小話 ムーのため息 後編
まだ、日も高いが目が赤くなっているから学校は早退。
シャーリーも道連れだ。
今日は天気がいい。
秋晴れだ。鳥も楽しそうに鳴きながら飛んでいる。
まあ、せっかくだし何処か寄って帰ろうかな。
帰りの馬車に乗り込みながらそんなことを考えていた。
「ねぇ、シャーリー。どっか寄ってく?」
「んー、せっかく早く帰れるし。どうしようか。」
ムーはシャーリーの膝の上で寝ていた。
ゆったりとした時間が流れていた。
まあ、今回の騒動は何事もなくてよかった。
シャーリーの気持ちを再確認できた日だった。
さっきのシャーリーのセリフの最後の方だけ思い出しては笑う。にやけが止まらない。
本当、僕の奥さんは可愛い。
しかしあまり怒らしてはいけないようだ。
「そうだ早く帰ってスイートポテトを作ろうかしら?
ザイン家の土はよく肥えてるのよ。薩摩芋がたくさん取れたの。ルース好きでしょう?」
「シャーリーの作るものなら何でも好きだけど、特にスイートポテトは好きだな。あまり記憶はないけど同じなんだ。」
ムーが耳をぴくりと動かした。
髭がピクピク動いていた。
うるさかったかな?
「同じ?」
「そう同じ。」
彼女は首を傾げる。
2歳に死に別れた母の記憶はほとんどない。母の顔すら覚えていない。
しかし一つだけ。小さな僕にいつも作ってスプーンで食べさせてくれたあの味。あの味だけは覚えていた。
初めてシャーリーが作ってくれたスイートポテトを食べた時の衝撃は今でも忘れない。
同じだったんだ。唯一記憶に残っていた母の味と。
あの時からだ。
もともと彼女といるのは楽しかったし好きだった。
彼女の笑顔が好きだったし、何をやらかすかと期待するのも好きだった。
しかしこのスイートポテトを僕が初めて食べたあの日、
絶対に彼女を手放したくないと思った。
君が僕の為だけに存在しているように思った。
彼女の存在が好きから愛しいに変わった。
だから父上にシャーリーと婚約したいとお願いした。
そうあの日に…。
なんかあの人達は僕以上に僕を知っていたんだね。
本当に嫌な人達だ。ふふふっ。
「ルースもお芋を裏ごしするの手伝ってね。」
「はいはい。」
「はい、は一回!」
「はいはいはい。」
シャーリーは何も言わない。優しい笑みをくれる。
本当、こんな日常が愛しい。シャーリーが側にいることが愛おしい。
そんな思いからかふと疑問に思っていたことを、口にした。
「しかし何であの男もこの世界に転生したのかな?」
シャーリーに抱かれているムーが少し薄目をあけた。
「ん…確かに不思議なのよね?そもそも何で私達は転生したんだろう?それも同じ世界に…」
「まあ、知りたいとは思うけど、わかんないことが1つや2つくらいあってもいいんじゃないの?」
…誰かの受け売りだ。
「そうだけど…「いたずら好きな奴がいるんだよ。」
突然ムーが話を始めた。
さっきまで寝ていたのに…。
シャーリーの膝の上でかったるそうに一回伸びた。
「何?ムー何か知ってるの?」
「あー、もう話してもいいだろう。ゲームも終わったみたいだし。お前が転生したのはとある奴の暇つぶしだな。」
…おいおい。暇つぶしって何だ?
僕達は大変だったんだよ!
「え?ムー?何言ってるの?」
「そいつは見て楽しんでいたんだ。」
「見ていた?」
「天から…」
「「はぁ?」」
僕とシャーリーは上を見たが、馬車の天井しか見えなかった。
「彼女はこの世界に君を始めみんなを自分の思い通りに転生させたんだ。ある人は幸せになるように。ある人は絶望を見るように。転生された人達がどういった行動をとるか楽しんでいたよ。」
ムー…ちょっと待って!
何だか超びっくりな事言ってない?
