小話 ムーのため息 前編
それは私とルースが結婚して初めての秋の事だった。
その日は休日だったから学校は休み。
しかしルースはお義父様に仕事だと連れて行かれた。
いまだにシルバーサ王国は諦めていないようで国境近くで動きがあるようだ。
私は一人の時間を満喫していた。
そんな秋の午後の話。
そいつは何故か突然現れた。
「おい!」
ザイン家の玄関の前で腕を掴まれているのですが…。
誰でしょうか?
庭園から薩摩芋を引き抜いてきて家に入ろうとした時だった。
そうなんです!秋です!スイートポテトの時期なんです。
濃茶の髪、濃茶の目。
少し歳は上?
何だかヒラヒラしたブラウスを着ていて趣味が悪い。
誰ですか?知らない人です。
「お嬢様が!!誰か来て!!」
サンドラが大声で叫んだ。
「あの?離していただけますか?」
「おい!俺が分からないのか!」
…と、言われても存じませんが…。
「はい。」
サンドラが間に割ってきた。
「ザイン公爵のルーズローツ様の奥様に何するんですか!
無礼ですよ!」
「は?奥様?」
さらに腕を強く掴まれた。
「痛っ…」
「おい!お前結婚してるんか?いいかげんにしろよ!
何で勝手に結婚したんだ?馬鹿にしてるんか?
だいたいお前が死んでから俺は大変だったんだぞ!」
はい?私は生きていますが??
それに結婚するのに見知らぬ人の承諾は必要ないし、馬鹿にする前にあなたを知りません。
「何を言うんですか?よくわからないですが…」
グイッと腕を引っ張られた。
「はぁ?お前は黙って俺に従っていればいいんだ。
さあ、来い!」
新手の誘拐でしょうか?
確かにザイン家ならいろいろ恨みも買っているかもしれませんが、斬新な誘拐の仕方ですね。
そんなことを考えていたら足元にムーが寄ってきた。
「何だ?この猫、邪魔だ。あっち行ってろ!
こいつは連れて行く。何たってこいつは俺のものなんだからな。早く来いって!」
更に強く腕を引っ張られてズルズルとひきづられ始めた。
「痛い…っ…」
サンドラがその手を払い除けようとその男の腕を掴んだ。
しかし逆に跳ね飛ばされて尻餅をついた。
「サンドラ!!」
顔をサンドラに向けるのが精一杯だ。
私は男に引きづられて玄関から遠ざかっていく。
「何のよ?離して!離してよ!」
「はあ?お前が俺に立てつくのか?転生したら気でもおかしくなったか?迎えにきてやったんだ、ありがたく思え。」
…私の頭には一番思い出したくない人の顔が浮かんだ。
前世で私を見てくれなかった人。私自身をちゃんと1人の人間だと扱ってくれなかった人。
そうだ…絶対にそうだ。
私は背中までも凍りついたように固まった。
何でこの人がこの世界にいるの?
何で私の前に現れるの?
何で私を自分のものだと思うの?
何でわからない?もう私はあなたを好きじゃないのよ。
「あ、嫌、嫌、嫌。嫌ーーーっ。」
そう大声で叫ぶと同時に足元にいたムーが飛び上がり男を引っ掻いた。
「痛っ!何しやがるこのチビ猫!」
男の手が離れた。私はすかさずその男から三歩ほど距離を取った。
ムーは軽々と身をかわして私の胸に飛び込んできた。
「ムー、ありがとう。」
すると目の前に突然赤い風が舞った。
ムーを腕にだきながら髪を抑えた。
風が止むとルースが立っていた。
「ルース!」
私は走って彼の後ろに隠れた。
「シャーリー、大丈夫?」
「ええ、ムーが助けてくれたわ。あ、サンドラは!」
サンドラの倒れた方を見たら今来たばかりのガーシュインさんに介抱されていた。腰を抑えているが大丈夫そうだ。
「ムー、知らせてくれてありがとう。」
にゃん、とムーは私の胸に擦り寄った。
ルースは私を背中で隠してその男の前に立った。
「で、僕の妻に何か用か?」
ルースの赤い目が鋭くその男を捉えていた。
その男は少し怯えたようだった。
「妻って、そいつは俺のだ!そうだろ!おい!」
そのセリフがいえるのはルースだけです!
私はその男に顔が見えないように
ルースの服の袖をギュッと握りしめ、ルースの服に顔を埋めた。
ルースは何を察したようだ。
「シャーリー、怖かったね。もう大丈夫だよ。」
私を引き寄せて耳元にキスをする。
「人違いはやめてもらいたいな。
彼女は間違えなく僕の愛しい妻だ。
僕は彼女を愛してるし、彼女も僕を愛してる。
君のものではない。僕のものだ。」
「何言ってるんだ!人違いじゃない!分かるだろ!
