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第一部 第九章 お宝の山?(二)

 外は相変わらず暗かった。

 だが、ノアの母であるリィナの明るさは、この瓦礫に囲われた世界を照らす灯りのようだった。

 この人がいるから、ノアは前を向ける。

 悠斗は、そんな気がしていた。

「店内の商品、見てもいいですか?」

「いいわよ〜。どうぞどうぞ。ノア、案内してあげて」 「こっちよ」

 二人で店内へと足を運ぶ。

 奥ではカイルが作業を続けており、その手元がはっきりと見えた。

 無駄のない動き。

 壊れた機械が、少しずつ息を吹き返していく。

「壊さなければ、触ってもいいわよ」

「分かった。気を付ける」

 棚に並ぶ商品を、一つずつ眺めていく。

 現代でも見かけそうな形の物が多い。

 その中で、悠斗はふと足を止めた。

「……これ、どこかで……」

 既視感。

 だが、記憶の糸は途中で途切れてしまう。

 ここ最近の出来事は、あまりにも情報量が多すぎた。

「……まあ、いっか」

 別の商品に視線を移す。

 現代の機械構造とよく似た形状だ。

「これって……この辺の……あ、これだ」

 棚からもう一つパーツを取り、試しに合わせてみる。

 現代でも使われている端子に酷似していた。

 軽く力を加えると――。

カチッ

「……やっぱり繋がった」

 その瞬間、店の奥から「ガタッ」と音がした。

 振り返ると、作業台を離れたカイルが、こちらへ歩いてくる。

(やべっ……やらかしたか?)

 静かな足取り。

 その視線は、悠斗の手元から一瞬も離れていなかった。

 店内の空気が、わずかに張り詰める。


「ご、ごめんなさい。これ、壊したわけじゃなくて、その……」

「……知っていたのか? この二つのパーツが繋がることを」

 低く、静かな声だった。

「え? い、いえ。知っていたわけじゃないです。ただ……形が似ていたので、もしかしたら、って」

 カイルの目が、はっきりと見開かれた。

 彼はこれまで、瓦礫の山から拾い出されたパーツを一つずつ修理してきた。

 それが“別々の部品同士で一つの機構になる”という発想には、思い至っていなかった。

「……君は、研究者か?」

「け、研究者?」

 この店に来る客は、大きく分けて二種類。

 飾りとして買っていく物好きと、構造そのものを調べる研究者だ。

 研究者の中には、複数のパーツを組み合わせる可能性に気付く者も、いるかもしれない。

 だが、少なくともカイルにとっては――今の発想は初めてだった。

「た、たまたまですよ。本当に」

 それは事実だった。

 無数にある瓦礫の山からたまたま拾われ、修理され、その二つのパーツが同時に店に並んでいる、その確率は限りなく小さいだろう。

 だがカイルは、悠斗から視線を外さない。

 偶然では片付けられない“何か”を、感じ取っているようだった。

 その空気を切るように、低い声が割り込む。クロだった。

「なあ、悠斗。ちょっと聞いてほしいことがある」

「……何だよ?」

 クロは周囲を一瞥し、ノアには聞こえない距離まで近づく。

「ノアの影に収納されている――“ある物”についてだ」

「……ある物?」

 胸の奥が、わずかにざわついた。

 それがただの雑談でないことだけは、はっきりと分かった。


「……お前の“鑑定眼”を見込んでの話だ」

「いや、だから鑑定眼じゃ――」

「いいから聞け」

 いつも軽口ばかりのクロにしては、珍しく真剣な声音だった。

「ある時な、瓦礫の山でヤバそうな物を見つけたんだ。触れてもいねぇのに……力が吸われるような感覚があってよ」

「力が……?」

「だが、少し目を離した隙に、ノアがそれを回収しちまった」

「ノアが?」

「ああ。何がヤバいのか説明しようとしたんだが、あいつ、俺の話を聞きやがらねぇ」

「あー……」

 ノアの無表情な顔が脳裏に浮かぶ。

 確かに、納得しない限り耳を貸さなさそうだ。

「だから隙を見て、影の中に入ろうとしたんだが……失敗した」

(ノアの家に向かう途中の、あの茶番劇か。

 ……あれで隙を突けると思ったのか。安直すぎるだろ)

「悠斗なら、ノアも話を聞くんじゃねぇか?」

「……分かったよ」

 悠斗は小さく息を吐いた。

「ノアの身に何かあるかもしれないなら、放っておけない。話してみる」

「……頼む」

 クロの声には、珍しく本気の焦りが滲んでいた。

 悠斗は店内を見渡し、ノアのいる方へ向かう。

 下手な嘘は逆効果だと判断し、正直に切り出した。

「ノア。クロが言ってた怪しい物……見せてもらえないか? まだ影の中にあるんだろ?」

「……クロ」

 ノアの視線が鋭く細まる。

「悠斗を騙して、パーツを奪うつもりね?」

「違う」

 悠斗は即座に否定した。

「クロは、ノアのことが心配なんだ。ただ……見るだけでいい。ダメかな?」

「…………」

 沈黙。

 影のように重い間が流れる。

 その時、作業台の前にいたカイルが、静かに口を開いた。

「ノア。何を持っているかは分からんが……彼に見せてみるといい」

「父さん……」

 ノアは一瞬だけ迷い、やがて小さく息を吐いた。

「……分かったわ」

 そう言って、彼女は足元に伸びる影へと手を伸ばす。

 影が、ゆっくりと蠢き始めた。


 ノアは影の中へ手を差し入れ、次々とパーツを取り出していく。

 金属片、歪んだ歯車、用途の分からない装置の欠片。

 床の上に、あっという間に小さな山が出来上がった。

(どんだけ溜め込んでたんだよ……四次元ポケットか?)

