その22 雨の日にて
ガタン…外の門の開く音がした。
外がかなり薄暗くなっていた。雨は強さを変えず降り続けている。さらに私の大嫌いな雷まで鳴っている。昼寝をする間に過ぎ去る予定が一番酷い時に起きてしまったらしい。窓の外が光る度に目を瞑る。音が鳴り響く度に耳をふさぐ。
しかし先程門の音がしたのはルースが帰ってきたんじゃないかと思い、私はまだ完全に起ききってない頭を持ち上げて南側の窓から外を覗いた。
ああ、帰ってきたのはルースね。遠くに小さな影が見えた。
雨降ってるのに傘さしてない。びしょ濡れなのに…。前髪が濡れて目に半分以上かかっていた。
いつもの金色の髪も今はあまり輝きがない。
雨に濡れてるのにもかかわらず、彼はゆっくりと歩いている。
そこにいつも私のそばにいる明るいルースはいない。
彼のまわりの空気が冷たい。刺さるように痛い。
彼はは無表情で少し下を向いて歩いていた。
怖いくらい冷たい雰囲気。何の感情も感じられない。
いつもとは全く違う彼の醸し出す雰囲気に私は恐怖を感じた。
大きな黒い闇に覆われているその人は玄関に続く階段を前にして立ち止まった。
大雨の上、雷が鳴りつづける中、雨に濡れているにもかかわらず身動き一つしない。
少しだけ下を向いたままだ。視線は少し前の地面だろうか…。
咄嗟に私はカーテンに包まった。そしてカーテンから目だけを出してその様子をじっと見ていた。
見ているしかなかった。動けなかった。
しばらくその状態が続いた。
風邪ひいてしまう!やっぱり玄関まで迎えに行こうか…と思った時、ゆっくりと彼が顔を上げて視線を私の部屋に移した。それと同時に稲光が走り、地の割れるような雷な音が鳴り響いた。彼の瞳は赤く光った。ルースの瞳は青のはずだ。いつも綺麗だなと思っている。しかし今見えた彼の瞳は赤く光っていた。たまたま稲光に反射しただけなのか?気のせい?しかし私はその赤い瞳を見た瞬間から体の震えが止まらなくなった。怖い、怖くて動けない。鋭い冷たい視線が私の体に突き刺ささったみたいだ。身体が冷たく感じる。
遠くに見えた彼の瞳に違和感はなかったはずだ、しかしすこり下を向いていたので本当にさっきまで彼の目が青かったのかと言われても思い出せない。先入観のみで見ていたのかもしれない。
いつもと違う彼の雰囲気、いつもと違う彼の瞳の色。彼は誰?ルースじゃないの。黒く大きな黒い闇にまとわりつかれたその人はまた視線を戻し、ゆっくりと玄関に続く階段を登った。私は窓から離れてうずくまった。震える体を止めようと自分の手で腕を押さえた。
玄関が開く音がした。何やら話し声がする。時々聞こえる声は彼のもののようだ。もう1人は先程一緒にマフィンを作った使用人みたいだ。
しばらくは途切れ途切れに声が聞こえてきた。するとトントン…階段を上がってくる音がする。二階に上がってくる。やはりルースだ!
私は慌ててベッドに入った。
「シャーリーは?」
扉の向こうから使用人と話しをする声がする。
「いろいろと楽しんでおられました。私達もお嬢様が退屈しないように頑張って仕えさせていただきました。」
「ありがとう。申し訳なかった。」
「昨日の移動のお疲れも残っておりましたのでしょう。お嬢様は今はお昼寝をされています。」
「そうか。よかった。」
少し和やかな会話に私の震えもいつのまにか止まっていた。
いつものルースの声だ。
もう1人トントンと階段を登ってくる人がいる。
「ルーズローツ坊っちゃま。」
執事のガーシュインさんの声だ。
「もう終わったのですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「お疲れ様でした。それでは坊っちゃまも少しお休み下さい。お部屋に軽い食事をお持ちいたします。」
「ああ、ありがとう。でも少しシャーリーの寝顔を見てからにするよ。」
えっ?入ってくるの?どうしよう!ひとまずベッドへ慌てた。
「しかしお嬢様は今寝ていらっしゃいます。寝ているご令嬢の部屋に入られるのは失礼ですよ。」
ナイス!ガーシュインさん!!出来た執事さんだわ!
「…わかってはいる。でも申し訳ないけどシャーリーに会いたいんだ。一目みたらすぐに出てくるよ。」
「わかりました。それでは私どもは扉の前に待機しております。どうぞお入りください。」
寝たフリ寝たフリよ!布団被らなきゃ。
キィと扉が開いた。わたしは扉と反対の方に体を向けて寝たフリをした。
足音からルースが近寄ってくるのがわかる。
「ふふふ。寝顔もかわいい。」
反対を向いているのにわざわざ覗きこんだらしい。
ちなみに私は目を閉じているのでわからないがルースの声が、かなり近いことにドキドキしていた。
「ゆっくりおやすみ。僕も少し疲れたから休んでくるね。また後でね。」
何やら髪の毛をすくいあげれあような気がするが寝ている設定なのに動かないように気を付ける。
足音が遠ざかったと思ったら扉の閉まる音がした。
少しすると扉の開いた音、閉まった音がした。
ルースは自分の部屋に行ったみたいだ。
わたしは布団にくるまって目を閉じた。
さっきは本当にルースだったんだろうか?
ルースはいつも笑ってるか呆れている。少しぶっきらぼうだけど、常に優しさがある。
でもさっきの彼にはそんなかけらもない。まるで別人のようだ。冷たい…怖い…あれは誰だった?本当にルースだったの?…何度考えてもルースなのだ。ふと見えた赤い光。恐怖しか感じなかった。無表情で冷たいルース…何があったの?何の用事だったの?
雷はまだ鳴っている。窓の外は雷の音と同時に明るく光っている。雨はまだ止みそうにない。
そんなことを考えていたらまた寝てしまった。
寝る子は育つのだ!