お前には俺が分かるだろう?」
私は首をブンブン振った。
分かるわけがない。だって多分それは前世の私の事。
今のシャーロレットはわかるはずはない。
私はあなたなんて知らない。
本当にわからない。
あったとしてもそんな嫌な記憶は捨てた。
私はルースの胸にしがみついた。
ルースは私を抱きしめた。
「ルース…」
「君は見たところ下位の貴族といったところかな。」
「ベルグスラン男爵の三男だ。」
「わかってる?ここはザイン公爵家だよ。序列5位の公爵家だ。そんなところに押し入って、その息子の妻を無理矢理連れ去ろうとしてるんだよ。分かるかい?」
「う…しかしこいつは俺のものなんだ!先日街で見た時に一瞬で分かった。」
「はぁ?だから君のものじゃない。
勘違いも甚だしいね。でもシャーリー、また街に行ったの?」
「パンヤさんに湿布持って行ったの。」
「もう、僕もついて行くからちゃんと言ってよ。」
「ごめんなさい。でもサンドラとムーも一緒だったし。」
「でも駄目だよ。シャーリーは可愛いから。本当に心配なんだよ。ムーもちゃんと報告して。」
「へーい。」
かったるそうにムーは返事をした。
ルースは顳顬、耳に、3、4回キスをする。
ルースは本当に心配症なんだから。
「お前!浮気してたんか!!」
はい?浮気?誰が?いつ?
私はルースの顔をみてブルブル横に振った。
私が好きなのはルースだけ!
もうわけわからない。
「あーもう。鬱陶しいな。浮気なんてしてないから。
本当状況わかってる?
シャーリー、不安そうな顔して大丈夫?
シャーリー、わかってるから心配しないで。」
ルースを掴んでいる手に力が入った。
ルースは私に優しく微笑んだ。
「何で?同じだと思う?」
「そいつは俺が好きなんだ!だから一緒にいてやったんだ。」
「はん?いてやった?何その言い方。わけわかんない。
ありえない。だからシャーリーは怖がるんだ。」
ルースが私の頭をギュッと自分に押し付けた。
顔をルースの胸に埋める形になった。
「好きだから一緒にいるんだ。愛してるから一緒にいたいんだ。義務ではない。素直な感情なんだよ。」
「は?ガキのくせに何を説教するんだ。そいつは勝手に死んで、残された後親の世話押し付けられて、子供達は家を出て行って寄り付かない。大変だったんだ!」
「自業自得でしょう?そろに親って自分の親だろ?彼女は家政婦さんでなければ、介護士さんでもないんだよ。それに好きで死んだわけじゃないんだ。君には悲しむという感情すらなかったのか?もう終わってるね。」
私は泣き始めた。
もう聴きたくない。前世で本当に自分に無関心だった…私は何の為に生きてたの?改めて聞くのは耐えられない。そんな言葉なんて聞きたくない。
耳を押さえて、顔を振った。
ルースが背中をポンポンと叩いてくれた。
「今回も自分を好きなんだと何故考えるんだ?
君は彼女…いや、前世の彼女に何をした?苦しみと悲しみ、恐怖を与えただけじゃないか!彼女の気持ちが離れているのに気づかないで彼女を蔑ろにしていたのに勝手だね。
君は彼女にとっては前世なんだよ。もう思い出したくもない苦しい記憶なんだ。だから君にあってもわからないんでしょう?状況わからない?君の存在は彼女には必要のないものなんだよ。
君は彼女のおかげでシャーリーを手に入れるのに随分大変だったよ。しかし彼女は今僕といて幸せなんだよ。君なんて出る幕はない。」
わたしの言いたいことはルースが言ってくれる。
しかし怖いから泣きながらずっとルースにしがみついていた。
「そんなことはない!絶対にそいつは俺が好きなはずだ。」
「あー。何て痛いやつだ。わからないかな?シャーリーはちゃんとこの地に足をつけて生きている。前世なんて関係ない。要は今、シャーリーが誰を愛してるかだけだ。」
ルースが私を見た。
「私は、私はルースだけを愛してる。あなただけを愛してる。」
ルースが私の頬に手をかけて唇を合わせてきた。
「もう僕の奥さんはかわいすぎ。我慢できなくなるよ。
まあ、こんなやつほっておいて部屋に行こう。たくさん抱きしめてキスしてあげるよ。」
ルースが私を抱き上げた。
「君が何度来ようと変わらない。彼女は僕のものだ。
離すつもりもない。きっと彼女も同じだよ。」
私はルースの首に手をかけた。
「私はあなたから離れない。」
彼が少し頭を下げてくれたから唇を重ねた。
「あー!もう仕事抜け出してきたのに無理。可愛すぎ。」
ルースは彼を睨んだ。怒りに満ちたその瞳は赤かった。
「次はないよ。」
「ねぇ、ムー?さりげなくシャーリーの胸に顔埋めてない?」
「そんなことないよ。」
「本当に?」
「しつこいな。」
「ま、ひとまず今日はムーのおかげで助かった。
ありがとう。」
「ああ、オレのおかげだな!そうだよな!」
「あーーっ!!」
「あら?ムーくすぐったいから胸元で動かないで。」
「ムー!!」
「だってオレのおかげだったよな?」
「ヤダ、ムー。そんなところなめないで。くすぐったい。」
「…離れろ…」
「あら、ルース単に戯れてるだけじゃない。ねっ、ムー。
モフモフ可愛い!」
ムーは更にシャーリーにギュッと抱きしめられてご満悦だ。
シャーリーの胸元でムーがアッカンベーをしていた。
…覚えてろよ…




