第25章「終劇の一声」
「人探しを、お願いしたいのです」
「人探し?」
「ええ。私のパートナーだった子です。入洲 燕と言って……今、行方不明です」
「行方不明……って」
飛鳥の言葉に、鶫が口を挟もうとしたが、千鶴に制された。飛鳥は話を続ける。
「一応、彼女はクーデターの時は生き残りました。穏健派では私と彼女だけでしょうか、生き残ったのは。そういう意味でも狙われる存在ですね」
それを聞いて、鶫は身を乗り出すよう問いただしていた。
「そんな重要な人物なのか!?」
「ええ。ただ、私と違って学園には潜入していませんでした。クーデターの原因を直接探るって『統治機関』の方に探りを入れていました」
「で、連絡が付かなくなった……ということか」
……燕、あの子はどこにいるのかしら?
鶫は力が抜けるように椅子に座った。
「能力は正確には覚えていませんが……ただ、彼女は武器が協力でした。名前は『正義の乙女』。形状は槌と鎌の合成武器です」
「今度は『正義の乙女』ですか……秤を持った、正義の象徴みたいな女神ですね。他の正義の女神とも同一視されます。それと、一説にはおとめ座ですね」
水月が呟いている間、皆の視線が集まった。だが、集中した水月は喋るのを止めず、話し終えたところで周囲を確認し、オロオロと慌てだした。そこに千鶴が助け舟を出す。
「なるほど、分かりやすい解説をありがとう。後輩くん、続けてくれ」
「ええ。今の話の通り、『正義の乙女』は法を司る槌と、断罪を司る鎌が合わさっています」
「法を司る槌?」
「法廷で鳴らされる槌ですよ『静粛に』って叩く槌です」
……こう言うとみんな納得するのよって、よく燕も言ってたわね。
すると、皆イメージが出来たのか、頷いた。
「ちなみに『正義の乙女』はそれと同じような効果を、戦場で自由に発せます」
「同じような効果?」
皆の頭に再び疑問符が浮かぶが、続けて飛鳥が丁寧に説明した。
「どこかに打ち付けて鳴らした音を聞かせることで、相手の動きだけを強制的に封じます」
その説明を聞いて疑問符は吹き飛んだが、皆が固まった。
「それは……随分と強力な武器だな。そして動きを止めてから断罪の鎌で攻撃、という訳か」
「その通りです。実際、彼女がいなければ私もどうなっていたか……分かりません」
……そう、あの日の事は燕に借りがあるわ。
飛鳥は、皆に気付かれないように浅く唇を噛んだ。何もできない自分に苛立つように。
「ふむ。加えて、逃げるにも絶好の武器という訳か」
「だからこそ、彼女と連絡が取れないのが心配なのです」
すると、自信満々な笑みを浮かべつつ、千鶴が話を振った。
「では、頼めるかね?『情報屋』くん?」
「もちろん、仕事であればきちんとやるが……それなりの報酬をもらうぞ」
「ははは。言うじゃないか。で、何の情報が欲しいのかね?」
千鶴は変わらず余裕の笑みを浮かべていたが、小春はその態度に軽く舌打ちする。
「いや、今までの話だけで依頼料としては充分だ。あとは仕事を達成した時の報酬だな」
「そう。じゃあ燕の写真を後で送っておくわ」
……燕、無事でいてね。
飛鳥は半ば祈るような気持ちで、依頼の話がまとまったことを喜んだ。
「では他に話はないかね?」
と、そこで千鶴は一度、椅子に座り直す。その珍しく真剣な面持ちに、皆が一瞬緊張した。
「ふむ。では最後になるが……」
……何の話かしら?
