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風呂に浸かりて

「ふぅー……」


 ヤーパン式の浴槽に浸かり、心からの溜め息を吐き出す。

 このようにしていると、同じ只人であっても、大陸側とここヤーパンとでは種族的に大きな違いがあるのだと思わされた。

 何しろ、ミドリさんが経営するこの『かめ吉』が備えた浴槽は――小さい。

 ヤーパン人の平均的な体格に合わせた結果であろう。


 そこへ、大陸側でも長身と呼べる背丈のラミンが無理矢理に収まっているのだから、これはもう窮屈の一言である。

 ある、が、これは……。


「気持ちいい……」


 天井を見上げながら、我知らず漏らす。

 全身の隅々に至るまで湯で温められ、ごくわずかな圧力が加わっていると、体を構成する肉も骨も溶け出してしまいそうだ。

 そういえば、セネクア王都冒険者ギルドが用意してくれたペントハウスには、浴場も備わっていたのだったか……。

 それを用いることなく、水桶と手ぬぐいで体を清める日々だったのは、もしかしたら勿体なかったかもしれない。


 いや、そんなことはないか。


「ラミンさん、お湯加減いかがですか?」


 この狭い空間を独占するからこそ心安らぐのだし、何より、同じお湯でも壁一枚隔てた場所でミドリさんが沸かしてくれているこのお湯と、誰かも分からぬギルド職員が用意するお湯とでは、雲泥の差があるのだ。


「最高です!」


 だから、力強くそう答える。

 その際、パシャリという音と共に、浴槽内の湯がはねてしまい……。


「……っ」


 わけもわからぬ恥ずかしさへ囚われたラミンは、誰に見られているというわけでもないのに赤面し、ますます縮こまった。


「なら、よかった。

 それでは、わたしは夕餉の仕込みや、宿泊客の受け入れをしなければならないので、離れますね。

 ラミンさんは、どうぞごゆっくり」


「ああ、はい!」


 無駄に元気よく返事したのが、おかしかったのだろう。


「ふふ……」


 という可愛らしい笑い声を残して、ミドリさんは立ち去った。


「はぁ……」


 それで緊張が抜け、先までと同様に体を弛緩させる。

 好きな女の子と話す時間というのは、楽しくも疲れるものなのだ。

 いや、疲れているのは、彼女とのやり取りだけではないか。


「ヤーパンの人たち、距離が近いんだな……」


 何か良い香りがする木材で作られた湯船に浸かり思うのは、そのことである。

 ロウガなる忍者を下した後……。

 “戦神”の完全鎧をまとったラミンに待っていたのは、セネクア王都でも味わったことがないほど熱烈な歓迎であった。


「うおおおっ! すげえっ!」


「あのロウガを、簡単に倒しちまいやがった!」


「つか、今の見たか!?

 あんだけいて、全員がすげえ速さで動き出したロウガの分身たちが、一瞬で空に打ち上げられてたぞ!」


「ありゃどうやったんだ!?」


 やいのやいのと……。

 集っていた野次馬たちが、一斉にラミンを取り囲んだのである。

 息もつかせぬとは、まさにこのこと。

 あまりにもするりとした動きだったので、ラミンともあろうものが一切反応することもできず、身動きを封じられた。


「ええっと、どうやったというか……。

 こう、一体一体に近寄ってパンチで」


 人見知りぶりにおいて他の追随を許さないラミンが口を動かせたのは、あるいは、彼らの気安さに感化されたからか。

 ともかく答えると、ヤーパンの人たちは実に大げさな反応を見せたのだ。


「なんの術も使わねえでやったってのか!?」


「おいおい、ロウガの方は奥義まで使っていたんだぞ!」


「それを剣も抜かずにぶっ飛ばすたあ……異国の戦士ってえのは、ものが違うんだなあ!」


 ラミンより頭二つか三つは低い位置で互いを見ながら、そのような言葉を交わすヤーパンの人たちである。

 余談だが、ぶっ飛ばされた側である忍者は分身の術も解け、ちょっと離れたところの地面に頭から突き刺さっていた。


「何も使っていないっていうのは、少し違います。

 魔力で身体能力は強化してますから」


「あら、謙遜して!

