第五十二話〜佇む彼女〜
投下です
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「キィィィィ」
魔物が屋根から屋根へと伝って飛び回る。
灰色の皮膚のせいで輪郭が建物に馴染んで見づらい。
「ッ!」
屋根から飛び掛かり、腕を振り被っての一撃。
攻撃範囲が広すぎて避けられない!
「重っ!」
槍でその一撃を受け止めるが、重い。
その見た目と俊敏な動きからは想像もつかないような重さで思わず後に押される。
「キィィィイィィッ」
「くっ……」
長い両腕を振り回しての連撃。
聖剣の毒のせいもあってかどんどん押される、どうにかして攻撃の隙を作らねば。
……そうだ、なんで俺は槍で受けてるんだ、俺は鎧じゃないか。
「ぐっふうぅぅ……」
槍を引き、腹で魔物の右腕を抱え込むようにして受け止める。
中々の衝撃だ……だが捕まえた。
「ゼアッ!」
「ギィイィィィ!」
くそっ、浅い!
確かに胸を狙って突き出した、だが体を魔物が体を捻ったことにより浅く切りつけるだけに終わってしまった。
「キィィィィッ!」
「かはっ!」
息が詰まる、掴まれた右腕を俺ごと振り回し地面に多叩きつけられた。
野郎、なんて力だ……いや、俺の力が落ちているのか。
病み上がりでこんな奴と戦うことになるとは輝夜の能力か何かかな?
それは良いとしてだな、このままではジリ貧だ。
相手はこちらよりパワー、スピード共に上だ。
が、再生力や魔法など要素があるため一概には言えないが、防御力においてはこちらが圧倒的に上のはずだ。
それを生かして持久戦に持ち込めば何とかなるか?
幸いにも魔物は追撃をかけてこず、どこかに行ったようだ。
今のうちに体勢を整えねば。
(そう言えばシージア、この街には衛兵とかは居ないのか?)
『居ます、ですがこの様子を見るに外壁の門番達は制圧されている様ですね。相手は魔法を撃っているので王城の衛兵たちがくるはずですが……まだ時間はかかるでしょう』
最低でもそれまで持ち堪えなきゃならないのか。
これはかなりしんどいぞ。
それにしても妙だ、さっきの魔術師達の気配が無い。
「シージア、魔術師達はどこにいるんだ?」
馬車もさっきから何も変わった様子は無い。
アンナちゃんを連れて逃げるという手もあるが……あの魔物がいる内は流石に無理だろう。
『死んでます、魔術師達だけでなくさっきの三人組の内の一人もです。あの魔物が食べたようです』
なんだと、情報を聞き出さないといけないのに……
ってそうだ!
「アンナちゃんは大丈夫なのか⁉︎」
『はい、気絶しているのか生命反応は多少小さいですが大丈夫です』
「良かった……」
それにしてもあの魔物が襲ってこない。
今のうちにアンナちゃんを奪還して逃げようか。
「シージア、あの魔物はどこだ?」
『すみません、見失いました。あの魔物が辺り一帯に認識阻害の魔力を発しています。原理としては私のジャミングと同じですが……奴のは私のものより強力です、そのせいでかなり近くでないと探知できません』
いくら力が制限されているとはいえシージアの探知を阻害するとは……かなり上位の魔物のようだ。
焼石に水かもしれないが俺も気をつけておこう。
とりあえずアンナちゃんを回収して逃げる方向で進めよう。
馬車に近づき、中を覗くとそこは血の海だった。
その中でアンナちゃんは手と足を縛られ気絶しているようで横たわっている。
その細い手足は縄で擦れたのか痛々しい傷が出来ていて……
くそっ、胸糞悪い、一体何の目的でこんなことをしたんだ。
「もう大丈夫だ、安心してくれ」
聞こえてないとはわかっている、だが声をかけずには居られなかった。
手足の縄を外し、
「よいしょっと」
アンナちゃんを左腕に抱えて馬車を後にする。
その時だった。
『危ないですっ!』
「がぁっ⁉︎」
背後から脇腹から腰にかけて途轍もない衝撃、辛うじてアンナちゃんは守ったものの槍を取り落としてしまった。
槍を慌てて拾い、振り向き様に薙ぎ払うが手応えは無い。
「パワーアップしやがって……」
『流石に本気でマズいですね……逃げきれるかどうか』
その魔物の姿は先程とはまるで違うものだった。
滑らかで流線型だった先程とは全く異なり、全身が筋肉質に、筋張っている。
その長い腕は四本に増え、先が槍のように尖った長い尾が生えている。
「キィィィイィィィッ!」
魔物が飛びかかってくるが、速い!
体躯は大きくなったというのに更にスピードが増している。
アンナちゃんを抱える左側を後ろに隠し、右手だけで槍を構え受け止める。
「ぐっ……」
なんて重さだ、腕が軋む。
筋繊維が千切れる音が聞こえるようだ。
そこへ魔物が尻尾の一撃を顔面に突きを放つ。
間一髪首を倒して避けるが顎を掠った、脳震盪が起こったのか足元が覚束ない。
『しっかりして下さい! 貴方が倒れたらアンナちゃんはどうなるんですか!』
そうだ、俺は。
「あああああ!」
力を振り絞り、前蹴りを喰らわせる。
不意を突かれたのか、不完全な体勢で放たれたもののそれはしっかりと魔物の膝を捕らえ、砕いた。
足からは骨が飛び出し、体液が地面に染みを作る。
「ギィァァァァ!」
魔物が苦悶の声をあげ跳び退る魔物。
よし、これで少しでも時間稼ぎができるはずだ。
早く逃げなければならない、だが思うように足が動かない。
やっとのことで立ち上がる、が。
「おいおい、マジかよ……」
そこには折れたはずの足が完治した魔物が立っていた。
「キィィィィイッ! キイィッ!」
怒ったように叫びながら飛びかかって来る魔物。
せめてアンナちゃんだけでも守り抜かねば。
アンナちゃんを後ろに庇い、衝撃に備え目を瞑る━━━━━━━━━━
「ん……?」
だがいくら待っても来るはずの衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると……
「シーニャさん?」
「怪我はありませんか?」
怖そうなメイドさんことシーニャさんが魔物の一撃を障壁で受け止め、凛と佇んでいた。
「どうしてここに……」
「外壁付近で攻撃魔法の魔力反応を感じまして、衛兵も出ていないようですし何事かと思い来てみると、アキトさんとアンナちゃんが襲われていたので……というわけです。ですが……その傷はコイツですか?」
その視線がアンナちゃんに向いた時、雰囲気が一変した。
全身から魔力が立ち上り、シーニャさんの周りの空気が歪んでいるように見えるほどだ。
「アキトさんもそんなにボロボロになって……お仕置きが必要な様ですね」
そう額に青筋を立てながら無表情で呟くシーニャさん、恐ろしい。
だがそう言っている間にも魔物の攻撃は続いている。
遂に障壁に破られ、その腕がシーニャさんに叩きつけられ━━━━━━━━━━━
「ギィァァアァアァ⁉︎」
魔物が苦悶の叫び声を上げる。
さっきと変わらず佇む彼女の手にはあの魔物の腕が━━━━━━━━━━━━否、肩から先の腕、が握られていた。
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次回投稿は一月十五日の金曜日の予定です!