 心の中でツッコミを入れた、その時だった。

 それまでのガラクタとは明らかに違う、異質な塊が影から現れた。

「……クロが言ってたのは、これよね?」

「――っ!?」

 クロは反射的に一歩、いや二歩ほど距離を取った。

「そ、それだ……間違いねぇ」

 空気が、わずかに重くなる。

「クロ、今も……力が吸われる感じか?」

「あぁ。さっきよりはマシだが、今も少し持っていかれてる」

「ノアは?」

「……私は、何も感じないわ」

 悠斗は黙って、その塊を見つめた。

 黒ずんだ結晶のような外見。

 だが、その奥で、かすかに光が脈打っている。

 ――見覚えがある。

 いや、何度も見てきた。

「……魔法石、か?」

 ぽつりと漏れた言葉に、ノアが首を傾げる。

「魔法石? 何それ」

 その横で、カイルは無言のまま、ゆっくりと首を横に振った。

 この世界の知識ではない、という意思表示だ。

 悠斗は一瞬、迷った。

 ここで別の世界の話をしていいのか。

 だが――隠しても仕方がない。

「別の世界で、召喚の儀式に使われてた石だ。……例えるなら、動力源、かな」

「動力源……」

 ノアの視線が、魔法石へと戻る。

「魔法石って確か、精霊の魔力を吸って溜め込むって。クロは魔獣じゃなくて精霊って事かな?あ……もしかして」

 ふいに、先ほど引っかかっていた“既視感”のあったパーツを思い出す。

 悠斗は店内に並んでいた、例のパーツを手に取る。

 思い出せなかった理由は単純だった。

 ――ここじゃない世界の物だったからだ。魔法石の存在が悠斗の概念を壊し、記憶の糸を繋げた。

 悠斗は、そのパーツをそっと魔法石へ近づけた。

「……反応、してるか?」

 次の瞬間。

 パーツの奥から、微かな音が漏れ出した。

 ザザ……ッ、というノイズ混じりの――声。

 言葉にはならない。

 だが、確かに“何か”が語りかけてくる。

 その感覚に、悠斗の背筋が凍る。

「……神の声、か?」

 カナエの世界で村長オウゲンの家にあったもの。

 オウゲンが聞いたと言っていた神の声。

 ここにあるはずのないものが、確かにそこにあった。


 カイルは、目の前の光景を信じられずにいた。

 自分の手で修理したはずのパーツ。

 だが、動かす術を持たなかったため、正直なところ――直っているかどうかは分からなかった。

 それが今。

 確かに、反応している。

 機械は沈黙していなかった。

「……悠斗」

 低く、しかし震えた声で名を呼ぶ。

「君は――未来への希望だ」

「き、希望?」

「この、滅びに向かう世界に希望をもたらす存在だ」

 あまりにも大仰な言葉に、悠斗は思わず苦笑した。

「いやいや、それはさすがに言い過ぎですよ。」

 だが、その言葉に、ノアが静かに口を開く。

「……私たちが、今までしてきたことは」

 影に集め、修理し、繋ぎ、売り、生き延びてきた日々。

「未来に、繋がる?」

 カイルは、はっきりと頷いた。

「ああ。間違いなくな」

 その瞬間、リィナがぱっと明るい笑顔を浮かべた。

「ふふ……なんだか、久しぶりに未来って言葉を聞いた気がするわね」

 瓦礫に囲まれた世界の中で。

 小さく、だが確かな灯りが、ともった気がした。

 ――その時。

 悠斗の身体が、淡く光り始める。

「あ……」

 見慣れた感覚。

 別れの合図。

「ノア、そろそろ帰る時間みたいだ」

「……そう」

「また、きっと会える。無理しすぎんなよ。これからも」

 少し照れくさそうに、だが真っ直ぐに言った。

「……ありがとう、悠斗」

 次の瞬間、光が強まり――

 悠斗の姿は、その場から消えた。

 滅びの世界に、再生という名の“問い”を残して。

 

 ――現代。

 悠斗は、自室の床に立っていた。

 停電で真っ暗だった部屋は、すぐに「パチン」という音と共に明るさを取り戻す。それは、滅びに向かう暗い世界に、希望という光が差したことを告げるように。

「……戻ったか」

 だが、心は晴れなかった。

 頭の中には、いくつもの疑問が渦巻いている。

「セレフィナの世界にあった魔法石……」

 そして。

「カナエの世界で、村長の所にあった“神の声”の機械……」

 あれらは、本来――同じ世界の物ではない。

「なんで、あんな所に……あったんだ?」

 答えは、まだ見えない。

 ただ一つ確かなのは。

 ――世界は、思っている以上に、繋がっている。

 悠斗は、無意識に胸元を押さえた。

 そこに眠る“門”が、次にどこへ繋がるのか。

 それは、まだ誰にも分からなかった。

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