 そんなの、お侍様や忍者なら、誰だってやってるって言うじゃないの!」


「そうよねえ。

 あたしゃ、魔力ってのがどんな力なのか、今ひとつ分からないけど!」


「「あはははははっ!」」


 おばさんたちが、何がおかしいのか笑い合う。

 別に自分が笑われているというわけでもないが、ビクリとしてしまうラミンであった。

 ヤーパンのおばさんたちが周囲でかしましくしていると、謎の迫力があることを“戦神”は学んだ。


「やっぱり、その気になったら必殺剣とかあるのかね?」


「おお、ジゲン流の一の太刀みてえな!」


「いや、必殺剣というか、そういう仰々しい技は使いませんけど、状況に応じて戦います」


「ほら、聞いた?

 本当に強い男ってのは、妙に威張り散らしたり格好つけたりしないもんなのよ」


「ねーえ」


「あんだとお!

 必殺技ってのはな、こう……浪漫があんだ! 浪漫が!」


「そうだそうだ!

 異人さんだって、何か得意な技はあんだろ!

 それに名前を付けちまえ!」


「いや、そう言われても……」


 何故か自分を中心に男女間で言い合いが始まってしまい、答えに窮する。

 ちなみに、実際は奥の手を隠し持っているラミンであったが、何しろ奥の手なのでここでは黙っていた。


 とにかく――困る。

 対処の困難さでいくならば、先日に討伐した波動竜の方がよほど与しやすい。

 何しろ、あちらは魔物だ。

 倒してしまえば、それまでである。

 対してこちらは無辜の民であり、大陸最強冒険者こと“戦神”の力も技もまったくの無力であった。


(誰か助けて……!)


 嗚呼、魔物に蹂躙される村人というのは、このような心境なのか。

 ラミンが生まれて初めて心底から他者へ助けを求めた時、まさに救い主が現れたのである。


「み・な・さ・ん!

 ラミンさんが先ほどから困っているじゃないですか!

 それに、うちのお店も旅の方を受け入れる準備やら何やらで、これから忙しくなるんです!

 さあさあ、喧嘩はもうおしまい!

 解散いたしましょう!」


 ……まあ、救い主というか、腰に手を当てたミドリさんが、おじさんおばさんたちにそう言い聞かせたのであるが。

 しかしながら、その効果たるや絶大なり。


「いっけねえ! あんまり油を売っていると、母ちゃんにどやされちまうぜ!」


「おうおう! そういや、用事があって通りかかってるんだった!」


「『かめ吉』さんに迷惑かけても仕方ないし、そろそろお暇しましょっか」


「そうしましょうかねえ」


 野次馬たちはそのようなことを言いながら、あっという間に解散してしまったのである。

 集まるのもどこからともなく突然であったが、去っていくのもまた突然。

 ぱっと咲きぱっと散る花のごとき潔さを感じる姿であった。


 そして、今に至る。

 そもそもが長旅の疲れもあるだろうということで、やや早い時間ながらも、ミドリさんが湯浴みの用意をしてくれたのだ。


「正直、あのロウガさんという人を殴り飛ばしたのはやりすぎかと思ったけど、あまり問題にならなくてよかった……」


 ラミンがロウガ(本体)とロウガ(分身)たちを天空の彼方にまで吹っ飛ばしたのは、そうまでしないと無力化できない程度にはできる使い手だったというのもある。

 が、ミドリさんの幼馴染として、ずいぶんと距離の近い彼に対し、思うところがないではなかった。

 その複雑な感情から、せっかくこの国で出してもらった初の食事も、よく味わえなかったのだ。


 だから、あれは腕試しではなく喧嘩。

 故に、ラミンはヤーパン入りするなり、いきなり喧嘩をしたことになる。

 そして、仮にも同胞であるロウガがあのように倒されていながら、そのことを問題視せず称賛してくれたのは……。


「……気持ちのいい人たちだったな」


 しみじみと、そう呟く。

 冒険者として……“戦神”ニウとして、様々な地を巡ってきたラミンだ。

 しかしながら、ヤーパンの民というのは、これまで訪れたいかなる地の人間とも異なる気風の持ち主であり、そのことは好意的に感じられたのである。

 この風呂が溶けるかのように気持ちいいのは、それもまた理由であるのかもしれなかった。




--




 ラミンが、ヤーパンの風呂を心ゆくまで堪能しているその一方。


「誰か……引っこ抜いて」


 地面に突き刺さったままのロウガは、誰にも届かぬ声でそう呟いていたのであった。

 お読み頂きありがとうございます。

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