第一部 第十章 コンボでフルボッコ?(一)
暗い部屋に、無数のモニターの光だけが浮かんでいた。
その中央に映し出されているのは、一人の少年――佐藤悠斗。
男は、長い時間その映像を見つめ続けていた。
まるで、世界の外側から覗く観測者のように。
「サイト。アイツ、色々カンヅイタンジャナイカ?」
機械音にも似た声が、静寂を揺らす。
“サイト”と呼ばれた男は、腕を組んだまま小さく息を吐いた。
「……ああ。あいつがこの世界に来るのも、そう遠くないかもな」
「シンジツヲシッタラ、サイトヲウラムカモナ」
「それくらいのことはしたさ。恨まれて当然のことを、な」
サイトは、苦笑とも諦観ともつかない表情を浮かべる。
「サイト、アイツヲムカエニイクノカ?」
「俺はもう飛べない。あいつが来るのを待つさ。観測しながらな」
「アイツ、アソンデンジャナイカ?」
「そりゃあ遊ぶだろ。高校生だぞ。……それに、俺は部屋の中まで観測する趣味はない」
「サイトハ、ムッツリダカラナ」
「悪いかよ!!」
言い返すサイトの声だけが、部屋に虚しく響いた。
悠斗の部屋では、テレビ画面いっぱいに派手なエフェクトが弾けていた。
「ハメ技きたねーぞ!!」
コントローラーを握りしめ、悠斗が叫ぶ。
「あら? このハメ技にハマる人、初めてだけど?」
隣で余裕の笑みを浮かべるのは、幼なじみの七瀬結月だ。
「ゆ・う・と・く・ん?」
「クソ……! じゃあ禁断の最強キャラ使ってやる!」
「かかっておいで〜」
画面の中で、キャラクター同士が激しくぶつかり合う。
――善戦はした。
ラウンドワンは完敗。
ラウンドツーは接戦から、なんとか勝利。
ラウンドスリーは……俺のコンボ、確実に入ったはずだった。
(なのに……テレポートからのフルボッココンボ入れやがった)
「勝った〜! 私が最強!!」
「ギブ、ギブ。勝てね〜……」
悠斗は力尽きたように、ベッドへと倒れ込んだ。
――その瞬間だった。
悠斗の身体が、淡く光り始める。
「ゆーくん? え……?」
結月が目を見開く。
次の瞬間、悠斗の視界は白に染まった。
意識が遠のく中、ふと考える。
(結月の前で召喚されるの、初めてだよな……)
そして、もう一つ。
(――今度は、誰が呼んでる?)
白い光が、すべてを飲み込んだ。
ぼやけていた視界が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。
――白い。
とにかく、真っ白だった。いや、クマちゃん?
「?」
悠斗が状況を理解するより早く、鋭い声が飛んできた。
「な、な、な、なんだ、テメー!!」
次の瞬間、頭に衝撃。
「ぐっ!?」
蹴られた。
それが純粋な痛みなのか、召喚特有の頭痛なのか、もはや区別がつかない。
(……スカートの中、だったのか……)
薄れゆく痛みとともに、悠斗は体を起こし、周囲を見渡した。
目に映ったのは、広々としたグラウンド。
白線、ゴールポスト、フェンス――どう見ても、学校の校庭だった。
「ここは……また、違う世界……?」
目の前で、腕を組んだ少女が睨みつけてくる。
「おい、テメー。何者だ? 人のスカートの中、覗きやがって」
「……お前、死んだな」
横から低い声。
「ユイも恥ずかしくて死にそうになってるニャ」
「ニャル、てめぇ飛ばすぞ!!」
「……」
悠斗は、言葉を失った。
ツッコミたいことは山ほどある。
だがまずは状況整理だ。――こういうのは、もう慣れている。
「俺は悠斗。佐藤悠斗。突然のことで、俺もよく分かってないんだ。……みんなのこと、教えてほしい」
「あ? 何も分からないだ〜?」
少女――ユイが、露骨に怪訝そうな顔をする。
「まぁまぁ」
間に割って入ったのは、猫だった。
「僕はニャル。見ての通り、猫だよ」
(……一番ツッコミたい奴が、一番まともかよ)
「こっちのツンデレちゃんがユイ。中学二年生。スリーサイズは――」
「ニャル、飛ばすぞ!!」
「俺様はゴウ! 高校一年生! ユイさんの一番の舎弟! 俺様最強!!」
「ゴウ、うるさい」
「ゴウ、ユイが目立たないで、だって」
ユイが無言でニャルを睨みつける。
悠斗は、改めて周囲を見回した。
学校のグラウンドだ。
ユイは小柄な体格で、セーラー服がよく似合う少女だ。活発さを強調するように結われたツインテールが、感情に合わせて軽やかに揺れる。強気な態度とは裏腹に、その姿には年相応の幼さも滲んでいた。
ゴウは普通の学ランに身を包み、少し長めで逆立てたヤンキー風の髪型がよく目立つ少年だ。大口を叩く態度とは裏腹に、その背中にはどこか小物感が漂っていた。
(……現代?)
