表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/27

10.

 翌朝。


「……今日も良い天気になりそうね」


 まだ寝衣を着ているため、カーテンをそっと開き、窓の外に広がる一面の銀世界とまだ陽が昇っていない空を見上げてから、顔を洗い、早速かかっていた服に袖を通す。 

 朝の祈りの服に選んだのは、昨日着用していた服と似たデザインの色違いのもの。

 白を基調に、水色、青色とグラデーションになっている。


(昨夜、部屋に戻ってから、早速朝の祈りの時間に着用するものを選んでおいたのよね。

 まだ陽が出ていない早朝から侍女達を毎日起こすのは気が引けたし、城内だから安全も確保されているだろうと、一人で着られるものにしてよかったわ)


 服を着用し、髪を梳かしてからヘアバンドを巻き、そっと部屋の外に出て廊下を歩き出す。

 ひんやりとした廊下を歩きながら、シエルと昨日会話した内容を思い出す。


 “今日もラーゴ王国の民が、平和で穏やかに暮らせますように”


 昨夜祈りを捧げた時、シエルにどんなことを祈るのかを聞かれ正直に答えたというのに、シエルは微妙な反応をした。

 “ラーゴ王国の民”の中にはもちろんシエルも入っているのだけど、と付け足すと、さらに眉間に皺が寄った。


(シエルも誰か一人のためにお祈りすることは出来ないと、知っているはずなのに)


『特有の誰かを思ってはいけません』


 そう、前世の私を育ててくれた前妖精女王から何度も言われていた。

 特有の誰かに肩入れをすれば、妖精達はそれらに感化される。

 つまり。


(私のように……、一時でもシエルと恋人になれてしまったような、あってはいけない“間違い”が起こる)




「……なぜ、あなたがここにいるの」


 思い出していた内容もあり幻覚かと思っていた存在は、見紛うことなく本物のシエルで。

 彼は礼拝堂の壁に背を預け、こちらを見て言った。


「来てはいけませんか?」

「……見ても面白くないと言っているのに」

「それよりも」


 シエルが近付いてきたかと思えば、ふわりと私の肩に外套を羽織らせる。


「そんな薄着で出歩かれたら風邪を引いてしまいます」

「……あぁ、そういえば外套を羽織るのを忘れていたわね」

「……忘れていた……、こんなに寒いのに?」

「寒さを忘れていたわ」

「……そうですか」


 シエルは考え込む素振りをしてから、「ですが」と嗜めるように言った。


「やはりあなたは危機感がなさすぎます。

 いくら城内が安全とはいえ、騎士か侍女一人くらいは連れて歩かないと」

「……それで、あなたがここに来てくれたの?」


 問いかけた私に、シエルは「はい」と迷うことなく頷いたことで、私は目を丸くする。


「どうして、そこまで……」


 私を想ってくれるの、という言葉はひんやりとした空気に溶けて消える。

 それは、シエルが酷く悲しんでいるような、傷ついたような、何ともいえない、でも見ていると胸が苦しくなるような表情をしていたからだ。

 そうして何も言えなくなってしまう私を見て、シエルは戯れるように、軽口を叩くように言う。


「知りたいですか?」

「…………」

「……なんて。あなたを困らせたいわけではありません。まあ、こちらへ連れて来られた時点でずっと困らせているとは思うので、今更ですが」

「……っ、シエル」

「ほら、陽が完全に昇ってしまいますよ」


 シエルの言葉に、空が明るみ始めていることに気が付く。

 太陽が完全に顔を出した時に、祈りを終わらせる。

 それも前妖精女王から教わり、受け継いだことだ。


「シエ……」


 再度名前を呼びかけたけれど、途中で口を噤む。

 辺りを見回しても、彼の姿はどこにも見当たらなかったからだ。


(せめて、お礼を伝えられたら良かったのに……)


 肩に羽織らせてくれた外套は温かい。それを手繰り寄せるように、ギュッと握りながら呟く。


「……こんなことをされたら」


 勘違いしてしまうじゃない……。




―――

――

 シエルと恋人になり、口付けを交わしたことは、まるで夢のようで、悪夢だった。


 ….いえ、あれが夢だったらどんなに良かったか。


 一晩が経ち、日課である朝の祈りを捧げるために訪れた礼拝堂で、騎士の役目を果たしてくれている彼の瞳には、やはり“恋愛”の妖精の魔法の印がはっきりと刻まれていた。

 その瞬間、私の心は凍りついた。


 ……私利私欲……、彼を好きだという気持ちのせいで、彼の心さえも操ってしまったという自責の念に駆られて。


 崇高で、唯一の私の騎士。

 そして、幼馴染でもあったかけがえのない存在を、私は“妖精女王”という立場において、妖精達を使役し、彼を無意識に支配していたのだ。  

――

―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