かなこちゃん と お兄ちゃん
僕は、妹のことが大好きだ。
だけど最近、妹の様子がおかしい。
買い物の帰り道。夕暮れの住宅街、風が冷たくなってきて、街灯がひとつ、ぽつりと点いた。
妹は、急に立ち止まって、誰もいない物陰を指さした。
「おにいちゃん……あそこに、変なおじちゃんがいるよ」
妹の指の先は、薄暗い駐車場の隅。
ちらりと目をやったが、そこにはただの古い自転車と積まれた段ボールしかない。
遠くでカラスが鳴き、風が草を揺らす音がする。
「かな、そこには誰もいないよ。気のせいだから。さあ、早く帰ろう」
妹はしばらくじっと見つめていたが、やがて小さく「……うん」と頷いた。
あの日以来、こういうことが増えた。
まだ5歳になったばかりの妹には分からないだろうが、世間は「見えてはいけないもの」を見えるという人間に冷たい。
嘲り、恐れ、時には傷つける。
だから僕は何度でも言い聞かせる。
――気のせいだよ、と。
帰りの駅のホームで、妹はまた立ち止まった。
夜風が吹き抜け、ベンチの影が伸びる。
ホームの向こう側は真っ暗で、電車が来る気配もない。
「ねえ……あの変なカッコの女の人、ずっと電車を待ってるの?」
妹は無邪気に僕のシャツの裾を引っ張る。
言われた先をそっと見てみると、ただの空間があるだけ。
妹は嬉しそうに手を振ろうとした。
僕はその手を強く握った。
「かな……あの赤い傘の女には、絶対に近づいてはいけないよ」
妹はきょとんと目を丸くする。
僕は息をのむ。
僕は、妹が大好きだ。
だから、何度でも言い聞かせよう。
この先、君の心が傷つかないように。
この先、君があの世界に引きずられないように。