スペシャルサプライズだよ。
「つまり、君の知ってる人がシャーリーの転生に関わってるってこと?」
「えっ!そうなの?」
ムーは頷いた。
「つまりムーは何で私が転生したのか知ってるってこと?」
シャーリーがムーを上から覗きこみながら言った。
「そいつは君が前世で苦しんでいたことを知っていた。そしてあの男が反省しずに過ごしていたのも知っていた。
君の場合は今の君の幸せを見せつけて、あの男にどん底を味合わせるために転生させたんだって言ってた。」
「確かに結果はそうなったけど、そんなこともお見通しなの?」
「まあ、だいたいはわかってたみたいだ。」
「つまりはシャーリー達の行動は把握しているってこと?」
「ごく稀に計算違いもあるらしいけどな。思ったように動いてくれるって笑ってたな。」
「計算違いね…」
「ちゃんと性格とか立場を考えて自分の計算通りに動くようなゲーム内の人物に転生させていたらしい。まあそれなりのおまけもつけてな。魔力あげるスキルだって計算ずみだろ。」
「魔力あげる?スキルって?なんのこと?」
…そうか言ってなかったな。まあ後で説明してあげる。
「でもさ、何でシャーリー達だったの?」
「そいつはたまたまこいつらが前世に住んでいた街に行ったことがあるんだ。ねぇ、誰かにスイートポテト食べさせてあげなかった?」
「えっ?んー?そんなことあったような。…ん?でも、それが関係してるってこと?」
「何だか楽しそうに食べてた。」
ムーは少し難しい顔をしてからため息をついた。
「ムー?だれなの?私の知ってる人?」
「普通姿は見えなし、だいたい人の姿を取っていない。だって女神だから。」
「は?女神?!!何だそれ?」
「よく彼女はいろいろな世界に遊びに行ってその世界に干渉するんだ。彼女にとってここもそんな世界の一つさ。」
「ムー、その人よく知ってるみたいだけど?親しいの?」
更にムーはため息をついた。
「…前の前の前の前の前の前のご主人様…だ。
一番初めのご主人様だ。」
「「は?」」
「今はどこにいるの?この世界にいるの?」
「君達の近くにいて楽しんでたよ。」
「「は!」」
「今ごろ空の上で笑ってるだろうね。」
シャーリーと僕は慌てて馬車の窓から空を見た。
青い空が広がるだけだった。
秋の雲が靡いている。
馬車が走る音だけが聞こえる。
シャーリーは窓から大きく体を乗り出して前を見た。
「危ないよ、シャーリー。」
「ううん、大丈夫。」
馬車が通る道は両側に木がある。
いわゆる銀杏並木だ。黄色な葉がざわざわと揺れている。
ひらひら舞い落ちる葉もある。
シャーリーは徐々に視線を後ろを変えた。
「ふふふっ、あなただったのね。ありがとう。」
ムーが何だか驚いたようだった。
僕は馬車の後ろの窓を慌てて見た。
黄色い葉っぱが覆う木の枝に一匹の青い鳥が止まっていた。
こっちをずっと見ていた。
やがて羽を広げて飛び立っていった。
シャーリーが座り直して、口に手を当てて笑いながら小さな声で言った。
「あの時の怪我していたけどよかったわ。元気で。じゃあレイクルーゼ様はあの時の子だったのね。そうだったのね。ありがとう。」
ムーがシャーリーの顔を覗きこんだ。
「お前、かなり呑気で天然だと思っていたが違うんだな。」
「ムー…今頃気づいたのか。」
「ん?」
シャーリーは手を上げて伸びた。
「私はルースに出会えたから、女神様が気まぐれで起こしたことでも感謝だわ。ねっ、ルース、愛してる。ふふふっ」
僕の奥さん可愛すぎて困る。
僕は顔を手で覆った。
「ねぇ、シャーリー。今日は早退したし、君にあげれる時間はたくさんあるよ。」
シャーリーはしまった!って顔をした。
僕はシャーリーの隣に席を移した。
「嫌だな。いつでも抱きしめてあげる。」
「あ、嫌。馬車の中だから…。ル…ルース!
だから今日はスイートポテトを!…ルース!!」
「愛してるよ、シャーリー。」
スイートポテトができたら話してあげる。
僕が君を離したくないと思ったきっかけ。
でもそれはきっかけであって、心からシャーリーを好きだってことを。
きっと君は笑って抱きしめてくれるだろう。
ムーはシャーリーの腕から降りて隣にちょこんと座りこみ空を見上げた。
そして大きなため息を3回吐いていた。
「まあ!広い空き地。ルースここは使ってないの?」
「ああ、以前は使用人の宿舎があったみたいだけど、
何年か前に新しく立て直してからは更地だね。」
「ここ使ってもいい?」
「多分いいんじゃない?父上に聞いてみるよ。」
三か月後
「ルース、そういえばあの空き地は何に使っているんだ?」
「…行ってみればわかります。」
「ルース!手伝いにきてくれたの?」
「シャーリー…何だかまた広がったね…畑が…」
「でしょ!でしょ!今度は秋に向けて薩摩芋とじゃがいもを植えるのよ。」
「シャーリー…これはなんだね?」
「苺です。結構赤くなって食べ頃ですよ。」
「あ、いや見ればわかるが…」
「あ、これはきゅうりでこれは枝豆、あとトマトにとうもろこし。早く収穫できるといいな。来年にはザイン公爵家の食卓はお任せください!」
「あ…時給自足とか…あまりザイン家の財政は困っていないのだが…」
「今度はビニールハウス栽培しようと思ってるんです。」
「父上…シャーリーの趣味です。ご理解お願いします。」
「あ、いや。しかしもしかしてこれはヴィクセレーネ公爵殿が絶賛している料理の材料なのかな?」
「えっ?絶賛なんて、お父様そんなこと言っているんですか?恥ずかしいわね。確かにヴィクセレーネの家では作って食べていただいていました。」
「さあ!シャーリー、私は何を手伝えばいいかな?
早く収穫できるように魔法かけようか?」
「そんなこともできるんですか!」
「ああ!さあ何でも言っておくれ!」
「父上…あなたも…ですか。」
僕はため息をついた。
「あら?あなたも手伝いに来たのですか?」
ひょっこりジョウロを手にした母上が現れた。
「タチヒア、お前もか…」
その一か月後からザイン家では日替わりのお楽しみ料理が夕食に並ぶようになった…
更に畑は広がった。
明日がムー小話最後です。
ムー視点です。




