第二部 第十八章 確信する未来?(二)
雨雲に覆われた空のせいで、昼間だというのに部屋は薄暗かった。
ベッドに腰掛け、何とはなしにぼんやりしていた、その時。
――ふわり。
身体が淡く光り出す。
「……あー、これ。ノアが呼んでるっぽいな」
そう呟いた次の瞬間、視界が反転した。
気づけば首根っこを掴まれ、宙に浮いている。
「あら、またあなたなの?」
「やぁ、ノア。久しぶり」
「もう二度と会えないのかと思っていたわ」
感慨深げに見つめてくるノアに、悠斗は苦笑した。
「ノア」
「なに?」
「そろそろ首、離してもらってもいいかい?」
「あら? そうね」
ぱっと手を離され、悠斗は軽く着地する。
再会の喜びもあって、会話は自然と弾んだ。
「あれから父さん、ずっとパーツ同士が繋がらないか試してばっかりよ。あんなに楽しそうな父さんの顔、初めて見たわ」
「そうなんだ」
「今日もパーツ集め、手伝ってもらえるかしら?」
「あぁ。ぜひ、そうさせてもらうよ」
ノアは嬉しそうに微笑んだ。
以前は感情があまり表に出なかった彼女が、今ははっきりと楽しそうなのが分かる。
「……改めて見ると、すごい山だな」
目の前に広がる、瓦礫の山。
「ここね、昔はお城が建っていたって言われているの。父さんから聞いた話だけど、その父さんもまた聞きだったみたい」
「お城……アロウディム、だよな?」
「アロウディム?」
「聞いたこと、ない?」
「私はないわね」
「懐かしい名前が出てきたな」
瓦礫の山の上から、クロが姿を現す。
「クロ? 本当か?」
「俺は長いことこの世界にいるからな」
「どれくらい前だ? 生まれた時は、まだ――」
「いや。俺が生まれた時には、もう滅んでた。他の魔獣から聞いた話だがな」
「……話を聞きたい。教えてくれ」
「あー、まぁいいけどよ。昔はな、ノアやバルみたいに“能力”ってやつを、みんなが使ってたらしい」
「みんな、が?」
「そういえば……カイルさんとリィナさんは、能力ないのか?」
「父さんは技術者としての観察眼ね。私はそれが能力だと思ってたけど、母さんは……あの明るさかしら」
「今は、目に見える能力はほとんど残ってねぇ。昔は“魔法”って呼ばれててよ。火を出したり、雷を操ったり、傷を癒したり……派手だったらしいぜ」
「それは……すごいわね」
「(セレフィナ……)」
「でも、なぜ今はこんな風になっているの?」
「魔法の使い過ぎ、って聞いてる。大地の魔力が枯れて、精霊が減って……魔法石――あのヤベー石もな」
「それで……国が、滅びた?」
悠斗の言葉が、瓦礫の山に静かに落ちた。
クロは、少し考え込むように顎を掻いてから口を開いた。
「そういや、前に悠斗が来た時に『精霊』って言葉を聞いてな……思い出したことがある」
「思い出した?」
「俺たち魔獣も、もともとは精霊だったらしい」
「……精霊?」
意外そうに目を見開くノアに、悠斗が小さく頷く。
「いたんだよ。そういう存在が」
「精霊ってのは、魔力そのものみたいな存在でな。魔力だけで姿形を作り出せてた、って話だ」
「そんな存在が……」
「だが、世界の魔力が枯れてきてな。姿を保てなくなった精霊は、何かの“依代”と一体になった。それが、魔獣の始まりらしい」
「じゃあ、クロは生まれた時から魔獣だったのか?」
「ああ。気が付いたら、この姿だった」
少し間を置き、クロは続ける。
「中には、自分で依代を選んだ奴もいるって聞いたがな」
「……」
「昔の精霊は、俺の百倍以上の魔力を持ってたって噂だ。あの魔法石に魔力を吸われても、平気だったんだろうよ」
(確かに、ルクルは何ともなさそうだったな……)
悠斗が記憶を辿っていると、背後から大きな声が飛んできた。
「おぅ、悠斗! 久しぶりだな! 元気してたか?」
瓦礫の間を跳ねるように、バルが駆け寄ってくる。
「久しぶりだな、バル」
「へへっ。手加減を覚えた俺はな、ノアねーちゃんの役に立ちまくりだぜ!」
「……たまに、パーツも壊すけどね」
「手加減っつっても、お前の場合はゼロか五十か百だろ」
「なんだよ! みんなして!」
わいわいとしたやり取りに、悠斗は思わず笑った。
「よし。じゃあ、パーツ集めを始めるか」
瓦礫の山に散らばる、一つ一つの部品。
それらはすべて、かつて存在した世界の名残だ。
悠斗は、まるで過去と現在を繋ぐ証を確かめるかのように、丁寧に観察しながら拾い集めていった。
