「魔王」のはなし
むかし、むかし。
あるくにに、それはそれはえらいまほうつかいがいました。
まほうつかいはたくさんのまほうがつかえるだけでなく、とあるじじょうからふろうふしでした。
まほうつかいには、つまがいました。
まほうつかいのつまは、うつくしいようしをもっていながらそれをじまんしない、とてもやさしいひとでした。
まほうつかいとつまは、ふかくあいしあい、しあわせなひびをおくっていました。
しかし、からだのよわかったまほうつかいのつまは、まほうつかいをのこしわかくしてなくなってしまいました。
まほうつかいはかなしみ、くるひもくるひもつまをしのんでなげきくらしました。
そしてあるひ、まほうつかいはきめたのです。
いとしいつまを、よみがえらせることを。
つまに、もういちどあいたい――
しんだひとをいきかえらせるまほうをつくることは、まほうつかいにとってもかなりむずかしいことでした。
なんどもなんどもしっぱいし、ながいとしつきがたちました。
おもいがつのるあまり、あせったまほうつかいは、とうとうたにんのいのちをまほうのじっけんにつかうようになりました。
ひとのいのちをなんともおもわなくなってしまったまほうつかいを、ひとびとはいつしか「まおう」とよぶようになりました。
だれもが「まおう」のすがたにきょうふし、まいにちふあんをかかえてくらすようになったころ、ひとりのせいねんがあらわれました。
せいねんは、なかまとともに「まおう」をたおすたびにでかけました。
「まおう」は、もともとだれにもまけないつよいまほうつかいだったので、ひとびとはわかいせいねんがいのちをちらすのをあわれんでいました。
しかし、いくたのこんなんをのりこえ、せいねんとそのなかまたちは「まおう」をうちたおしました。
おおきなきずをおい、ふしのまほうがとけかけている「まおう」にむかって、せいねんはいいました。
「ごせんぞさま、わたしがあなたをあなたのつまのもとにおくってさしあげましょう」
「まおう」――まほうつかいは、くるしそうなかおをすこしだけゆるめて、おだやかなほほえみをうかべました。
せいねんがけんをまほうつかいにつきたてたしゅんかん、まほうつかいのからだはひかりのつぶとなってそらへのぼっていきました。
これいこう、ひとびとはごひゃくねんぶりに「まおう」におびえることもなく、しあわせにくらしました。




