11.
「本日は城内を案内させていただきます」
ジーナの言葉に頷き、口にする。
「よろしくね」
「はい」
ジーナも頷きを返してくれ、そうして長い廊下を二人で歩き出しながら思う。
(ラーゴ王国に……、この城に来て三日が経とうとしているけれど、まだ礼拝堂や食堂、自室、くらいしか分かっていないのよね)
一日目は移動で疲れて寝てしまい、二日目は一日中礼拝堂に入り浸ってしまったものね……。
と遠い目になってから、今日こそは城内の場所や仕えている人々を覚えないと、と意気込みながらジーナの後をついて歩く。
厨房では、いつも美味しい料理を作ってくれる料理人達に感謝と敬意を。
庭園では、温室で咲いていた色とりどりの美しい花々を育てる庭師に賞賛を送りながら、花々が一斉に咲く春も楽しみだと告げ。
他にも、侍従達に挨拶をして回る。
そして。
「こちらが、王家に仕える騎士達が鍛錬する鍛錬場です」
「騎士……」
騎士、という言葉に前世のシエルの騎士服姿を思い出す。
呟いた私が興味を示したと思ったのだろうジーナが尋ねる。
「……丁度鍛錬が行われているようですので、見学いたしますか?」
「お邪魔になってしまわないかしら?」
「大丈夫です。エレオノーラ様の見学でしたら、皆喜ぶと思いますので。
……逆に、張り切り過ぎてしまいそうではございますが」
「? ごめんなさい、上手く聞き取れなかったわ」
ジーナの言葉に首を傾げたけれど、ジーナは左右に首を振り、「こちらの話なのでお気になさらず」と言ってから、私を鍛錬場へと案内してくれる。
すると、耳とお腹に響くような歓声と足元を伝って感じる地響きに気を取られたのも束の間、一瞬にして目が釘付けになる。
「あ…………」
広い円形の鍛錬場。
その中心で剣を交えている二人のうちの一人が、見覚えのある剣捌きをしていたことで、顔が遠くてあまり見えずともそれが誰なのかを確信した。
「…………シエル」
小さくその名を呟いた声は、彼が相手の剣を薙ぎ払ったことで歓声に紛れて消える。
ジーナが私の耳に顔を寄せ、少し大きい声で言った。
「もう少し近くで見学されますか?」
その口ぶりからは、剣を交えていたのがシエルだとは気付いていないようで。
「……いえ、やはりお邪魔になるといけないからまた改めてご挨拶しにくるわ」
そう言って踵を返そうとした、その時。
『エレオノーラ様』
「……!!」
頭に響いた声に、反射的に先ほど見ていた彼の方を見やると、他でもない彼……シエルもまた、こちらをじっと見つめていた。
(私がいることに気が付いて……)
それに、頭に直接届く声は、紛れもない妖精の力を借りていない魔法の、神としての力……。
『そこで待っていてください。今、行きますから』
魔力のない私が返答出来ないのを良いことに、シエルは言葉通り騎士達に何かを言ってその場を後にする。
「あれは……、陛下でしょうか」
「えぇ……、どうやら私に気付いたみたい」
「えっ!?」
この距離で!? というような顔をするジーナに向かって苦笑交じりに笑みを溢す。
そしてものの数十秒の後、シエルは息を切らし、私の目の前に現れて言った。
「こちらにも見学にいらっしゃっていたのですね」
開口一番そう口にしたシエルに、私は謝罪する。
「ごめんなさい、お邪魔してしまって」
「いえ、嬉しかったです。丁度手合わせしている最中でしたので、つい張り切ってしまいました」
「き、気が付いていたの?」
「はい、もちろんです」
そう言って笑みを浮かべる彼を見て何だか居た堪れなくなり、話題を逸らす。
「……っ、あ、汗! 拭かないと風邪を引いてしまうわ」
「あ、すみません。一直線に来てしまったので……」
私はハンカチを取り出し、シエルに差し出す。
それを彼は首を横に振り、受け取らずに言った。
「駄目ですよ、綺麗なハンカチが汚れてしまいます」
「確かに綺麗だけれど、これは貴方が嫁いできた私に用意してくれていたもの。
だから、私が今貴方に使うことに何の問題もないはずよ」
「……!」
シエルが目を瞠る。
(……? 私、何か変なことを言ったかしら?)
思い当たることはないけれど、こうでも言わないとシエルは強情だからハンカチを使わないだろうと、シエルが固まってしまっているのを良いことに、手を伸ばして汗を拭おうとすると。
「じ、自分で拭けます!」
シエルは慌てたように私の手からハンカチを取り、「失礼します」と律儀にも一言断ってハンカチで額の汗を拭うのを満足して見ていると。
「ふふふ……」
「「!?」」
笑い声が聞こえてきたためそちらを見やれば、他でもないジーナが笑っていて。
彼女もまた顔に表情を出さない性格のため驚いていると、ジーナはコホンと咳払いして言った。
「いえ、仲がよろしいなと思いまして」
「……っ」
ジーナの言葉にシエルを見上げれば、バチッと視線が合ってしまって。
それがなんだか恥ずかしくて、視線を逸らした私に、ジーナは微笑むとシエルに向かって尋ねた。
「陛下、後のことはお任せしてもよろしいでしょうか?
私は先に戻らせていただきたく存じます」
「あぁ。彼女のことをここまで送ってくれてありがとう」
「もったいなきお言葉でございます」
そう言うや否や、ジーナは頭を下げて行ってしまう。
その場にはシエルの私が取り残されたことで、ようやく現状を理解した。
(……ジーナったら、気を遣ってくれたのね?)
確かに私達は名目上夫婦なのだから、何らおかしいことではないけれど……、と彼を見やれば、また目が合ってしまって。
「少し歩きましょうか」
何となくだけど、シエルも少し意識しているのか、気を遣ってくれているのを感じて。
「えぇ」
と小さく頷きを返し、私達は鍛錬場を後にしたのだった。