――すべては、確かに繋がっている。
気が付けば、学校のグラウンドの真ん中に立っていた。
土の匂いと、どこか懐かしい空気。目の前では、見覚えのある三人――ユイ、ニャル、ゴウが、揃って目を見開いてこちらを見ている。
「よう」
軽く手を上げると、次の瞬間――
「悠斗!!」
ユイが駆け寄ってきたかと思うと、胸ぐらを掴まれる勢いで睨みつけてきた。
「もう会えねーかと思ったじゃないかよ!!」
「ま、色々あってな」
曖昧に笑うと、ユイはふん、と鼻を鳴らした。
「まぁ、いいけどよ」
「心配してたってさ、悠斗」
横からニャルが茶々を入れる。
ユイは即座にニャルを睨みつけた。
「悠斗!!」
今度はゴウが飛び出してくる。
「俺は強くなったぞ!!」
シュッシュッと、シャドーボクシングの真似事を始めるゴウ。その様子を、ユイは冷めた目で見ていた。
「1.3倍くらいだろ? ゴリを見習えよ」
視線の先では、ゴリと呼ばれる大男が、以前の倍はありそうな荷物を軽々と運んでいる。
「くっ……」
ゴウが悔しそうに歯噛みした。
積もる話は山ほどあったが、まずは今回の目的だ。
「ユイ。今回は何をテレポートしようとしたんだ?」
「あ?」
「エリアが広くなってきたから、物資の運搬だぜ」
答えたのはゴウだった。
「メンバーも増えてきたからな。今回は悠斗の出番はねーよ」
ユイは腕を組んでそう言い切る。
「ま、そうはいかないだろ。手伝うよ。でもその前に……」
悠斗はニャルを見る。
ニャルもこちらを見返していた。テレパシーで考えを読んでいたのか、声をかけられるのを待っていたようだ。
「ニャル。過去のことは、どこまで知ってる?」
「そんなには知らないニャ」
「俺が“過去の人間”だってことは?」
「知ってたニャ」
「……なんで教えてくれなかった?」
「聞かれなかったからニャ。それに――」
ニャルは尻尾を揺らし、淡々と続ける。
「歴史の改竄。未来人から警告を受けてるニャ」
「俺以外にも、接触してるのか?」
「意外といるニャ。みんな、気付いてないだけで」
「何の話してんだよ」
割って入ったユイに、悠斗は短く答えた。
「歴史の話だ」
「あ?」
そのとき、ふと目に入った。
校舎の上に掲げられた一枚の旗。風に揺れるその紋章は――
「……エンブレム?」
アロウディムで見たものと、酷似していた。
「かっけーだろ?」
ユイが誇らしげに言う。
「エリアAの“A”をイメージしたデザインだ」
「かっけーです、ユイさん!」
ゴウが即座に同調する。
「ユイが考えたのか?」
「あったりめーだ。センスだよ、センス」
「何度も下書きしてたニャ」
「ニャル、飛ばすぞ」
いつものやり取りに、悠斗は小さく息を吐いた。
「全エリアに、あの旗を立てる日も遠くないっすね」
「おう」
ユイは拳を握り、空を見上げる。
「悠斗の作戦は刺さりまくる。全国統一は――私たちエリアAが果たすぜ!!」
「ニャル。ユイたちの能力って、何か分かるか?」
グラウンドの片隅。騒がしいゴウたちから少し距離を取り、悠斗は低い声で尋ねた。
「科学では解明できない力、としか分からないニャ」
ニャルはあっさりと言う。
その口調には、含みも誇張もなかった。
「じゃあ、ニャル自身のことは?」
「たまたまテレパシー能力を持って、会話が出来る猫。それだけニャ」
「……ニャルが特別な存在ってわけじゃない?」
「ないニャ」
即答だった。
悠斗は少しだけ目を伏せる。
「俺の世界のことは?」
「歴史書に書いてある程度しか知らないニャ」
「そうか。ありがとう、ニャル」
「もう、悠斗の方が物知りニャ」
「そうか」
短く返し、悠斗は空を見上げた。
「何の話してんだよ」
腕を組んだユイが、不機嫌そうにこちらを見る。
「未来の話だ」
「あ?」
要領を得ない返答に、ユイは眉をひそめたが、それ以上は追及してこなかった。
セーラー服に学ラン。
学校の校舎と、土のグラウンド。
現代日本とほとんど変わらない光景。
――けれど、能力者が当たり前に存在し、エリアという勢力図がある世界。
(やっぱり、繋がってる……)
そう確信した瞬間、この世界は「よく似た別物」ではなく、自分の知る歴史の延長線上にある未来なのだと、はっきり理解してしまった。
遠くない未来。
そう感じながら、仲間たちのいる喧騒の中へと歩き出した。