その緊張を破ったのは一つの声だった。
『緊急放送!緊急放送!敷地内に未登録の能力者反応。一般生徒は避難してください。繰り返します。一般生徒は避難してください』
突然の事だったが、翼が冷静に切り返した。
「会長、固有能力識別装置は正常に動作していますよね?」
「ああ。この時間帯だからな。つまりこれは――敵襲だ」
「その――固有能力なんとかってのは何かしら?」
……なんだか、私がとても頭が悪いようね。
内心苦笑しながらも、飛鳥は自分が今の状況を理解出来ていない側にいると分かっていた。
……でも、私が何を分かってないのか知っているのは大事なことよ。
ふと、飛鳥は昨日の翼との話を思い出した。
……翼はお姉様の事を、どれだけ思い出しているのかしら。
もし、大事なものを忘れたことさえ、今の翼には分からないのだとしたら。
だとすれば、昨日の『助言』は役に立たない。翼は、失うものの怖さなど知らないからだ。
……本当にそうだとしたら、希望など一欠片もないわね。
「――後輩くん?」
● ●
別の事を考えていた飛鳥を引き戻したのは、千鶴の声だった。
「固有能力識別装置はその名の通り、能力を識別する装置だが。後輩くん、聞いているかね?」
「え、ええ。大丈夫です」
……ふむ、まあ考え事もいいがね。
「それで、基本的にここでは対能力者用の警報が必要になる。能力者はその能力が個別に特徴的であるように、そこから識別することが出来るんだよ」
「生徒が授業を受けている際には常に動作していて、未登録の者が入ってくれば警報が鳴る」
千鶴の説明に鶫が素早く補足を入れる。だが、翼が質問した。
「でも、能力は普通遺伝するんですよね?」
……流石は翼くん、なかなかの返しだ。
「だから通常、親族などの場合はいきなり緊急放送にはならん。無断で来ている者が居るとこちらに情報が来て、その人はそこで止められる。まあ今回の場合は、ほぼ確実に敵襲だろう」
千鶴はその場でふぅと息を吐くと、肩をすくめて笑った。そして、素早く指示を出し始める。
「いいか、私は鶫と共に生徒の安全を確保しつつ避難誘導をする。秋時は迎撃に行ってくれ」
「「了解」」
……いつもありがとう、二人とも。
白羽姉弟がすぐに返事して、準備を始めた。
「翼くん、後輩くん。二人はまだ正式に生徒会に入った訳ではない。だから今はお願いだ……迎撃に協力してくれ」
「言われなくても行きますよ」
「いいわ。迷惑かけた分は――ここで名誉挽回しましょう」
……いい返事だ、二人とも。
「ありがとう。最後に、小春くん、水月くん。二人に関してはキミたちの意思に任せる。ただ、どこに行くのかは教えてくれ」
「俺は相手の出方が見たい。こっちはこっちで勝手にやらせてもらう」
「私は、小春さんを守ります」
……この二人も今は心配なさそうだ。
「分かった。では全員、無事でいること。いいね?」
「「了解」」「「はい!」」「「はいはい」」
「次までに、返事を統一しておこうか……」
……ふ、微笑ましいが――今はこれが私の用意出来る精鋭か。
「千鶴。固有能力識別、確認出来るものは位置まで出たぞ」
「ふむ。では、迎撃するものはそれを参考に向かってくれ」
「敵は今、分散している。メンバーは前回と同じで十和・九恩・真八の三名のようだ」
千鶴と鶫の会話に、飛鳥が問いかける。
「その三人の能力は?」
「秋時が知っている。道すがら説明してもらってくれ」
……私の大事なもの、守って見せるさ。
「では、私と鶫は一足先に別れて行くが……あ、翼くんは一緒に来てくれ」
「へ?」
「それでは、あとで合流しよう」
● ●
「さて、あの三人はどんな能力なんです?」
秋時はいきなりの飛鳥の問いに対して、ため息混じりに答えた。
……千鶴様も面倒だからって、こっちに振ったんじゃないだろうな。
「ああ、簡単に説明するが、十和・九恩は不死の能力だ……自分たちで言っていた。ただ、戦闘能力は恐れるほどではなかったな」
