じゃんけんは笑い、折り紙は微笑む
――2XXX年。
かつて、AIと呼ばれていたそれは、世界の理となった。
誰もが望んだ、夢の仕組み。
人の想像を読み取り、形を与え、現実へと具象化する構造は――
人類を、絶滅へ一歩近づけた。
「何をモタモタしている!」
怒声が指揮室を震わせる。
叫んだのは、この警察署の指揮官を務める男だった。
その正面には、黒いバトルスーツに身を包んだ屈強な隊員たちが並んでいる。だが、誰一人として男と目を合わせようとはしない。
「し、しかし……あんな化け物を、どうしろと」
「それを考えるのがお前らの仕事だろうが!」
男が灰皿を投げつける。
鈍い音を立てて壁にぶつかり、吸い殻が床へ散乱した。
かつて、男はこの警察署でも有望なエースだった。
だが――疲れたのだ。
仕事にではない。
考えるという行為、そのものに。
男は荒い息を吐き、大型モニターへ視線を移した。
映し出されているのは、炎上する高層ビル。
その屋上に、異形の怪物が立っている。
猿の腕。
犬の脚。
雉の翼。
それらを無理やり人型へ縫い合わせ、中央に人間の顔を埋め込んだような姿。
かつて、英雄と呼ばれた想像の成れの果て。
「桃太郎……」
男は忌々しげに、その名を吐き捨てた。
イマジン。
人間の想像が産み落とした災厄。
物語や伝承、噂、恐怖。
人々の脳裏に強く刻まれたものほど、巨大で凶悪な姿となって現実へ降り立つ。
桃太郎の立つビルは、今も赤々と燃え続けていた。
「今日は、あいつの移送だってのに……」
その瞬間。
ガンッ、と巨大な衝撃が走り、建物全体が揺れた。
天井から埃が降り注ぐ。
「なんだ!」
「か、怪物の一体が、こちらへ侵入しました!」
桃太郎と同時に現れたイマジンは、一体だけではない。
頭部に角を生やし、歪んだ金棒を振り回す怪物たち。
物語の英雄に討たれるはずだった存在。
桃太郎に従う――鬼。
扉の向こうから、銃声が響く。
怒号。
悲鳴。
肉の潰れる音。
やがて、銃声が止んだ。
静寂が訪れる。
男は震える手で拳銃を抜いた。
「全員、構えろ」
隊員たちが一斉に銃口を扉へ向ける。
次の瞬間。
ドンッ!
鋼鉄製の扉が、蝶番ごと吹き飛んだ。
煙の奥から、二メートルを超える巨体が姿を現す。
鬼だ。
その太い腕には、下半身を失った隊員が握られていた。
「撃て!」
一斉射撃。
耳をつんざく銃声が指揮室を埋め尽くす。
無数の弾丸が鬼の肉体を叩き、火花と血飛沫を散らした。
それでも、鬼は止まらない。
「オオオオォォォ!」
雄叫びとともに腕を振り払う。
拳が一人の隊員の頭部を捉えた。
首から上が消え、残された身体だけが力なく崩れ落ちる。
「化け物が……」
男は拳銃を構えながら、理解していた。
これは、自分たちの力でどうにかできる相手ではない。
警察も。
軍も。
人間が作った兵器も。
物語そのものを殺すことなどできない。
――ここまでか。
男が引き金に指をかけた、その時。
「なんじゃ、この部屋は。負け犬臭がプンプンするのぉ」
場違いなほど間の抜けた声が響いた。
鬼の背後。
幼い少女の声だった。
鬼が振り返ろうとする。
だが、その巨体は動かなかった。
ズルッ――。
首から腰にかけて、斜めに一本の線が走る。
鬼の上半身がゆっくりとずれ落ち、床へ倒れるより早く、青白い粒子となって霧散した。
光の霧の向こうに、二人の少女が立っていた。
共通の黒い戦闘服。
肩には、紫色の刺繍で刻まれた五文字。
――GAMES。
「お前らは……」
男が呟く。
「なんじゃ、負け犬」
片方の少女が即座に言い放った。
小学生ほどの背丈。
揃えられた黒いおかっぱ頭と、幼さの残る顔立ち。
だが、その細い指には、血の代わりに青白い光をまとった巨大な鋏が握られていた。
「じゃんけんちゃん。困惑している方に、そんなことを言ってはいけませんよ」
隣に立つのは、高校生くらいの銀髪の少女だった。
穏やかな微笑み。
修道服を思わせる黒い外套。
そして、その手に握られているのは――紙で折られた刀。
あれで、銃撃すら通じなかった鬼を斬ったというのか。
「折り紙は優しいのぉ。まあ、よい」
じゃんけんと呼ばれた少女は、面倒そうに鼻を鳴らした。
「ほれ、そこの無能指揮官。席を退け」
しっしっ、と犬を追い払うように手を振る。
男は言い返すこともできず、指揮官席を譲った。
そもそも、もう戦う気力など残っていなかった。
折り紙と呼ばれた少女が、薄い端末を差し出す。
画面に表示されていたのは、この区域における作戦指揮権を、警察部隊から特務機関へ移管する正式命令。
男は、噂で聞いたことがあった。
悪化し続けるイマジン災害。
それに対抗するため、政府が極秘裏に集めている者たち。
物語には、物語を。
想像には、想像を。
遊びの概念をその身に宿し、イマジンを狩る異能者部隊。
じゃんけんは指揮官席へ飛び乗るように座り、燃え盛るモニターを見上げた。
画面の中央では、桃太郎が三つの獣の顔を歪ませ、笑っている。
少女もまた、獲物を見つけた子供のように笑った。
「ここからは――」
椅子の肘掛けに頬杖をつき、じゃんけんは宣言する。
「我々、GAMESが指揮を執る」
その隣で、折り紙は静かに紙の刀を構えた。




