その23 湖にて
「すごい!これはシャーリーが作ったの?」
「あ、そのくらいは作れるわよ。なんたって主婦だったんだから。」
単に朝のパンが余っていたからおやつにフレンチトーストを作っただけだ。
「ふ〜ん。じゃあ今度何か作って貰おうかな?」
「じゃあ明日お弁当つくろうか?せっかく雨も止んだし出かけない?」
昨日あんなことがあったが今日はいつも通りだ。
彼は何もいわない。私に言うことでもないのか。
まだ言いたくないのか…
もし必要ならそのうち言ってくれるだろう。
そんなことで別荘滞在四日目にしてようやく旅行らしいことができた。
って!!!!!
今私の目の前には馬がいる。いつも馬車で移動するから馬は見慣れているのだが、どうみてもこの馬は乗馬用??よね。
「ルース!なんなの?」
「えっ?馬だけど?」
「そんなの見ればわかるわ。で?」
「乗るんだけど。」
「誰が?」
「君と僕が…」
私の時間は止まった。
気がつけば私は馬に横乗りになって叫んでいた。
「ルース!怖いって!無理。」
「大丈夫だって。僕は馬の扱いは上手なんだよ。だから安心して。」
「だって高い…速い……」
生きた心地がしない。馬なんて前世あわせて初めて乗った。
馬が跳ねるたびに頭が飛んでいきそうだわ。あ〜無理だ。
「嫌だなシャーリー。せっかく華麗に乗馬を楽しむ恋人同士みたいなのに君の叫び声で雰囲気台無しじゃないか。」
「誰が恋人同士なの〜!いや〜速くなった!もっとゆっくりにして、ジェットコースターは苦手なの!嫌!無理!」
「シャーリー、面白いね。もっと跳ばそう!」
「あ〜!嫌!ルース!いじめないでよ!」
目的地の湖についた。周りに緑がたくさんあって空気が気持ちいい。遠くに見える山が湖に映る。素敵な場所だ!
素敵なのだが景色に感動している気分ではない。
本当に怖かったんだから!人が嫌がってるのに何であんなに走らせるかな。近くの木に手をついてゼェゼェと大きく息をしていた。
「もう!ルースなんて嫌い!!」
「ごめん、ごめん。ジーザスに乗るのが久しぶりだったから嬉しくて。」
「もう!ジーザス、二人も乗せて重かったわよね。ごめんね。」
ルースの愛馬ジーザスの顔を撫でるとぶるるるっと顔を振った。
「いやジーザスは力持ちだもんね。でもよく頑張ったよ。ほら、お食べ。」
ご飯の草をやりながらルースはジーザスを撫でている。
「じゃあ私達もランチにしましょう。やっぱりこういった外で食べるのはサンドイッチに限るわね!」
まあさすがは公爵家。食材がいいのでかなり高級そうなサンドイッチが出来上がってしまっていたが…。
たくさん作ったのでお付きの人の分もある。
私はシートを広げてランチの用意をし始めた。
何とか支度ができたからルースを呼ぼうとした。
しかし私の足は一緒止まった。
ルースは木の幹に体を預けて腕組みをしていた。何か遠くをみるかのようだった。怖い目をしている。表情に冷たさを感じる。
先日も見た同じルースを見た。あれは一体誰なの?怖い。近寄りがたさを感じる。
「お昼の支度できた?」
しかしルースは私に気づくといつもの笑顔をして近寄ってきた。
湖のほとりでのピクニックは本当に楽しい。綺麗な景色に囲まれて目の前にはルースが美味しそうにサンドイッチをたべる。楽しそうに笑う。何だか幸せだ。さっきのは何だったんだろう。体調悪いのかな。あの周りまでも凍りつきそうな怖い目。無表情な…。
ああ…今笑っているんだから…気にしない。気にしない。
「ごめん!」
ルースが謝る。
「ルースのせいじゃないから謝らないで。」
「だって…」
「ジーザス濡れちゃうからもっとこっちに来て。」
せっかく湖のほとりでピクニックをしていたのだが夕立にあってしまった。雨が真っ直ぐ中落ちてくる。少し前から黒い雲があったので急いで帰り支度をしたが間に合わなかった。
「おかしいな…夕方くらいまで大丈夫なはずだったんだ。」
たまたま、この木何の木くらいの大きな木があったから雨宿りしている。
「降ってきたのは仕方ないわ。この辺は海に近いし、山もあるし天気は変わりやすいわ。すぐ上がるはずだから待ちましょう。」
ルースが近い…。すぐ隣に立っている。少しでも横に体を傾けると触れてしまいそうだ。ドキドキする。そう…だって好きな人がこんなに近くにいるんだもの。
私はチラッと隣のルースを見た。
彼はじっと雨を見ていた。青い瞳が前を見ている。
また背が伸びた。私が小さく思える。彼は男で私は女なんだと実感する。
彼のさらりとしたストレートの金髪は雨に濡れてしまっている。前髪がかなり目にかかっている。
遠くで雷鳴がし始めた。
その濡れた髪をみていたらあの日のルースを思い出してしまった。
思い出さないようにしている。怖かったから。
しかし駄目だ。受けた衝撃が強すぎる。見たのは本当に一瞬だけだ。
でもただただ怖かった。彼の周りの空気すら冷たく、ピンと張り詰めたような感じがした。自分の歩く先の一点だけを見つめ、氷のように冷たい目をしていた。ルースではないみたいだ。
何があったのだろうか?
あの時確かに彼のいつもの碧眼が赤に光った。その瞳で私の方をみた一瞬、体が動かなかった。赤い鋭い光がルースが纏う周り全ての空気痛く感じさせていた。
あんなルースは見たことがない。
今でもあの時のルースを思い出すと怖い。少し震える。
「寒い?震えてる。」
ルースの問いかけに私がハッと我に返った。
私は彼を見た。彼の瞳は青かった。やはり気のせいだ。気のせいだったんだ。
「シャーリー?何?ずっと僕を見てるけど何か考え事?
ほら僕の上着も着るといいよ。ほら。」
ルースが私に自分の上着をかけようとした瞬間
雷鳴が鳴り響き空全体が光った。稲光がルースの後ろ側に走った。その光があの時のルースの赤い瞳を鮮明に思い出させた。あの時のルースに感じた痛いくらいの冷たい恐怖が蘇った。怖い…怖い。
「やっ!」
「えっ?」
思わずルースの手を跳ねてしまった。
私は手を口に当てた。肩が震えてしまっている。
私が予想外の行動で彼の手から上着が落ちた。
「あっ。違うの…」
何が違い?怖いんでしょ?私、ルースが怖い。
「また、妄想してた?僕が突然声かけたからびっくりした?」
違う…怖い。ルースを怖いと思ってしまった。
…そんな自分が嫌で、怖い。
「シャーリー…???」
わかってしまう。ルースに気付かれてしまう。
…しかし目を逸らしてしまった。
「今日何時に起きた?」
「4時!周りまだ真っ暗だったよ。」
「お疲れ様。お嬢様も私達お付きにまで用意してくれるなんてありがたいよね。」
「しかし…ほらそこに印があるだろう?」
「ふん?ああ、あのピックが差してあるやつ?」
「あれは絶対食べちゃだめだよ。」
「なんで?」
「シャーロレットお嬢様自らの手で作ったものだからルーズローツ様に睨まれるよ。ちゃんと昨日の夜にそうするように執事長から指示があったんだ。」
「ひっ!絶対手をつけないでおきます。」