湿り気の戦い
皆さんお久しぶりです。
約一ヶ月ぶりの更新になります。
こちらの作品はスローペースではありますが、どうぞ長い目で見守ってやって下さい。
まさか怪異人が住み着いているとはな。いや、これは願ってもない事だ。そもそも俺がここに足を運んだのは、他の怪異人を仲間として引き入れる為だ。
しかし、この出会い方は最悪だ。扉を急に閉じられて、少しパニックになっていたとはいえ、散々物を投げ付けて扉を破壊してしまった。間違いなく向こう側の俺に対する疑惑度は上昇しているだろう。
目の前にいる怪異人はこちらの様子を伺っているのか、じっと見つめてくるだけで何かを仕掛けて来る事は無かった。
であるならば、少なからず交渉するチャンスが残されているという事だ。ここは慎重に言葉を選ばなければ……。
「驚かせてすまない。急に扉が閉じてしまって、少しパニックになっていたんだ」
あくまで穏便に物腰を低くして、何とか話し合いに持ち込む。機嫌を損ねて戦闘になってしまったら、今の俺では絶対に殺されてしまう。
「…………ご用件は?」
「(この声……まさか女か?)」
喋った。上品のある可愛らしい声が耳をくすぐる。怪異人の中には口すら聞けない者もいるが、どうやら最低限の意思疏通は図る事が出来る様だ。
更に用件は何かまで聞いて来た。いったい何処から声を出しているのか気になりはするが、少なくとも俺との会話に興味が湧いていると、捉える事も出来る。
さて、何と答えるべきか……。
「……俺は怪異人が、人間の様に平等な扱いを受けられる世の中にしたいと考えている。その為に仲間を集めているんだ」
ここはやはり素直に話すべきだろう。仲間が少ない現状、下手な嘘はかえって自分を苦しめる。それなら正直に答えた方がスムーズに事が進められるだろう。
「怪異人が人間と平等……怪異人であるならまだしも、人間であるあなた様がその様な事を仰っても説得力がございません」
「誤解しないで欲しい。今は人間に見えるかもしれないが、俺は歴とした怪異人だ」
何かこんなやり取り、近藤の時にもやった気がするな。確かあの時は『そんな嘘、誰が信じるんだ』って、言われたんだよな。
「そんな嘘、誰が信じると言うのですか?」
「…………」
やはり仲間を引き入れるのに、見た目が人間なのは不味いな。出来れば早急にあの時の姿に変身したいが、肝心の方法が未だに分からない。
話が少し逸れてしまった。とにかく今は早急にこいつの誤解を解かなければ。しかしまさか、近藤の時と全く同じ返答をされるとはな。確かあの時は、問答無用で勝負を仕掛けられたんだよな。
ついこの間の筈なのに、何だか昔の事の様に感じる。俺は心の中で少し笑うと、誤解を解く為に口を開いた。
「確かに信じられない話かもしれないが、本当に俺は……っ!!?」
次の瞬間、巨大な液体の塊が飛んで来た。俺は咄嗟にその場から離れ、飛んで来た液体を回避した。液体はベチャっと音を立てて床に付着した。
「いったい何の真似だ……」
誰が飛ばして来たのかは明白だった。彼女は複数生えてる腕それぞれの指先から、液体を一ヶ所にかき集め、巨大な液体の塊を生成していた。
「例えあなた様が人間であろうと怪異人であろうと関係ございません。私はあなた様の仲間になるつもりはございません。お引き取り下さい」
「へぇ、それじゃあ何で攻撃して来たんだ? どうやら“あれ”をまともに食らっていたら、怪我じゃ済まない様だしな」
俺が先程までいた場所に目をやると、液体が付着していた床がシューという音を立てながら煙を吹き上げ、ドロドロに溶けていた。もしあれがほんの少しでも体に付着していたら、完全に溶けて跡形も無くなっていただろう。