「つまり、時間稼ぎ用……ですか?」
続けて水月が尋ねてくるが、頭を掻きつつ答える。
……痛いところだが、こっちも万能じゃない。
「かもしれないし、こちらの力量を図っているのかもしれん。とりあえず今回はこちらも避難が完了するまで時間を稼ぐのが目標だ。慎重に行こう」
分かる範囲で指示を交えつつ答えると、今度は飛鳥に確実な情報を要求された。
「で、最後の一体の能力はなんですか?」
「ああ、真八は遠距離からの爆破攻撃と、知覚に干渉する暗闇の場を形成できる。こいつの方が今のところは厄介だな」
「とりあえず、敵に前進されるより先に頭を押さえるしかないな」
……意見を挟んでくれるのはありがたいな。
正直、まだ小春は全面的に信頼できるか疑問ではあるが、その能力は高そうだ。
「そうね、急ぎましょう」
「ここでこちらも分散しよう。戦力を集中しても、各個撃破はおそらく無理だ」
こちらで提案をする。だが、まず疑問をぶつけて来たのは飛鳥だった。
「先に真八だけ叩きに行くっていうのはどうなんです?」
「逆に相手の思う壺だ。真八の知覚干渉の罠は侮らない方がいい」
「――ちょっと待ってください。知覚干渉って、さっきの警報は役に立つんですよね?」
……ふうん、話が飛ぶように見えて、なかなか頭も回るもんだな。
秋時は少し飛鳥に関心しつつ、答えを返していった。
「ああ、あれは能力を識別しているから関係ない。もし引っかからないとしたら、能力以外で能力の有無を判定できなくする――なんてデタラメなものが必要だな」
「そんなすごい装置が、何でこの学園にあるんですか?」
「さあな?少なくとも今考える事じゃないだろ」
「今……ああ。いえ、そうですか」
「ん?何か納得できることでも言ったか?」
「ええ、私にとってはとても」
……なんだ?
妙な下がられ方をしたが、それこそ今追及することじゃないと思う事にする。
「じゃあ、私はこちらから行きますね
「待て」
と、飛鳥が分かれ道から行こうとすると、小春が引き止めた。
「え?」
「名前は?」
「それを聞いてどうするの?」
威圧的な態度の二人が衝突しそうになるが、間に素早く水月が入り込む。
「ひ、必要があるから聞いているんです」
息を吐くと、飛鳥はすぐに矛を収めた。
「飛鳥。鷺崎 飛鳥」
それだけ聞くと、小春はすぐに頭に手を置いて一度目を閉じ、すぐに開いた。
『声が聞こえるなら、頷いて反応しろ』
飛鳥は首を縦に振って見せる。だが、周りの人たちは誰も反応していなかった。
「これが俺の能力。簡単に言うと『テレパシー』だな」
「でも、これが何の役に立つの?」
「戦闘中に手が塞がり、雑音だらけで聞こえない通信機器がいいなら、そちらを使うがいい」
小春は皮肉を言って肩を竦めると『テレパシー』は次の人物に移った。
……次は俺か。
『生徒会の方は流石に名前も知っているんだがな。白羽 秋時』
『アンタは先輩に敬語を使うとか、そういう気配りは欠片もないんだな』
……こいつは会話もできるのか。
やってから驚くというのも変なものだが、正直驚いていた。
『目上の者は敬うべきだと説教か?』
『いや、俺としては裏表が無くてやりやすい。それに、言葉遣いより本心の方が大事だ』
『なるほど。合理的な考え方だが、同時にこちらを信頼してくれる、と取っていいのか?』
『まずはこちらの器の大きさを見せろと、どこかの誰かさんが言っていたものでな』
『ふん。厄介な親分がいるようだな』
そこで、小春は秋時と少し目線を合わせて笑い合った。そして、小春は目線を外すと『テレパシー』を切断した。それを見ていた飛鳥が片手を挙げ、再び発言する。
「じゃ、私はここから別行動でいいのかしら?」
「あ、はい。もし何かあればまた連絡します」
「そう、じゃあよろしくね」
水月の対応に笑顔で答えると、飛鳥は別の道へと走っていった。