事後対応
とりあえず、ダイードの王は割とまともな人だった、というか、良く言うと誠実で、悪く言うと小心者な正直者だった。到底王とは思えない物腰。国を亡ぼすのだけはやめてくれ、どうか自分の命だけで勘弁してくれと。始終そういう対応だった。
「我が治世続く限り、ダイードにおける今後の生活を保障いたしましょう」
という発言には少し心惹かれるものがあったが……まぁ、俺にはゴレーヌ村があるしな。
こっそりとハクさんにその旨をメールでお伝えし、とりあえず、もう一つ確認しないといけないことがある事を思い出した。
「まぁ、王のお気持ちは分かりました。魔術研究所所長、トイ・ティンダロスはどうしていますか?」
「魔術研究所……所長は、ブーム・サマソでしたが……安否の確認がとれていませんな」
おっと、そのあたりも化けの皮が剥がれてる感じか。
「では犬耳の褐色幼女とかいましたか?」
「犬獣人ですかな? ……ふむ。大臣。どうであったか?」
「ええ。確かにサマソ所長の部屋に、仰る通りの子供が倒れていたので保護しています。勇者様のお知り合いですか? 今は城内の保育所に預けておりますが」
城に保育所があるのも驚きだが、どうやらトイは普通の迷子のように保護されているらしい。
「知らないとは恐ろしいな……それ、今回の犯人一味です。拘束した上で牢屋にぶち込んでおいても逃げられるかもしれませんが」
「なん……!? す、すぐに確保します! おい!」
「はッ! ただちに!」
「奴隷の首輪を付けておくといいでしょう。魔法も封じておきたいところです」
「そ、それほどまでの凶悪犯なのですか?」
「ええまあ。洗脳される可能性も考えて、不用意に近づかないことをお勧めします」
慌ててトイ確保のために動く大臣と兵士。まぁ、奴隷の首輪をつけたところで抜け出しそうな気がしなくもないが。
と、ここでハクさんから返事が届いた。早いな。
「さて、それではダイード王。ラヴェリオ帝国の意向をお伝えしましょう」
「は、て、てて、帝国? なぜラヴェリオ帝国の」
「あ、申し遅れましたが俺は帝国の貴族です。どうやら世界を越えたわけではないので、この国で養っていただく必要はないですよ」
「なん……ですと!? しかし、あの勇者召喚の魔法陣は――」
「犯人が手を加えていたのを確認済みです」
「そこまで分かっておいでか……勇者様は余程優秀な方なのですな――おっと失礼。勇者様ではないとなれば、なんとお呼びすれば?」
と、そういえば王様に対して自己紹介は一切してなかったな。俺も勇者様って呼ばれるのにまかせてこっちから名前を教えようとも思わなかったけど。
「僭越ながらラヴェリオ帝国で男爵位を賜っている、ケーマ・ゴレーヌと申します。ゴレーヌ男爵とでもお呼びください」
「ゴレーヌ男爵……おお、聞いたことがありますぞ。あの勇者ワタルも一目置く頭が上がらない存在であると同時に、ドラゴンを意のままに操る新進気鋭の英雄とか」
意のままに、って……せいぜいイグニにオヤツ献上して働いてもらうよう頼みこむくらいしかできないんじゃなかろうか?
「ああ、大臣さん。一応こちらが証明となります。ご確認ください」
「拝見いたします……ふむ、王よ、間違いございませぬ。勇者様――ゴレーヌ男爵は、正式な帝国の使者であります」
「なんと! ああ、それは重ね重ね大変申し訳ないことを」
「ああいえ、その賠償については後日ということで。……帝国の祖ハク・ラヴェリオからお言葉を預かっております。良いですか?」
「はっ! 拝聴いたしましょう」
と、ダイード王と大臣はその場で跪き聞く姿勢を取る。……帝国との力関係が良くうかがえるな。俺は、ハクさんのメールに書いてあったセリフを読み上げる。
「『此度の件は混沌案件であるが故、ダイード国自体の責は問わないものとする。被害者個人への賠償は後日使者を送る。引き続き、王として責務を果たすよう』……とのことです」
「……はッ! 迅速で寛容な対処に感謝いたしますッ!」
そのダイード王の声には安堵が含まれていた。国と王の無事が確保できたんだ、そりゃ安堵もするだろう。
と、ようやく一息ついた感じがしたところで先ほどトイを確保しに行った兵士が戻ってきた。
「勇者様! 申し訳ありませんがご確認に来ていただけないでしょうか?」
「おい。このお方は勇者様でもあるが、ラヴェリオ帝国のゴレーヌ男爵である。以降はゴレーヌ男爵とお呼びするように」
「は、はい大臣様。了解いたしました! では改めまして、ゴレーヌ男爵様。ご確認をお願いできますでしょうか」
大臣に訂正され、勇者からゴレーヌ男爵呼びになる俺。ともあれ俺もトイがどうなっているかは気になっているので、見に行くことにした。
*
「こちらですゴレーヌ男爵様」
兵士に連れていかれた先は、地下牢であった。石造りの壁と鉄格子の牢が並んでいる。その中には他にも妙に薄汚れた貴族の男が繋がれていたりもしているようだが、それらは無視して一番奥に行く。
そこは鉄格子ではなく鉄の扉が付けられており、目の高さに小窓がついていた。尋問用の部屋らしい。
「この中です」
「どれ、拝見……っと」
小窓を開けて中を見ると、犬耳褐色幼女が目隠しを付けて椅子に大人しく座っていた。着ているグレーのワンピースは囚人用のものらしい。首には奴隷の首輪も付いていて、手は後ろで縛られている。……こうしてみるとニクが拘束されているように見えて心苦しくもある。
が、こいつはトイ。混沌神の手先だ、油断は禁物である。
ニクのことを失敗作、と呼ぶからには、そのニクよりも色々な面で強かったり上回っていることを想定してしかるべきであり、そういう視点からみればこの拘束は妥当だろう。
「こちらの少女が、その、本当に犯人の一味なのでしょうか?」
「間違いないな。捕らえる際に抵抗はされなかったか?」
「はい。こちらの言うことを素直に聞き入れ、首輪も自ら受け入れました。勇者様、あいえ、ゴレーヌ男爵様の仰る通りに捕縛しています……自分にはやり過ぎではないかと思うくらいなのですが」
「……何を企んでいるかはさっぱり分からないが、油断はするな。また操られても知らんぞ」
俺がそう言うと、兵士はごくりと唾をのんだ。
「……その、これからどうなさいますか? 尋問、でしょうか?」
「そうだな。早速だが話を聞かせてもらうとしよう。……ところで、首輪の権限とかはだれになってるんだ?」
「今は捕らえた者――自分が権利を持っている状態ですが、男爵様に移譲もできます。いかがなさいますか?」
なるほど。
というわけで、俺は改めてトイと対面することとなった。





































