第26章「一本道の問題」
飛鳥は無人の廊下を走っていた。
……どうやら避難は順調なようね。
その時、視界の端に何かの影が見えた。
「――ッ!」
横の扉を貫いて出てきたのは、槍だった。飛鳥は咄嗟にスライディングをすると、目の前の槍の下側を滑り抜けた。
「外しましたか」
「誰かしら?」
後ろからの声に、飛鳥は立ち上がると同時に振り向きつつ反応した。
「前回自己紹介はさせていただきましたが、違う方のようですね」
一方で、相手も扉から槍を引き抜くと、扉を開けて廊下に出てくる。
「回りくどい言い方は好みじゃないわ。私は飛鳥。あなたは?」
「九恩と申します。以後、お見知り置きを」
「九恩。……随分と目立つ格好ね」
と、飛鳥は九恩の服装を見ながらしばらく考え込んでいたが、思いつくように話を始めた。
「ちょっと気になることが出来たわ。もう少し話し……いえ、質問させてもらっていいかしら?」
「別に構いません。私の目的は分断ですので、戦闘でも会話でも目的は達成できるでしょう」
「目的まで話しちゃっていいの?」
「ええ。どうせ味方を呼んでも無駄ですし、ここから離れることは私が許しません」
「ふうん。大した自信ね。ああ、ちょっと飴を舐めてもいいかしら?」
「別に構いませんよ」
飛鳥は飴を口に放り込むと、不敵に笑みを浮かべた。
● ●
「鶫、避難状況はどうだ?」
「ああ、生徒は順調に体育館に避難している。あと数分もかからず完了するな」
翼は、冷静なやり取りを重ねる鶫と千鶴を見ていた。
……大体、なんで俺はここに連れて来られたんだ?
「で、それが終わったら先輩たちも向かうんですか?」
「翼くん、焦るものではないよ。我々には全員の確認と、安全の確保という作業が残っている」
……なんだかんだ言って、先輩は必要とされている。
つまり、ここから動くことは出来ないという訳だ。
「で、俺を連れてきた理由はなんなんです?」
「その事か。鶫、もう大丈夫そうか?」
「ああ。あとは完了するまで私が見ている、先に話をしていてくれ」
千鶴は鶫との話を切り上げると、いつもの余裕の笑みで翼の前に立った。
「さて、ここにキミを連れてきたのは他でもない。私から話がある」
「話?なんですか?」
千鶴がこんな風に切り出すのも珍しいことだが、何よりも――
……さっき言えば良かったんじゃないのか?
「ふふ。不思議そうな顔をしているね。疑問があるなら口にしたまえ」
「いえ、なぜ俺を連れてくる必要があったんです?」
「そうだね。普通に考えれば、さっき言っても良かったはずだ。つまり……」
「何か秘密の話ですか?」
「ははは。私はあまり隠し事は好まないよ?君も知っているだろう?」
……そうだ、この人は能力さえ公言するような人だ。
「じゃあ……」
「なぜ、などと軽々しくいうものではないよ?考えたまえ、翼くん」
「――っ」
……息苦しくなるほどの威圧感だな、この人は。
時々、本当に千鶴が味方なのかと思うほどだ。もっとも、千鶴にとっては戯れなのだろうが。
……しかし、そんな先輩が皆を遠ざけたいと思う話とは、何だ?
「つまり――俺の問題ですか」
「ふむ。分かったのなら、私から説明するまでもあるまい」
「じゃあ、答え合わせを。つまり先輩は俺の能力に関する話をしたくて、その話をあの場でする訳にはいかなかったからここまで連れてきたって事でいいですか?」
すると、千鶴はフッと笑った。
「大方正解だ。キミを戦闘に引きずり出すのに、キミの能力に触れない訳にはいかないのでね」
「戦闘に……先輩は俺を戦わせるつもりですか?」
その問いに、千鶴はすぐには答えなかった。少しの沈黙の後、別の話を始める。
「……私は現時点では、この学園で唯一本気のキミと戦った人間だろう?」
「そう……ですね」
「だから、私は知っている。キミの実力を」
「だから……戦えと?」
翼は、千鶴の視線を真っ直ぐに受け止める。
「それから、私は昨日……後輩くんがキミに何を話そうとしているかも大体聞いたよ」
「……!?」
……飛鳥の話を知っていた?
