第二部 第十七章 確信する未来?(一)
気づけば、現代に戻っていた。
布団の中。
寝ている最中に召喚されたらしく、身体はそのままだ。
枕元のスマホを確認する。
「……深夜二時?」
日付は、8月3日。
「時間軸……」
ふと、思い出す。
レナに聞かれた問い――「来る瞬間は、いつだったか」。
その時、悠斗は8月2日と答えた。
「ちょっと間違えたら……別の時間軸、か」
ここが本当に、自分がいるべき“現在”なのかは分からない。
けれど、不思議と不安はなかった。
「……寝よう」
目を閉じると、意識はすぐに沈んだ。
翌朝。
スマホの振動で目を覚ます。
「ん……?」
画面に表示されていたのは、短い一文。
『家に来て』
「……っ!」
悠斗は跳ね起きた。
時計を見ると、すでに十時を回っている。
「(結月……早く会いたい)」
慌てて準備を済ませ、部屋を飛び出す。
「おはよう。いってきます」
「にぃ! ご飯は?」
「悠斗、いってらっしゃーい」
「……気を付けて行ってこい」
「悠宇、ゴメン。急いでるんだ!」
走る。
途中、ランニング中の陸とすれ違った。
「悠斗!? そんな慌ててどこ行くんだよ」
「悪い、急いでる!」
陸は何かを察したように、それ以上は聞いてこなかった。
昨日あれだけ身体を動かしたはずなのに、足は軽い。
「……結月」
家の前に立ち、声を上げる。
「結月!!」
玄関が開いた。
「ゆーくん、やっと来た〜。何? 寝てた?」
「あぁ……寝てた」
「もう。何時だと思ってるのよ。ほら、入って」
「うん」
家の中に通され、用件を聞く。
「今日は何の用だ?」
「旅行に行ってたから、お土産あげる」
「旅行?」
「そうだよ? あれ、言ってなかったっけ?」
「……」
最近、考え事が多すぎた。
聞き逃していたのかもしれない。
「すまん、忘れてた」
「なにそれ。変なの〜」
そのやり取りが――
ひどく懐かしく感じられた。
「……じゃ、そろそろ帰るよ」
「うん。またね」
家を出て、すぐの角を曲がる。
そして――悠斗は、立ち止まって後ろを振り返る。
「そういえば、いつもこの道を通ってきたけど……遠回りだよな?……」
見慣れているはずの場所。
けれど、違う何かが引っかかっていた。
再び、セレフィナに召喚された。
用件は、相変わらずの雑用。
だが――今回は、悠斗に別の目的があった。
「セレフィナ。アロウディム王国の歴史って、調べられる?」
「歴史、ですか?」
セレフィナは少し首を傾げる。
「国の歴史は長いですので……」
「じゃあさ。国が出来た時とかは?」
「そうですわね……確か、この大陸はいくつもの国に分かれておりました。それを一つに統一されたのが、アロウディムですわ」
「統一、か。よくある歴史っぽいな」
「歴史の勉強、エライエライ〜」
ルクルがぱたぱたと飛び回る。
そこへ、エリオットが思い出したように口を挟んだ。
「確か……最大で、二十六のエリアに分かれていた、と記されていましたよね。歴史書には」
「……エリア?」
悠斗は思わず声を上げた。
「そうですわ。エリアAが中心となって統一をなされて、そのアルファベットから“アロウディム”と名付けられたのです」
「……本当か、それ?」
「本当ですわ。ですから、我が国のエンブレムも――その時から変わっておりません」
そう言って、セレフィナは胸元を指差した。
悠斗は、そこに輝く紋章を、顔を近づけてじっと見つめる。
確かにそれは、Aの文字を意匠化したものに見えた。
「ユ、ユート……そ、そんなに見られると……恥ずかしい、ですわ」
「あっ、ゴメン!」
慌てて視線を逸らす。
侍女は両手で顔を覆っていたが、指の隙間からはしっかりとこちらを観察していた。
「……エリアAと、アロウディムが繋がった」
悠斗は、小さく呟く。
その一致が、ただの偶然とは――
どうしても、思えなかった。
次に悠斗が召喚されたのは、深い緑に包まれた場所だった。
風に揺れる木々の音。土と葉の匂い。
大木の前で、ひとりの少女が舞っている。
カナエだった。
祈りにも似たその舞は、何度見ても飽きない。
