第31話 父の遺言
輪皇の正式な勅令を受け、局内ではすぐに征討隊が結成された。
隊を率いるのは副長、烏賀陽伊織と副長助勤の清水桜夜の二名。彼らに付き従うのは雑賀増美をはじめとした第三部隊と第四部隊だ。平介と第一、第二部隊は皇宮と親兵局の守護や負傷者の治療に徹するため、隊には加わらなかった。
目指すは武京、花川寺。かつては将軍家の菩提寺として機能していた由緒ある古寺だ。
敵方が告げていった決戦の地に一刻も早く向かうべく、征討隊は皇宮の北側にある園庭の広場に集められた。そこには寧子と平介の姿もあった。
「みんな、準備はいいかしら」
『はっ!』
親兵たちが答えるなり、寧子は顔を縦に振って〈黄心〉にそっと触れた。
「〈想界転移〉」
たちまち〈黄心〉が眩い閃光を放ち始め、征討隊を呑みこむ。そして、光が治まった時にはもう彼らの姿がなかった。
〈想界転移〉は、神器の主たる寧子が望む場所へ対象を瞬間移動させる神技。寧子の脳内では花川寺がある東武山が描かれ、征討隊は花川寺へと続く山道に転移した。
あっという間に現地に到着すると、伊織が先導して石造りの階を駆け上る。数百の石段でさえ息を切らさずに、伊織たちはさらに速度を上げて敵陣との距離を詰めていった。
「やっとや。やっとあいつらを仕留めれる」
伊織が独り言ち、桜夜は暗澹たる殺意を直視できず視線を伏せた。
「桜夜ちゃん」
呼ばれて、桜夜は顔を上げる。
「この戦いで負けることは許さへん。とっとと終わらせて、蓮夜くんと一緒に家に帰るで」
表情こそ見えなかったが、その声色からどんな面様をしているのかわかった。
桜夜はおいていかれることのないよう、懸命に両足を動かしながら頷く。
「ああ」
山道に着いてまもなく、一行は花川寺の門前に辿り着いた。
伊織たちを待ち受けていたのは、沈丁花の雑兵たち。兵数はこちらの三倍以上はある。
雑兵たちは征討隊を視認するや否や、怒号をあげて迫りくる。親兵たちも各々武器を構えて迎撃に走った。
静閑な霊山のなかで物々しい剣戟の音が冴え渡る。激しい白兵戦が繰り広げられるなか、桜夜と伊織、それから増美や他部隊の隊長たちは放出神技で道を作り、直進した。
寺の本堂が目前に迫ったところで一行は足を止めた。
「ようこそ。我が城へ」
本堂の前には着流し姿の男が佇んでいた。彼の両端には幹部たちが並び、桜夜たちを睨み据えている。桜夜もまた柳眉を逆立てて怒気をぶつけた。
「嵐慶……!」
「少し見ない間にずいぶんと偉そうな呼び方をするようになったじゃないか。まさかお前が落ち延びていたとはな。そのうえ柳夜に取って代わる逸材を隠した」
嵐慶が一瞥した先には、磔にされた蓮夜の姿が。
「蓮夜っ!」
「俺たちを殺さない限りこいつはお前の元には帰らない。ああでも、軟弱なお前に殺生は無理だったな」
嘲笑する嵐慶に歯噛みしていると、
「じゃあ、代わりにボクがあんたらを殺してあげるわ」
伊織が〈黒翼〉を引き抜きながら言った。嵐慶は片眉をあげて二刀の剣士を見据える。
「お前が宮原伊織か」
「その呼び方、えらい久しぶりやな。生憎、ボクはアンタらのせいで養子になったもんで。今は烏賀陽伊織や」
「お前もまた桜夜同様、父親に生かされたクチか」
「……そうや」
『伊織。お前はこんなとこで死んだらあかん。お前の剣はもっと強うなる』
やから、お前はこれから先もずっと〈無双〉し続けるんや。
隣に並ぶ者がいない、自分だけの孤高で自由な生き方を。剣だけでなく、己の人生をも〈無双〉しろ。それが育ての親である叔父にして師の口癖、そして遺言でもあった。
「生かされたなんてよくゆうわ。アンタらがおとんを殺したくせに」
地を這う低声と凄絶な面差しが煮え滾るような怨嗟を物語る。だが、嵐慶の綽然とした笑みが崩れることはない。
「それで、どうやって烏どもに取り入った?」
「取り入ったんとちゃう。あの人らがボクのとこへ近づいてきたんや。そのまま強引に烏賀陽家に連れていかれた」
当時九才で天涯孤独となった伊織は放浪の末、旅芸人の一座と出会い、ともに暮らすようになった。剣舞の才を見込まれ、央都の街中で芸を披露する日々が続くなか、ある時、烏賀陽家の使者たちが現れた。そのまま力ずくで伊織を連れ去り、烏賀陽家現当主の八景の前に突き出した。
「ボクが生まれる前から烏賀陽家は跡継ぎに恵まれんくて、次期当主問題に悩んでたらしい。そんな時、剣舞に秀でた旅芸人のガキがおるって噂を聞いて、八景さんはそいつを連れてくるよう従者らに命令した」
烏賀陽家の跡継ぎ候補として同行してもらう。ただその一言の後、伊織は気絶させられ気づけば烏賀陽家の屋敷のなかにいた。
伊織は目覚めてすぐに家人から刀を奪い、自身の素性を隠していることさえ忘れて二刀の剣技を振るった。その騒動を見た八景はすぐに伊織が宮原家の生き残りであることを悟り、彼を宥めて長年主が不在だった〈黒翼〉が待つ宝物庫へと連れていった。
「で、ボクは〈黒翼〉に選ばれたってわけ。運命っていうのはこういうことをゆうんやろな」
伊織が烏賀陽の姓を名乗るようになった理由。その背景を知り、桜夜はただただ彼が淡々と語る過去を静聴することしかできなかった。
「なるほど。結局はお前も神の気まぐれによって人生を狂わされた哀れな人間か」
「狂わしてくれたんはアンタらや。履き違えんな」
嵐慶は腰に差していた翠緑の刃を抜き、眼光を研ぎ澄ませる。
「なら責任をもってお前の狂った人生を終わりにしてやる」
「何が責任や。終わりにしてやるのはこっちやっての」
「行け」
嵐慶の言葉を狼煙として、幹部たちが一斉に駆け出した。
千萩と紅葉は伊織に、菊星と桐南は桜夜に向かって愛器を振るう。佳弥は増美に向かって射を放ち、他の幹部たちは他部隊の隊長や親兵たちに狙いを定めた。
「あの時の借りを返すぜ!」
「ここで雪辱を果たさせてもらうよ~!」
傷が完全に癒えておらず、包帯が残っている二人の元虜囚が我先にと牙を剥く。だが――
「〈無双・疾風〉」
「〈鯉跳〉」
義憤によって強化された一閃によって、呆気なく地に伏した。
『怪我人に用はない』
口を揃えた桜夜と伊織はすぐさま次なる相手に意識を集中させる。
配下たちと輪皇の隷下が鎬を削り合うのを傍観しながら、嵐慶は睡眠薬で眠っている蓮夜を一瞥する。蓮夜はわずかに眉間に皺を寄せ、「ん……」と小さな音吐を発した。
「早くしないと、龍が目覚めるぞ」




