんだよ……まったく」
現代の図書館とは比較にならない蔵書数。
広さも、天井高も、スケールが違う。
静寂の奥から、コツ、コツ、と足音が近づいてきた。
「悠斗、見つかったかー?」
ツインテールを揺らしながら、ユイが現れる。
「ユイ、どうなってんだよ、この図書館。広すぎだし、本多過ぎだし、本棚デカすぎるし」
「今日は司書の能力者がいないからな。自力で探すしかないんだよ」
「何だよ、その“司書の能力”って」
「本の場所を一瞬で把握して、空間ごと最短ルートに並び替える能力」
「何それ怖い」
つまり今は、そのチートが不在というわけだ。
悠斗が探しているのは――
(ユイが最近ハマっているファンタジー漫画、だそうだ)
「チッ!!続きが気になって夜も眠れねーから探しに来たんだけどよ、悠斗でもダメか」
腕を組み、不満げに唸るユイ。
(テレポートで一冊の本を召喚しようとしたら俺が来た、って事は……手伝わない訳にはいかないよな)
完全に巻き込まれ事故だが。
「探せるわけねーだろ、こんなの!!」
再び天井を見上げる。
無限にも思える本の海。
背表紙の文字が細かく並び、視界がチカチカする。
静かな空間に、自分たちの声だけがやけに響く。
悠斗は腕で目を覆い、思考を巡らせた。
(待てよ……能力がないなら、方法を変えるしかない)
キーワード。出版年。著者名。
あるいは――
ゆっくりと起き上がり、ユイを見る。
「なぁ、その漫画の作者、覚えてるか?」
「……あ」
ユイの表情が固まった。
「タイトルしか覚えてねー」
「だろうな!!」
広大な図書館に、悠斗の絶叫が虚しく響き渡った。
途方に暮れながらも、
それでも――どこか楽しそうな自分がいることに、悠斗は気づいていた。
「ユイ。続きってことは、今は前の巻を持ってるのか?」
「あるぞ。ここにな」
得意げに差し出された一冊。
悠斗はそれを受け取り、冷静に表紙をめくる。
「作者は……エンバー=フロウ……ペンネームだよな」
いかにもそれっぽい響きだ。
ユイの時代はファーストネームしかないのにファミリーネームがある、時代が変わっても“それっぽさ”を求める感覚は同じらしい、と妙に納得する。
「作者名で探そう。作者別の棚は……あっちか」
「お、行こう行こう」
ジャンル別エリアから作者別エリアへ。
同じ建物内とは思えない距離を歩く。
ユイは悠斗の周りをくるくる回りながら、落ち着きなく進む。
「何が面白いんだ?俺も漫画好きだから読んでみたい」
「お?興味あるか?いいぞ。これはな――ある王国の剣士の話、だ」
「おう」
「その剣士は、その王国の王子様なんだよ。かっけーだろ」
「すげーあるある設定だな」
「だと思うだろ? でもな、その王子はどんな厳しい戦争でも生きて帰って来るんだよ」
「まぁ物語だしな。死んだら終わる」
「この王子様、死亡フラグ立てまくって毎回死にそうになるんだ。それでも無事帰還する。その展開が毎回秀逸なんだよ!」
「ん?」
悠斗の足が止まる。
――どこかで聞いた話。
脳裏に浮かぶのは、明るい茶髪の青年の姿。
(セレフィナの兄……レオネル)
「死亡フラグ、王子……?」
(いや、まさかな。ここはセレフィナの時代よりも昔だ)
だが胸の奥が、妙にざわつく。
「次の巻は『結婚式編』なんだよ。胸熱だろー。気になって仕方ねーよ」
「結婚……式?」
悠斗の声がわずかに低くなる。
「ユイ。その前は?」
「お? 最初の盛り上がりは『長期遠征編』だな。過酷な遠征で薬草が必要なのに手に入らないまま出発するんだ。誰もが絶望する中、王子様はボロボロで帰ってくる。アツいだろー?」
「……そ、そうだな」
背筋に冷たいものが走る。
(薬草は……渡したよな?俺が)
あのとき確かに、必要な薬草は間に合ったはずだ。
それなのに“手に入らなかった”?
(まさか……俺が召喚されなかった時間軸の話、なのか?)