「だが、後輩くんがどんな話をしたのかは知らん。そこまで盗み聞きはしていない」
笑って話す千鶴に対し、動揺していた翼も一度ため息を吐き、一転して笑い混じりになる。
「そう言われると、なんだか全部聞かれていた気がしますよ」
そして、千鶴の声が急に真剣になっていく。
「だが、その上で言おう。私は、キミに決断を求めない。キミの力を全て理解した上で、一つのお願いをするだけだ」
「なんですか?」
「キミの力を、私の目的のために利用させて欲しい。責任は私が取る」
「お断りします」
……いくら先輩でも、そこまでは任せられない。
「おや、これには即答するのかね」
「これにはって……やっぱり盗み聞きしてたんですか!?」
「いやいや。実は昨日、キミと話を終えた後の後輩くんに会ってね。浮かない顔だったもので、キミは良い返事をしなかったと推測しただけさ」
……何とも胡散臭い、だが――
「まあ、先輩ならやりそうですね……」
「分かってくれて嬉しいよ。昨夜は後輩くんが浮かない顔だったので、ちょっかいを出した訳だが……随分怒っていたね」
……ああ、これは本当にやったんだな。
「ええ。でも一言いいますよ、先輩……最悪だなアンタ!」
翼のいきなりのツッコミに、千鶴は嬉しそうにクックッと笑いながら返事をした。
「そんな秋時のような言葉づかいをするものではないよ?」
「いない人間をネタにするな!先輩の周りの人は、一番上がこんな人でよくついて行けるな!」
「そうだろう。自慢の部下だ」
「いや、先輩に皮肉を言ってるんですが!?」
「ふん。私に皮肉などが通じると思ったのかね?」
千鶴はまだ半笑いながらも胸を張って見せる。だが、すかさず翼がツッコんだ。
「偉そうだけど、さっきから言ってること最悪だよ!」
翼はフッと息を吐く。千鶴はまだ笑い続けていたが、やがて真面目な顔になった。
「で、なぜ断るのか、尋ねてもいいかね?」
「そのくらい考えろって返してもいいですか?」
「それはキミでも答えが出ないからかな?」
……キツイなぁ。
相変わらず千鶴は容赦がない。からかっただけだが、こちらが痛い目を見そうな答えだ。
「違いますよ。ただ、ちょっと聞いてみたくなっただけです」
「ふむ、答えの出ない問題を延々考え続けるのは時間の無駄だな。想像は自由に出来るが」
「なら、さっきのが先輩の答えですか」
「他の答えなら、私の知るところではない」
……俺もそのくらい割り切れればいいんだけど。
自分に関わりないなら、捨てて行ける。きっと千鶴はそういう人だろう。
翼は、相変わらず偉そうに構える千鶴を見つめた。そして慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、俺は先輩に責任を押し付けるのは嫌だと思った、だから断っただけですよ」
「なら、その力を持ちながら持て余すと?」
「力なら、先輩が持ってるじゃないですか」
……そう、この人は間違いなく学園一の能力者なのだ。
しかし、千鶴は少しの間をおいてから、話を続けた。
「……ふむ。私の『念動力』は、離れた物に力を加える――超能力の類だ」
「今更ですが、それが何か?」
「その力だけでは、出来ないことが多すぎるのだよ。キミも分かっているだろう?」
「そうですね。だから俺が『不死の呪い』を使って戦いを挑んだ」
……確かに、先輩の力は万能ではない。
だが、だからといって『不死の呪い』がそんなに役に立つとも思えないが。
「あれだけの力を見せておいて『協力しません』はないだろう?」
「いや、そのために戦ったんですが……」
「ああ、だからそれも全て分かった上で、キミを利用したい。どうだろう?」
「どうって言われても……」
「ま、これで手続きは終了なんだがね」
「は?」
……何の話だ?
千鶴は、突然話を切り替えた。
「もういいよ。そろそろ後輩くんの所へ行ってあげたまえ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
話を打ち切ろうとする千鶴を、翼は引き留めようとした。しかし、別の声がそれを阻む。
「千鶴!確認が一段落するから、お前が挨拶しろ!」
「ああ、分かったよ。鶫!」
翼は身を翻しすぐに歩き出した千鶴を、見送るしか出来なかった。
「さて。この先、キミの選択は見えているのでね。そのための事前手続きだ」
千鶴は笑みを浮かべつつ、歩きながら一人呟いた。
「今は気にしなくていい。後で思い出したキミの罪悪感を、これで減らせるなら充分だ」
千鶴は最後にもう一度だけ、フッと微笑んだ。




