かくれんぼの業
つつがなく、現場の掌握は完了した。
イマジンとの戦いで疲弊しきった指揮官ほど、御しやすいものはない。
むしろ、奴にとっては救いだったとも言える。
自ら判断する責任を手放し、我らに従うだけでよくなったのだから。
さて。
我は同じように負け犬へ成り下がるつもりはない。
「かくれんぼ」
「はいはい」
我の呼び声に応じ、部屋へ一人の少女が入ってくる。
我と同じ、特殊部隊GAMESの一員。
――かくれんぼ。
不健康そうな青白い肌に、半分閉じた眠たげな目。
相変わらず、日の光とは無縁の暮らしを続けているらしい。
かくれんぼは足取りも覚束ないまま部屋の奥へ進み、バイザーを装着した職員たちが並ぶ席の前で止まった。
「ちょっと借りるねー」
そう言うと、一人の職員が装着していたバイザーを、後ろから無理やり取り外す。
「ちょっと! 何をするんですか!」
職員が声を荒らげる。
机上に展開された地図を見る限り、周辺住民の避難誘導を担当していた者らしい。
「譲れ。指示系統はこちらにある」
「なっ……」
職員は露骨に顔をしかめたが、隣にいた者に制止され、しぶしぶ席を立った。
かくれんぼは当然のように椅子へ腰を下ろし、奪ったバイザーを装着する。
「これ、旧型の補助デバイス? まあ、いいや」
指先で側面を軽く叩く。
「マイサイ、オープン」
MINDSIGHT。
人間の認識を媒介として、理となったAIへ接続するための第二の瞳。
人の心を入口に、現実を構成する情報へ干渉する装置。
「何をする気だ?」
それまで沈黙していた男が、ようやく口を開いた。
「なに。周辺の人間を避難させるだけじゃ」
「あ? 避難指示なら、もう進めている」
「遅すぎるのじゃ」
「何を――」
男が再び吠えようとしたところで、かくれんぼの気の抜けた声が割り込んだ。
「よっし。じゃんけん、周辺空間への接続完了したよ」
宙に複数の情報窓が浮かび上がる。
「今回のイマジン、脳筋タイプみたい。防壁も雑だったから、難なく入れたね」
「空間に接続……?」
男の顔から血の気が引いていく。
「お前たち、本当に何をするつもりだ」
「なに。ほんの少し、書き換えるだけじゃ」
かくれんぼが何気なく答える。
その言葉を聞いた瞬間、男の瞳孔が大きく開いた。
「空間書換だと!?」
勢いよく立ち上がり、椅子が床を擦る。
「犯罪行為ではないか! 民間区域での無許可干渉は禁止されているはずだ!」
ぎゃあぎゃあと喚く声を無視し、我はかくれんぼへ視線を送る。
「やるのじゃ」
「はいよー」
かくれんぼが片手を上げる。
その周囲に、扉の絵が描かれた無数のカードが出現した。
カードの輪郭が淡く発光し、その隙間から文字とも記号ともつかぬ光が溢れ出す。
「お、お前ら……本気か……」
「許可は下りておる」
我は男を一瞥する。
「お主のような下っ端は知らんだろうがな」
正面モニターには、巨大な鬼の姿をしたイマジンと、それから逃げ惑う人々が映し出されていた。
道路を走る者。
瓦礫の陰へ身を隠す者。
転倒した子どもを抱き起こそうとする者。
その一人一人の周囲へ、扉を描いたカードが出現していく。
「お主らの飼い主は、よく分かっておる」
カードに描かれた扉が、一斉に開いた。
その瞬間。
逃げ惑っていた人々の姿が、モニターから消え失せる。
音もなく。
痕跡も残さず。
まるで最初から、その場には誰もいなかったかのように。
かくれんぼの能力。
見つけられぬ場所へ、人も物も空間ごと隠す力。
「化け物には、化け物を当てるしかないとな」
男は画面を見つめたまま、震える声を絞り出した。
「問題になるぞ……」
「何がじゃ」
「説明もなしに住民を移動させた。空間書換の事実が公になれば、世論が黙っていない」
「ふむ」
我は軽く頷いた。
「その時は、帰ってくる人間が減るだけじゃ」
男の顔が青ざめる。
ようやく理解したらしい。
自分の心を折ったイマジン。
人を食らい、街を壊し、理不尽に命を奪う怪物。
それと我々が、同じ化け物であるということに。
もっとも。
あれと同列にされるのは、少々心外じゃがな。