「ここは、どこだ?」
「あ? ここはエリアA」
ユイが、当然のように言い放つ。
「私のグループの縄張りだよ」
「……エリアA?」
喋る猫がいる時点で、異世界確定ではある。
だが、現代によく似た景色に、悠斗の胸にはわずかな高揚感が芽生えていた。
(今回は……ちょっと、マシな世界かもな)
「俺は、この世界の人間じゃないんだ」
悠斗がそう告げると、空気が一瞬止まった。
「……は?」
ユイが、素で眉をひそめる。
「何言ってんだ、こいつ」
「嘘は言ってないっぽいよ」
あっさりとフォローを入れたのはニャルだった。
「マジかよ……」
なぜか、ユイはすんなり納得してしまう。
(いや、今の流れで信じるのか……?)
悠斗が首をかしげていると、ユイは腕を組み、じっと睨みつけてきた。
「……お前、能力は?」
「能力? ……ない」
「はぁ?」
ユイの声が、露骨に裏返る。
「能力なし? そんな奴、いるのかよ?」
じろじろと値踏みするような視線。
「……役に立たねーな」
能力を持っているのが当たり前の世界では、悠斗はいつでも異端らしい。
「エリアCの状況、どうすんだよ!!」
ユイが、苛立ちを隠さず叫んだ。
「エリアCに潜入したメンバーが残したはずの資料……テレポートできないんすか? ユイさん」
ゴウが恐る恐る口を挟む。
「何回も試してるっつーの!」
ユイは舌打ちし、地面を蹴った。
「でもよー……飛んできたのは、コイツだけなんだよ」
鋭い視線が、悠斗に突き刺さる。
「その……エリアCっていうのは?」
悠斗が恐る恐る聞くと、ユイは一瞬だけ目を細めた。
「あ? エリアCのヤツらがよ、うちのメンバー拉致って行きやがったんだ」
拳を握り、歯を食いしばる。
「ぜってー、許さねー!!」
感情が剥き出しの声だった。
「さっき、ゴウが“潜入”とか言ってたけど」
「それがどうしたんだよ?」
「……失敗したんじゃないのか? 資料が作れなかったから、テレポートできないとか」
一瞬、空気が張り詰める。
「あ?」
ユイが低い声を出した。
「んなわけねーだろ。舐めんなよ」
睨みつける視線は本気だった。
「さっきから、その心配してるじゃん、ユイは」
ニャルが、軽い調子で口を挟む。
「うるせー!! マジで飛ばすぞ!!」
「……飛ばせるの?」
ぽつり、と悠斗が言った。
「は?」
「人をさ。テレポートで飛ばせるの?」
ユイは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らす。
「あー……できなくは、ねーけどよ」
「条件があるんだ?」
「送り先をちゃんとイメージしねーとダメなんだ」
その瞬間、悠斗の中で何かが繋がった。
「じゃあさ」
全員の視線が、悠斗に集まる。
「エリアCに拉致られた人か、潜入した人をイメージすればいいんじゃない?」
「……は?」
「そこに戦闘員を送り込めるだろ。そしたら、内部から落とせる」
言いながら、悠斗は少し首を傾げた。
「……たぶん」
数秒の沈黙。
「へ?」
ユイが、間抜けな声を出す。
「お?」
ゴウが目を見開く。
「ナ〜イスアイディア」
ニャルが、尻尾をぴんと立てた。
ユイはしばらく黙り込んだまま、悠斗を見ていた。
――能力なし。
――なのに、やけに的確。
(……なんだ、こいつ)




