【外伝】かなこちゃん と 呪いの人形
私は“呪いの人形”。
いつからか、そう呼ぼれていた。
人の心をほどき、疑わせ、壊す。
優しい気持ちを曇らせ、信頼を歪め、最後には涙を流すその顔を見て、私は笑うことしかできない。
だって、それが“私の普通”なの。
誰かを傷つけることでしか、私は存在を確かめられないから。
雨に濡れた錆びた鉄くずと、腐敗した生活の匂いが混じり合うゴミ捨て場。
私はそこで、人間たちが誰かを傷つけ、壊れていく様を思い出していた。
「どうして私のこと避けるの?」
「気のせいだよ、誤解だよ。避けてないし、嫌ってないよ。……もし傷つけたならごめん。仲直りでいい?」
それで説明したつもり? 謝罪したつもり? この先、本当に信頼してもらえると思う?
「避けてるよ! 私が近づいたら逃げるじゃん。私といた時間ズラしたじゃん。私と話そうとしないじゃん!」
「……ごめんね。でもそんなつもりはなかったんだよ。
普通にしてただけ。たまたまだからさ。
そもそも、どうしてそんなこと言われなきゃいけないのか、分からないよ」
「どうして? どうして向き合ってくれないの……」
私の呪いが、少しずつ彼女たちを蝕んでいく。
それはダムのようなもの。
疑心暗鬼が、壁にじわじわとヒビを入れる。
悲しい、寂しい、悔しい。
そのすべてが心を引き裂き、痛みを広げていく。
そして——そのヒビが限界に達したとき。
心の壁は崩れ、感情は濁流のようにあふれだす。
腹が立って、許せなくて、どうしようもなくて……。
その瞬間、胸の奥がわずかに熱を帯びる。
理由なんて分からない。ただ——
ケタケタケタケタ。
それを見ながら私は嗤っている。
ほら、また苦しんだ。
これでいいのよ、私の運命なんだから。
──これは私のせいじゃない。
──これが私の普通だから
──私は傷つけるためにいる。
──だから仕方がない。
──仕方がない。
──仕方がないから。
今度の持ち主は誰かな、どうやって苦しんでくれるのかな。
ケタケタケタケタ。
その時だった。
「ねぇ、それ……楽しい?」
気がつくと、私の目の前には一人の少女が立っていた。
腰まで届く真っ黒な髪。
人形の私より、美しい人形のような顔立ちに赤い唇。
その大きな瞳の奥には、恐れではなく、哀れみが揺れていた。
「人を傷つけて…そんなことして……本当に楽しいの?」
私は乾いた笑いを返した。
この少女は私が普通の人形でないことが分かっているらしい。
今までに誰かに私の声は届いたことはなかった。だから、暇つぶしにはちょうどいい。
私は挑発するように言った。
「楽しいよ。私は呪いの人形なんだから。
人が苦しむのは、私のご飯みたいなもの。
仕方ないのさ。私は……そういうふうに作られたんだから」
そう言うと、少女は少しだけ首を振った。
「嘘だよ。あなたの笑い声、どこか泣いてるみたいだよ」
胸の奥を、チクリと針で刺されたみたいに感じた。
そんな言葉、誰にも言われたことがなかった。
誰も、私の“本当の声”なんて聞こうとしなかった。
気づくと、口が勝手に動いていた。
「……昔、持ち主がいたの。
その子は私のことを好きで、いつも抱えてくれて……
話しかけてくれて……私のことを……見てくれてた」
言葉が震える。
こんな感情、こんな音、私は知らなかった。
「でもね、その子はある日、私を見なくなったの。
棚の奥に押し込んで、
私がどんなに心の中で叫んでも、
もう一度こっちを向いてって願っても……」
声が途切れた。
ああ……私は気づいてしまったのだ。
人を傷つけるたびに笑っていたのは、本当はそうでもしないと、“自分の存在が消えそうで怖かった”だけだということに。
「私は……ただ…… もう一度、誰かに見てほしかっただけなのに……」
少女は小さく息を吸って、
私にそっと手を伸ばした。
その表情には怯えも嫌悪もなかった。
ただ、ひどく優しい、けれど哀しい光が宿っていた。
「あなた、呪いの人形なんかじゃないよ。
本当は……ずっとずっと、寂しかっただけなんだよね」
その言葉が触れた瞬間、
胸の奥の何かがほどけていくような感覚がした。
私は呪いの人形。
人を傷つける存在であり──
そして同時に、傷つきすぎて歪んでしまった“人の心”そのものだった。
誰かに見てほしくて。
声を聞いてほしくて。
私の心は笑っていたんじゃない。本当は、ずっとずっと泣いていたんだ。
少女は、そっと私を抱き上げた。
その手の温度が、どこか遠い昔に忘れた“あのぬくもり”に似ていて、私は静かに目を閉じた。