偶然にしては出来過ぎている。
悠斗は手にした本の表紙を見つめる。
そこに描かれた王子の姿は――
どこか、レオネルに似ている気がした。
巨大な図書館の静寂が、急に重く感じられる。
物語だと思っていたものが、
もし“記録”だとしたら――。
悠斗は無意識に唾を飲み込んだ。
「次は『妹の生誕祭編』だな。王女でもある妹の生誕祭が迫る中、国境に敵国が攻めてくる。王国最大の防衛戦の話だ」
「……セレフィナ!?」
思わず声が裏返る。
「なんだよ。悠斗も読んでたのか?」
「え?」
「妹の名前だよ。『セレフィナ・エル・アロウディム』。可愛いんだよなぁ」
ユイは頬を緩ませる。
「この妹の隣にはな、うっかり者の騎士見習いと、精霊と、冴えない若い執事がいるんだよ。このメンバーが物語の癒し、ってわけ」
「っ!!」
鼓動が跳ね上がる。
(名前が同じ……。冴えない若い執事? まさか、俺か?)
喉がひどく乾く。
ユイは楽しそうにあらすじを続けるが、悠斗の耳にはほとんど入ってこなかった。
やがて、作者別の本棚へと辿り着く。
「エンバー=フロウ、エンバー=フロウ、エンバー……」
「あー!!」
「あったか!?」
思わず身を乗り出す。
「貸出中……」
ぽつり、と。
ユイの肩ががっくり落ちた。
数秒の沈黙の後、盛大なため息。
「なんでだよぉぉ……」
半泣きのユイをなだめながら、二人は図書館を後にする。
外気に触れても、悠斗の胸騒ぎは収まらない。
(エンバー=フロウ……何者なんだ?)
偶然にしては、出来過ぎている。
(まさか、タイムトラベルして来た未来人が、この時代に本を残した……?)
そのとき、ふと脳裏に蘇る声。
「意外といるニャ。みんな、気付いてないだけで」
ニャルの、あの意味深な笑み。
(……いるんだな。未来人)
可能性は、ゼロじゃない。
「あんだけ本があって、何で借りる本が被るんだよ!! ったく、ついてねーな」
ユイは地面を蹴る。
「流行ってるのか?そのファンタジー」
「今はファンタジーだけどな」
ユイは空を見上げる。
「私たちの力は研究されてるんだよ。解明されたら現実になるぞ。魔法が使える世界。楽しみじゃねーか」
無邪気な笑み。
遠い未来の話――だが、確実に近づいている。
その瞬間。
「……!」
悠斗の視線が空へ跳ね上がる。
黒い影。
翼のような輪郭。
高く、静かに滑空し――
やがて雲の向こうへ消えた。
(ここにも……来たのか)
胸の奥が冷たく締めつけられる。残すは現代…………。
巨大な図書館を振り返りながら、悠斗は小さく呟く。
(探したら……他の時代の物語も、本になっているのかな?)
もしそうなら。
自分たちの未来も、すでにどこかに記されているのかもしれない。
だが――。
「探せるわけ、ないか」
あの規模だ。
一生かけても足りない。
「そうだな。次は司書がいる時にするよ」
「何人もいるのか?」
「司書の能力者は一人だけだ。他のエリアに似た能力者、いねーかな?」
「戦闘向きじゃないからなぁ……探すのは難しそうだ」
「能力者を探す能力者とか、能力を調べる能力者でもいいけどな」
「そんな能力者がいたら、そいつに司書やらせろよ」
「へ?」
きょとん、とするユイ。
悠斗も両手を広げて「自分でも言っててよく分からん」というポーズを返す。
どこか緊張がほぐれ、二人は並んで歩く。
「あの図書館でコーメーも知ったのか?」
「おぉ。コーメーはリュービに仕えた軍師でな、主人公のリュービより人気あるぞ。私は断然リョフだな。アイツはつえー!!」
熱弁が止まらない。
本は借りられなかったはずなのに、ユイは満足そうだった。
やがて、空間が淡く光り始める。
帰還の時だ。
(今回の目的は……未来人の描いた本の存在を、俺に気付かせるため? それとも――黒い影を見せるためか?)
胸の奥に不安が広がる。
サイトやレナの時代の船は、悠斗が飛べるすべての時代に姿を見せていた。
ならば――。
「残すは……現代」
光が強まる。このまま、何も起こらないことを願って……。