悠斗がそれを眺めていると、カナエはふと視線を上げ――すぐに気付いた。
「ユゥ!」
駆け寄ってきたかと思うと、そのまま勢いよく抱きついてくる。
「最近来ないから、心配したぞ」
「ごめんな。色々あったんだよ」
「イモイモ? さすが恵みの使者だな。食べ物の話ばっかりだ〜」
「……いいから、村に案内してくれよ」
「オッケ〜!」
「ギャギャ」
気付けば、足元にはポコもいた。
いつの間に来たのか分からないのも、いつものことだ。
「じぃちゃん、ユゥ来たぞ〜!」
「おお……よく来てくださいました。ユゥ殿」
「お久しぶりです、村長」
村長オウゲンの家に入り、悠斗の視線は自然と一点に吸い寄せられた。
以前、荷物整理の際に見せてもらった――「神の声」が聞こえたという機械。
カナエに呼ばれた以上、最優先で確かめるべきものだった。
「村長。お願いがあるのですが……」
「はて?」
「以前見せてもらった、『神の声』が聞こえたという機械を、もう一度見せてもらえませんか?」
村長は一瞬、言葉を切り――やがて、ゆっくりとうなずいた。
「……よろしいですぞ。どうぞ」
招かれ、目の前に置かれたその機械を見た瞬間、悠斗は息を呑んだ。
「これは……」
(ノアの世界で見た物と、同じ形。
それに、このエンブレム……)
確信に近いものが、胸の奥で形を持つ。
「村長。この機械の近くに、光る石はありませんでしたか?」
「光る石、ですか……覚えておりませんな。何せ土に埋まっていたもので。もしかすると、一緒に埋まっていたかもしれませんが……」
悠斗は静かに息を整える。
(魔法石は確認できなかった。だが――)
(セレフィナの世界、カナエの世界、ノアの世界、ユイの世界。
そして、俺の世界も……確かに、繋がっている)
点は、少しずつ線になり始めていた。
オウゲンの家を後にすると、悠斗はカナエに手を引かれ、そのまま彼女の家へと向かった。
中に入ると、珍しく二人の姿が揃っていた。
普段は狩りで村を空けがちなタケルと、つい先ほど「捧げの舞」を終えたばかりなのだろう、息を整えているミナ。
「お邪魔します」
「ユゥが来たぞ」
「あら? 久しぶりね〜」
「ユゥ。ここはもう、お前の家みたいなもんだ。遠慮するな」
「とーちゃんは、せっかちだな」
「あははは……」
タケルとは、最初の召喚の時に顔を合わせただけだ。
こうして腰を落ち着けて話すのは、これが初めてだった。
「今日は、狩りではないんですか?」
「ユゥが何かと恵みをもたらしてくれるからな。そこまで無理して狩りに出なくても、回るようになってきた」
「ユゥは恵みの使者様だからな」
「だから、使者じゃないって」
笑いながらも、悠斗は意識して話題を広げていた。
この世界と、他の世界を繋ぐ手掛かりがないか――探るために。
「狩りの場所とか、次に移る村の場所って、どうやって決めているんですか?」
「恐竜にも獲物にも、『縄張り』があってな。狩りなら獲物の縄張りの中。村を作るなら、恐竜の縄張りの外だ」
「……縄張りって、分かるんですか?」
「分かる。だが……説明は難しいな。ぼんやりと、色で見える」
「全然分かんねー」
「危険な縄張りは、うっすら赤く。獲物の縄張りは青。大地の恵みが強い場所は、緑、だな」
(……この人、何か能力を持っているのか?)
「オヤジ以外は、みんなカナエと同じ反応をする」
「捧げの舞の場所も、タケルさんが決めているのよ」
「ああ。特に強く感じる場所がいくつかあってな。配置は……円を描くような形、かな」
「円……?」
「円の外側は、だいたい恐竜の縄張りだ。たまに近付いてくるから、こうして遊牧している」
「円の外が危険……まさか、アロウディムの防御結界の名残り……?」
「アルなんとかって、前も言ってたな」
「恐竜の名前か?」
「あら、怖いわね」
確証はない。
だが――世界の繋がりを知った今、悠斗にはそう思えてならなかった。
この土地に残る“円”は、偶然ではない。
そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。