「残念ながらあなた様は私の姿を見てしまった。この醜い姿を見られた以上、この世から消えて頂きますわ!!」
すると彼女はその姿から想像も出来ない程、素早い動きで迫って来た。そしてこちらを掴もうと湿った複数の腕を伸ばして来た。
「くそっ!! 足がナメクジの癖に意外と素早いな!!」
持ち前の反射神経を生かし、後ろに下がりながら迫り来る複数の腕を次々と回避していく。
が、その腕の多さと意外な速さに翻弄され、徐々に追い詰められる。そして遂に壁際まで追い詰められ、逃げ道を失ってしまった。
「っ!! しまった!!」
「隙ありですわ!!」
俺が背後の壁に意識を向けた事により生まれた一瞬の隙を突き、彼女は全ての腕で一斉に掴み掛かって来る。
俺は強引に突破を試みるも、全てを避ける事は出来ず、右腕を捕まれてしまった。
「ぐ、ぐぁあああああ!!?」
その瞬間、右腕に焼ける様な痛みを感じた。確認して見ると右腕は、シューという音を立てながら煙を吹き上げ、ドロドロに溶け始めていた。
「これでThe Endですわ」
「く、くっそぉおおおおお!!!」
俺は痛みに堪えながら、捕まれている右腕を他所に無理矢理その場から離れようとする。
やがて溶けかけている筋繊維が、ぶちぶちと嫌な音を立て始める。
「な、何を為さっているのですか!? そんな事をしたら!?」
「うぅ、ぐぉおおおおおお!!!」
そして遂にガコッという音が響き渡る。
「…………まさかここまでやるとは……」
その場にもう影野の姿は無かった。残っていたのは彼女がずっと握り締めていた右腕の残骸だけだった。
***
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は屋敷内を無我夢中で走り回っていた。出来るだけ遠くへ遠くへと走り続けていた。
しかし、失った右腕から来る痛みと精神的苦痛により直ぐ様体力が奪われ、何度も立ち止まってしまう。
「軽卒だった……もっと早く逃げておくべきだった……」
非労運との遭遇や近藤の一件から、少し自信が付いていた。いや、正直かなり調子に乗っていた。数える位しか修羅場を潜り抜けていない癖に、強いと勘違いしていた。相手がその気になれば、俺みたいな若造は意図も簡単に殺せるというのに、俺はその事実を見てみぬ振りをした。
そして右腕という大きな犠牲を払った事で漸く理解した。自分は浅はかで、愚かで、弱いという事を。
痛みからなのか、それとも悔しさからなのか、はたまたその両方か、目から涙が流れ落ちる。
「……今さら後悔しても遅い……俺はもう後戻りする事は出来ないんだ……」
残った左腕で涙を拭き取る。そして側にあったカーテンをもぎ取り、歯で丁度良い大きさに引き千切ると、右腕の止血に利用した。
「……っと、これで良し。だが、戦況は最悪だ……」
利き手を失い、大量出血による目眩と息切れ、対して相手は無傷で体から何でも溶かしてしまう粘液を放出する事が可能であり、そして腕も複数生えている。
あいつに勝つ為には、あの粘液を何とかしないといけない。でもいったいどうすれば……。
「とにかく……ここから離れよう……あの速さだ……いつここまで来ても不思議じゃない……なっ!!?」
それは偶然か必然か、屋敷自体が老朽化した影響からか、その場を離れようと一歩前に踏み出した瞬間、床に穴が空き、そのまま暗い闇の中へと落下してしまった。
「……確かこの辺から声が聞こえましたが……まさか……」
そう言いながら彼女は、底が抜けた床を見つめる。その目には何処と無く、悲しみと恐怖が映っている様に見えた。
まさかの片腕を失った影野。
果たして彼は無事に生還する事が出来るのか!?
そして落下した先に待ち受ける物とは!?
次回もお楽しみに!!
評価・コメントお待ちしています。




