キャットファイト(犬)
犬獣人。その特性は、犬に近い所がある。
すなわち序列が非常に重要な性分で、新入りとくれば当然上下関係をきっちりしなければ気が済まない。ましてやそれが同じ犬獣人であれば尚更だ。
ちなみにここで2人の格好を解説しておくと、ニクは宿の制服でもあるコスプレメイド服。トイはニクのふりをしていた時にも着ていたこの世界における普通のメイド服だ。
2人の犬耳褐色ロリメイドが揃って歩く。この村では有名人のニクと、それと全く同じ顔のトイ。たまたま村長邸から出てきたところに通りかかった村人は目を見開いて二度見し「あれ、俺疲れてんのかな。オヤスミナサイ」と教会に祈りを捧げに向かった。
「宿の中庭――いえ、ここは闘技場で勝負をつけましょう。わたしも本気を出します」
「あらあら、駄犬のくせに私に勝てると錯覚しているのかしら。よろしくてよ。……案内くらいはできるかちらぁ? 寄り道してはだめでちゅよ? くすくす」
「……うざいとは、こういう気持ちなのですね?」
かくして、ニクはトイを連れてダンジョンに入っていく。一応ギルドの受付はあったのだがニクは顔パスであり、ニクと同じ顔のトイも顔パス――えっ? なんで子犬ちゃんが2人? と受付のギルド員が呆気に取られている隙に通過した――である。
2人はダンジョンの中を玄関から闘技場まで駆け抜けた。
途中、前を行くニクがわざと矢の罠を発動させトイを攻撃するシーンもあったが、そのような見え見えの嫌がらせにトイは屈したりしない。余裕ではねのけ、笑顔のままニクに付いて走ったし、何なら後ろから通りすがりのゴーレムを投げつけニクが回避する場面もあった。
そんな前哨戦を道中で繰り広げながら、2人は無傷で、息も切らさず闘技場までたどり着く。
光の魔道具に照らされ観客のゴーレム達が見守るバトルフィールド。その中央で2人の褐色犬耳ロリメイドが対峙した。
いよいよ、格付けが始まろうとしていた。
「改めまして、私はトイ。貴方の姉です」
「わたしはニク。ニク・クロイヌです。ご主人様の抱き枕ですし私の方が姉です」
ふんす、と胸を張って自分の方が上だと主張するニク。
ちなみにダンジョン『欲望の洞窟』における序列は、ケーマを頂点とし、次がロクコ、その次にニクがきてイチカ、ロクコのペット達、レイ達幹部、その他部下達となっている。(とニクは認識している)
ここに新入りが入ってきた場合、どこの位置に割り当てるのが適切であるか?
当然最下層! レイ達幹部の下、『その他部下達』の中である。
そこから順当に実力をもって這い上がるのであれば、まぁ幹部くらいは許してやらないでもないこともない。
「抱き枕。あらあら結構な役職ですこと! では私もその仕事を仰せつけられるのでしょうか? うふふ、駄犬にできて私にできないことなど何一つとしてありませんからね。むしろ私でなければ満足できない身体にして駄犬の仕事を楽にして差し上げましょうか」
口元に手をやり、クスクスと笑うトイ。
トイの基準では、レオナが最上位に君臨しておりそれとは別に今回あらためてケーマの群に入るのであり、ここでの順位は実力を鑑みて最低でも幹部と同レベル以上であれば何ら文句はない所存であった。
しかしそのような謙虚な考えは『失敗作が序列3位』という現状の前にはひとえに風の前の塵に同じ。
なぜならトイは有能であり、無能な失敗作よりも序列が下などとはレオナの命令でもなければ従えないほど腹がぶんぶく茶釜。
国を手玉にとってきたトイは自身を有能だと認識しており、文句があるなら国を堕としてから言うべきだ。当然、自分より無能な存在が上に立つなど認められるはずもない。
ここにきては自分が3位に納まるか、あるいは失敗作に身の程を教え込み順位を下げるなりして自分が上に立つべきであると感じていた。
「ところで駄犬。確認ですが、どこまでやっていいのでしょうか? さすがにケーマ様の抱き枕を許可なく廃棄処分するのは気が引けるのですが」
「ご主人様の手を煩わせない程度――としましょう」
ニクは【収納】から模擬戦用の木製ナイフを取り出す。
トイは【収納】から木の棒を取り出した。握りやすい太さで身長ほどの八角柱、棍だ。
「ええ、それが良いですね? では」
「はい」
同意がとれたところで犬耳褐色ロリメイドによるマウンティング合戦が始まった。
*
先に仕掛けたのはニクだった。一足で懐に踏み込み、両手にそれぞれ構えた木製のナイフを交差するように横に振るう。が、それをトイは棍を地面について棒高跳びのように高く跳ぶことで回避した。
トイはそのままニクの頭を踏みつけるように蹴りを放つが、これをニクは後転しながら蹴り上げて足で受ける。お互いに相手を踏みつけ、トイは棍をちゃっかり持って距離を取った。
「くすくす、せっかくゴシュジンサマから頂いた服の、背中が汚れますね? いいので?」
「これくらい『浄化』で落ちるので問題ありません」
「あらそう」
ふふん、と鼻で笑うトイ。その周囲に魔法陣が浮かぶ。
「■■、■■■■■■■■■、■――【ファイヤーボール】」
「っ」
向かってくる火の玉を横に転がってかわすニク。さすがに服が燃えたら困る。
「あらあらぁ、服が燃えちゃうくらいならいっそ脱いでおいた方が良いのではなくて?」
「ざれごとですね。当たらなければ問題ありません」
「そうでちゅかー、あさはかでかちこいでちゅねー? くすくす」
ぱちん、と指を鳴らすトイ。今度は詠唱が無く、それだけで火の玉が飛んできた。
「なっ、くっ」
「あら。ただの二重詠唱に遅延詠唱の併せ技なのだけど。その反応は見るの初めて?」
火の玉を木剣で弾くニク。
「ではこんなのはどうでしょう。■■、■■■■■■■■■、■■――【ファイヤーボール】」
「……ッ」
そこには5つの火の玉が浮かんで――順繰りに、ニクに向かって飛んでくる。
転がり、弾き、ニクはなんとかスカートの裾にも焦げ目をつかせることなく対処できた。が、汚れた服を見てクスクスとトイが笑う。
「五重詠唱ですよ。いいものを見れましたねぇ? ――失敗作の駄犬にこれができるかしら? これで私の方が優秀だと分かったのでは?」
「……■■、■■■■■■■■■■■■――【ファイヤーボール】」
だがここでニクも5つの火の玉をトイに飛ばす。全く同時に飛ぶ火の玉に、トイは「へぇ、やるじゃないですか」と上から目線で笑った。
「■■■■、■■■■、■■――【アイスボルト】」
トイが放つ5つの氷が火の玉を迎撃。相殺した。
「失敗作のくせに、やるじゃないですか。あははっ、それでは完成品のトイである私が、より詳しい品質試験を行って差し上げますよ!」
「わたしの方が上だと、ハッキリわからせてあげます」
ニクは、改めて木製ナイフを構えてトイを睨みつけた。
(6月25日、だんぼる13巻発売!
さーて、14巻の書籍化作業(書下ろし)に入ろうかな。
今回は……最初から書下ろし率高いの確定してるからな……!)





































